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第11話・責任の重み

「なんであんな無茶なこと言ったんですか」

 帰りの車の中で吐き出すように言われた、エリカからの言葉。

 あまりの温度の低さに風を引くかと思ったくらいだ。

「なんでって言うか……ノリ?」

 オレの返答に露骨なため息を吐く。

「良いですか?10日でターゲットを治療するってことは、初めましてから10日で性行為まで済ませるってことですよ?そんなことできると思ってますか?」

 会って数日でお互い初めてを捧げ合ったことを言ったら殴られる気がしたので黙っておく。

「実際あのジジイを納得させるならこれくらいのことしなきゃじゃない?」

「まぁ、致し方ないかもしれませんけど……」

 ようやく折れてくれたエリカだが、不機嫌さを隠そうとはしていない。

「間もなくです、寄るところはありますか?」

 スピーカーから声がする。この問答だけで30分近く揉めていたのか。

「そこの角を折れたところにスーパーがあるのでお願いします」

「わかりました」

 エリカの言葉通り、右に折れていくリムジン。

 庶民スーパーに駐車するリムジンの異様さを気にしたほうが良いと思うのよね。


「私が買ってきます。新井さんお待ちください。何か食べたいものはありますか?」

「から揚げをお願いします」

 エリカは「わかりました」と答えてスーパーに入っていった。

「開けても良いですか?」

 エリカが出て行ってすぐ、スピーカーから声が流れ、こちらの返答を待たずに後部座席と運転席を仕切るウインドウが降りていく。

「すみません、止まっている間エンジン切らないとうるさいので。少しでも換気のために」

「大丈夫ですよ、ええと……」

 それなら窓を開ければいい。

 たぶんこの人はオレと話したんだろう。

「ご挨拶遅れました、寺井です」

 オレからするのが筋だったろうに、気を悪くすることも無く名乗ってくれた。

「新井です。すみません、なんか気を使ってもらって」

「いえいえ。しかし、彼女ずいぶん嬉しそうですね」

 彼女とはエリカのことだろうが、あれで?

「あんなに感情をあらわにする彼女、初めて見ました。そんな付き合いあるわけじゃないんですが」

 そういう割に寺井さんもずいぶん嬉しそうな声を出す。

「そうですか?振り回されてます」

「振り回してるのって、相手に甘えている証拠だと思うんですよね。特に彼女みたいな人にとっては」

 ふぅむ?

「あんなに感情をむき出しにしている橘さんを見たのが初めてなもので。ずいぶん気を置いているんだなぁって」

 言ってもまだ会って5日も経ってないんですけどね。

「寺井さんはこの世界のことはどこまで?」

 エリカのことを話していてもこれ以上続けられそうにないので別の話題を振ってみる。

「まぁ、あらかたって感じです。実感はもちろんありませんが」

 ですよね。いきなり常識が変わってるって言われても共感できないですよね。

「知ってるのは総理以下数人だけ、私は運転の立場から聞かされましたけど。口外禁止の念書まで書かされました」

 事態が事態だけに仕方ないんだろうけど。

「キツくないですか?こんな世界にしちゃったオレの運転なんて」

「それ言います?新井さんが原因かも知れないけどそんなこと言ったらこの不景気をご先祖さま恨まないといけない。関係ないでしょう」

 カラリと言われたことだったが、少し気が楽になる。

 少なくとも総理とごま塩からはオレのせいみたいに言われてたし。

「ただ……娘いるんで。まだ5歳ですけど。性欲が無いってことはたぶん恋愛もしないでしょう?嫌ですよ、娘のウエディングドレス見れないのは」

 ずいぶんと気が早い心配かも知れない。

 でも、そうか。オレはただ性欲ってことだけ考えていたけどそういう喜びも無くなってしまうのか。

「娘さんが誰かのところに嫁ぐのは良いんですか?」

「それは嫌ですねー、でも『オレの娘はお前にやらん!』みたいなことは言ってみたかったです」

 なんとなくだけど、この人はそんなこと言わない。

 泣きながら「娘をよろしく」っていう気がする。

「言えますよ、絶対」

 オレのせいでは無いと言ってくれた人の人生も預かってるんだ。

 無茶でも通すしかない、な。


「ありがとうございました。また面会の時よろしくお願いします」

 エリカがスーパーから戻り、マンションの前まで送ってくれた寺井さんは運転席から礼をして走っていった。

「橘さん、オレの責任重いね」

「何を今さら。私が夕飯の支度をしている間、ターゲットの資料に目を通しておいてくださいね」

 遠慮ないっす、この人。

 時刻はまだ3過ぎ、これから女王感染者予備軍をアラって10日で治療……我ながらとんでもない約束を取り付けたものだ。

 部屋に戻るとタブレットを起動。

 その中で候補となるデータを調べる。

 年齢、居住場所、そして攻略難度がカテゴライズされているファイルを開く。

 攻略難度って。ゲームか何かかよ。

「この難度って何を基準に決めてるの?」

「行動追跡における性行為の容易さ、とお考え下さい」

 身も蓋も無い言い方をなさる。

 要するにおせっせのしやすさってことかいな。

 何の気なしにエリカのデータが無いか検索してみたらやはり中にあった。

 橘エリカ、難度S……Sって簡単な方?

「これってどっちが難しい基準になってます?」

「最低が確かEと聞いてます。Sが最高難度になるかと」

 おい、全く参考にならないじゃないか。

 そうは言っても一応Eから選ぶのが無難だろう。

 条件にカテゴリEを選択。それでも20人以上リストがあった。

「確実に条件をクリアできそうな人……」

 カテゴリ以外、何を基準に選べばいいのかわからず、画面を何度も上下させているとエリカがリビングに戻ってくる。

「ターゲット選定、終わりましたか?」

「そうは言っても10日しかない時間がないって考えると……」

「自分で短くしたのに……」

 やめろ、正論は人を死に至らしめるぞ。

「橘さんはどの子が良いと思います?」

 タブレットを渡すと露骨に顔をしかめる。

「聞きますか?私に?何かいい案があってのことかと思っていたんですが……」

 正論は2度刺す。

「まぁ、その場の勢いと言いますか」

「……状況確認からしましょうか」

 エリカの目から光が消えたなんて、気のせいだよね。

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