第8話 バレちゃいました
背中を押してもらいたかったのかもしれない。それまで燻っていた感情が溢れ出したかの様に、俺は駅前に向かい街のスポットライトの中へと飛び込んだ。
特別なスタッフが居る様なステージは無い。持っているのは愛用のギターと、歌って来たと言う経験。アイドルだった事など気づかれるはずもなく、今の俺は何者でもない。足を止めるのは全身全霊で奏でる音とパフォーマンスだけだ。
歌い出した瞬間、音が人に吸い込まれていく。今までかかっていたモヤが嘘のように晴れた気がした。
久しぶりに人通りのある道で奏でた一曲はあっという間に終わった。まばらに聞こえて来る拍手の音が、今の俺の評価なのだろう。そう思っていると足を止めてくれた女の子が話しかけてきた。
「もしかして、プロの方ですか?」
「いや……」
「凄く上手くてびっくりしました!」
「ありがとう……」
「応援します! 良かったら握手して下さい」
予想外の反応に驚いてアンリの方をみると、彼女は笑顔で頷いていた。
「アンリ、一緒に歌おう?」
「わ、私がですか?」
「さっき聞かせた曲、なんとなくでもいいからさ」
彼女にも、一度体験させてあげたい。それと、もしかしたら一緒に歌いたいのかも知れない思って呼びかけた。流石は革命家……いや公爵令嬢と言った所なのか、彼女は臆する事なく入ってくる。もちろん今のところオールマイティになんでもこなす彼女は歌も上手かった。
歌い始めると、まるでこの空間が光り輝き魔法でも使っているかの様に世界が変わっていく。通りすがりの人を巻き込んでいた時間はキラキラと輝き、あっという間に幕を閉じた。
「あのさ、もしかして魔法使った?」
「どうでしょう? 夢中になっていたのでよくわかりません!」
「あんな感覚は今まで感じた事が無かったんだよなぁ……」
帰り道、俺はこの日の余韻に浸っていた。今思い返しても不思議な感覚だった。
「今思い返してみると少しだけ魔力に近い物を感じました」
「やっぱりそうなのか?」
「それでも魔法は使ってはいないと思います。説明するのは難しいのですが……」
「なるほど、なんとなく違いが分かったかも?」
「本当ですか?」
「つまり魔力っていうのはオーラとかそう言うのに近い物で、魔法はそれを使って何かを起こす事を言うんじゃないかな?」
だとしたら、彼女が時々発しているオーラは魔力が出ている。つまりはそのよくわからない力が鍛えられている状態なのだと言う事で説明がつく。
「私の世界で教えられる表現としては、魔力は思と念なのだと教えられます。思いや意志の強さが魔力となりそれは普段の生活や立ち振る舞いを意識する事でも鍛える事が出来ると言われています」
「なるほど、だから近いなのかも?」
「……といいますと?」
「ライブでみんなに聞いてもらいたいと言う思いはあったのだけど魔力として念じてはいないから少し違って感じたのかなって」
魔力として念じる事を理解すれば、この世界でも魔法に利用する事が出来るのかもしれないと言う事なのだろう。
「そうですね。心が人前で歌うと覚悟を決めた事で思いの力が出たのだと思います」
「それなら俺も魔法が使える様になるのか?」
「もしかしたら……使えるようになるかもしれませんね!」
魔法という言葉に俺は、小さな希望を抱いていた。アイドルを辞める事となった日の無力感を魔法があればどうにか出来たかもしれないのだと思ったからだ。アンリは居候している事で罪悪感を感じているのかも知れないのだけど、俺はそれ以上に大きな物を貰っているのだと感じていた。
「明日もバイトだ。帰ったら風呂入って寝ようぜ」
「その事なんですけど……」
彼女が何か言おうとした時、家の前についた俺達は見覚えのあるシルエットに気づく。今まで急に来る事は無かったし、ましてやつい最近飲みに行ったばかりだった。
「よう、珍しく平日から歌ってたのかよ?」
「亮……何で?」
「物件決まったからさ、これからあんまり飲む機会も減るだろうし、セルフ祝勝会でも開こうかと思って来たんだけど。って、タイミング悪かったかな……」
亮が持つエコバッグの中には、宅飲みする気満々と言った感じにビールやつまみが詰まっている。
「えっと彼女は……」
「やっぱ帰った方が良いよな?」
説明しなければいけないと思いながらも後ろめたさから言葉に詰まる。彼にはそのうち言うつもりだった。けれどもこんなに早く会う事になるとは思ってはいなかった。
「いや、大丈夫」
「心が言うならそうなのか? 問題ないのなら彼女が出来た記念も兼ねて飲むか?」
「いや、彼女では無くて……」
続きの言葉を待つ彼に、何と説明すれば良いのだろうか。正直に言った所で誤魔化している様にしか聞こえないだろう。すると空気を読んだかの様にアンリが口を開いた。
「お話中の所申し訳ございません。自己紹介させていただくと、私はアンリエッタ・ヴァン・ランスロット。ランスロット家の第一公女です」
「へ? 公女?」
「はい、訳あって心の所でお世話になっています」
「あ、ああ……」
亮は社交辞令のような微笑みをうかべ、彼女に軽くお辞儀をすると、俺の側に擦り寄り耳元で囁いた。
「ちょっと大丈夫この子」
「まぁ、驚くかも知れないけどそう言う訳なんだ」
「公爵家? 公女? 全然どういう事かわからないんだけどっ!」
「まぁ、とりあえずここで話しているのもなんだし、家にはいれよ」
亮はチラチラとアンリをみながら、全く納得していない様子で俺が鍵を開けるのを待っていた。
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