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009.自分のため、世界のため


 刃を喪い、空っぽになった左手をじっと見つめ続ける刻哉。

 その様子を、フィステラは不思議そうに眺めていた。


「トキヤさん。喜ばないのですか? たった今、あなたにすごい『スキル』があることが証明されたのに」


 刻哉は黙っていた。

 状況を理解していないのではないか――そう勘違いしたフィステラが説明する。


「外界の人々は、大噴禍内でマナを吸収することで、様々な能力に目覚めます。私たちはそれをスキルと呼んでいます。トキヤさんたちの世界にも同じ意味の言葉があると聞いていますよ」

「……」

「スキルの発動条件は個々人によって異なるようですが、トキヤさんのスキルは集中力を研ぎ澄ませたときに発動するようですね。チーター化しなくてもこの威力。素晴らしいの一言です。……あ、チーター化すると多くの外界人は能力向上が見られるんです。おそらく、生存時のリミッターが外れるためかと思うのですが」

「……」

「あの。トキヤさん、私の話を聞いていますか? いえ、聞いていないのはわかりました。ただ、あなたを理解するために教えてください」


 フィステラが近づき、刻哉の顔をのぞき込む。


「これほど素晴らしい成果を出したのに……あなたはなぜ、そのような()()()()()顔をするのですか?」

「悔しそう?」

「はい。あなたが表情に乏しい方なのはもう理解しましたが、だからこそ意外です。その表情」


 動く左手で自分の顔を撫でる刻哉。確かに、表情筋のあちこちに力が入っていた。

 悔しい……そうか、俺は悔しいんだ。

 フィステラと目を合わせる。最初に出逢った頃よりも、ずっと親しみのこもった輝きが精霊少女の瞳にあった。


 刻哉は白状した。


「フィステラさんの言うとおり、俺は悔しい。悔しいんだ。あんな出来損ないの武器を創ってしまって」

「出来損ない……でしょうか? 確かに見た目が良いとは言えませんが、威力は十分ですよ。耐久性は皆無のようですが、でも――」

「こんな適当な仕事で成果を出すのが、許せないんだよ。俺は」


 刻哉の剣幕に、フィステラが息を呑む。

 彼は左手を握り、開き、また握った。力が入っていた。


 刻哉の脳裏に、歴史資料館で見た一振りの刀が浮かび上がる。

 片隅に展示されていた、大昔のご先祖様の仕事。刻哉はその美しさに惹かれ、よく見入っていた。


 ふつふつと、腹の奥から湧いてくるものがある。


 もし――。

 もし、ご先祖様と同じ領域にたどり着けたら。あの美しい刃を生み出せたら。

 そして。

 その武器で、もう一度、命を賭けたぶつかり合いができたのなら。


 そのときは、アダマントドラゴンを(ほふ)ったあの瞬間よりも、もっと素晴らしい気分になれるのではないか。

 今はまだ足りない。まだまだ、あらゆるものが足りない。


 天を仰ぐ。

 大穴が空いた洞窟は、漆黒の夜空に包まれていた。だが、刻哉の心の中は初夏の蒼穹のように爽やかだった。


「まさか、俺にこれほど強い情熱が残っていたなんて」


 無意識のうちにつぶやく。

 異世界の片隅。稀代刻哉という人間は、その他大勢のちっぽけなモブに過ぎないだろう。それでいいと思っていた。

 だが今は、初めて味わうような強烈な欲求に囚われている。


 創りたい。

 味わいたい。

 全身が沸き立つあの瞬間を、再び。


「トキヤさん」


 いつの間にか、フィステラが正面に立って刻哉の左手を握っていた。

 精霊少女の周囲を舞う蝶が、黄金色に強く輝いている。


「私を、あなたの側に置いてください」

「なんだって……?」

「あなたの力。飽くなき向上心。私はあなたをまだ誤解していました。あなたはもっと強くなる。もしかしたら、この世界の誰よりも」


 美しい顔が、近づいてくる。


「私は、この世界を変えたい。歪な支配構造を断ち切りたい。そのためには、世界を分かつほどの力が必要なんです。トキヤさん、あなたにはきっと、それだけの力がある」


 フィステラは大きく息を吸った。


「どうか、あなたの力を貸してください。お互いの世界を救い、これ以上不幸な人々を生まないように」


 刻哉とフィステラの視線がぶつかる。

 フィステラは視線を外さない。

 お互いの顔は、三十cmと離れていない。


 刻哉は言った。


「俺に、世界を救う英雄になれと?」

「はい。あなたなら、なれます」

「断るよ」

「なぜ?」

「俺のやりたいことと違うからだ」


 力を込め、フィステラの手を握り返す。


「俺は空っぽのロボットだと思っていた。そんな俺にも、心の底から求めたいものがあったんだ。世界最高の武器を創る。それで命を賭けたやり取りをする。もう一度、最高の気分を味わうために。こんな俺に、英雄になる資格があると思うか?」

「……思います。なぜなら、私はそう信じているからです」

「俺は信じていない」

「では、信じさせてあげます。あなたの側で、あなたには人々を救う力があると、何度でも伝えてあげます。あなたが信じるまで」

「無駄だよ」

「無駄かどうかはやってみなければわかりません。私だって、初めて確信できたんです。トキヤさんとなら、私の悲願が達成できると。いつまでも何もできないままの自分から、一歩踏み出せると」


 見つめ合う。

 いや、睨み合うと言った方が正しい。

 ふたりは、信念を込めて互いの言葉をぶつけた。


「俺は、自分のためにこの力を使う」

「私は、あなたに世界を救わせてみせる」

 


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