第10話・勢いで言ったら後悔する
デスクに総理。
向き合う形でソファーにごま塩こと巌党首。
そしてその間に座る形のオレとエリカ。
「みんな時間もないんだし、ちゃちゃっと始めちゃお」
総理の軽い調子で始まったこの会談。
てっきりオレとエリカの3人でやるもんだと思っていたんだけど。
「みんな?コレは部外者だろう、出てってもらえないか」
腕を組み脚を開いて座っているごま塩。
そのムカつく態度、眼中にありませんを体現するようにオレらのことを見やしない。
正確には、オレを、か。
「部外者も何も。これから始める治療施策の一番当事者でしょ」
総理がヘラりと返す。
「そもそもその施策自体が間違っていると言っている。日本国には不貞行為を罰する法律があるというのに」
「それは合意を得ない行為の話でしょ?治療対象に婚姻関係を結んでいる者がいたら別だけどさ」
ごま塩の言葉を相変わらずの調子で流す総理。
「あくまでも恋愛感情での場合だろう。今回の施策は騙し打ち甚だしい」
ここで初めてこちらに一瞥をくれる。
「だいたい、なんだコレは。こんなモノに人類の存続がかかっていると思うと涙が出る」
コレからモノに変わったから人間扱いに進化したのかね。
コイツの場合「物」である可能性が否めないのが何とも言えない。
ただ、ごまちゃんの話、わからないでもない。
お互い様だけどほんの数分前まで存在を知らなかった人間にこんな重苦しい命題を任せるっていったら人となりを気にするのはわかる。オレでもそうだ。
え?政治家のお偉さん知らないことが信じられない?
そこは流して貰っとこうか。
「仕方ないじゃない。彼が転生しなかった結果で、元凶で、特効薬なんだから」
総理も割とオレを人間扱いして無いなー。
「そのまま逝ってくれてればこんな面倒にならなかったものを」
頭に血が上るのを感じる。拳を握り立ち上がりそうになった瞬間、遮る言葉が挟まれる。
「お言葉ですが。国を担う方から国民の命を軽んじる発言はいかがなものかと」
エリカさまー!
「キミは?」
「橘と申します。非公式の会合と言えど、明らかな失言でしたので」
エリカのことをじろりと睨むごま塩。その視線から真正面に向き合うエリカ。何もできないオレ。視界の端でニヤついてる総理。殴ってやろうか。
「橘、橘……あぁ。今回の1件で取り入ったヤツか」
ごま塩の言葉に、エリカが握りこぶしに力を入れている。
「キミは若いからわからんだろうが、ネコババした立場など長続きしない。この施策が無くなればキミの立場が無くなると思って肯定しているのだろうが浅はかな考えだ。改めるように」
結果もわからない治療に身を捧げたエリカにあまりの言葉だ。
千歩譲って材料が100%無害の人間の体液だったから良い。
もし死ぬかもしれないような物だったら、それでも飲んだんだったらコイツは同じことを言えるだろうか。
「巌党首。話題がすり替わっています。私の地位ではなく、彼に対しての侮辱に謝罪を。それが導く者の姿かと」
隣に座るオレにしかわからないほどかすかに震える身体。
「わかったわかった。すまなかった、これでいいか」
頭すら下げない謝罪にエリカは言葉を失う。
しかし形だけでもした謝罪がある。これ以上何も言えることは……。
「まったく、ほんの数日で里心を持ちおって。総理、治療も良いですが貞操教育も必要ではありませんか?」
「おい、ジジイ」
気が付いたらオレはソファーテーブルに乗ってごま塩のネクタイを引っ張っていた。
「言うに事欠いて貞操教育だぁ?セクハラなんて令和でやるなよ」
今ごま塩に掴みかかっている時点で暴行真っ最中なオレが言うことではないが知らん。
「貴様、ワシを誰と思ってる」
ごま塩の睨みは静かでむっちゃ怖い、引き下がれるなら下がりたい。
でも。
「あぁ?女の子にくだらない因縁付けてるジジイだろ。実際エリカが治らなきゃそのままわけもわからず何もできなかったんだろ」
「その時はその時。貴様が特効薬とわかったのはケガの功名に過ぎん」
オレの言葉なんて何も効いてない様子のごま。
掴まれた瞬間こそ目を丸くしたがすぐに平静を取り戻している。
「それとも何か?貴様は国民すべてと行為をするというのか?男も女も関係なく?どれほど時間がかかるのだ」
確かに。
ひとりひとり口説いて治していくなんて時間も労力も足りない。
「そこは女性をピックアップしてるよー。女王感染者はX染色体の強い個体って判明してるし」
茶々を入れてくる総理。
アンタ話すと間が抜けるから黙って。
「変わらん。それならばコレを材料の治療薬を量産して国民に説明したほうがよほどいいだろう」
一貫してオレをヒト扱いしない。
「それも手、だ」
「総理!?」
ごま塩の提案を否定しない総理。エリカは目を丸くする。
「この性興味が無くなっている状況は快復を進めればどのみちリスク。それなら政府がリスクを被るのが筋。時間もかけられないからね」
ひとりが内緒で行動するっていうのと、オープンにして一気に改善するなら効果が大きいのがどちらなのか言うまでもないだろう。
「どうだろうか、巌ちゃん。リミットを決めて彼に任せてみるのは」
総理は不意にそんなことを言い出した。
「と言うと?」
「1カ月。1カ月時間を渡してひとりでも治療できたら継続。もしこの期間で誰も治療できなかったら、キミの案に乗る。これならどう?」
「総理、それではあまりにも時間が……」
エリカが総理の提案に口を挟む。
しかし揺るがない。
「正直、1カ月でも長いくらいだ。10人治療に1年近くかかってしまう計算だからね。治療に時間がかかればそれだけ人口減少は避けられない。……どうだい?」
「総理、男児に二言はありませんな?」
ごま塩はネクタイを引くと襟を正す。
この会話にオレが挟める口は無い。
でも。
「1カ月もいらねぇよ。10日で充分だ。もし10日で治療できなかったらお前の言うことに従ってやるよ」
アテなんかない、根拠もない。
ただ、どうせ後には引けない。だったら追い込む必要があるだろうよ。
「言ったな、男児に二言がないのは青二才でも同じだぞ?」
「いちいち今の時代に合ってないな、アンタ。男とか女とか関係ないだろ」
無言で睨み合う。
「おい、いい加減降りろ。橘くん、だったか。先ほどの非礼、撤回する。これで良いか」
ごま塩はそれだけ言うとオレを押し返してそのまま部屋を出ていった。
退けようと思えばいつでも退けれたというわけかい。
「新井くん、カッコよかったねー。でも大丈夫?10日なんて啖呵切っちゃって」
「無理です」
偽らざる本音を返すと総理は「でしょうね」とほほ笑んだ。
「巌ちゃんじゃないけど、口に出しちゃった以上遂行しないと。本日中にターゲット選定、治療に入ってもらう。ほら、他事にかまけてる時間は無いよ」
総理は手をひらひらさせて帰るように促す。
「総理、補佐官交代の件は……」
「そんな連絡受けてないよ、時間も無いし。今はそれよりも治療に専念、いいね?」
オレらは素直に引き下がるしかないようだった。
勢い任せで口にしてしまった期限、本当にこなせるのか?
今から編集しちゃ、ダメ?




