第7話 歌っちゃいました
「ストリート……ライブですか?」
「ああ、普段は週末にやっているんだけど今日は一度も出ていないだろ?」
「はい。それと私はそれがどういった物なのかか見てみたいです」
知らない物を説明するにはどうすればいいか。そういう時には見せるのが一番早いのだと俺は思っていた。
クローゼットに仕舞っていたアコースティックギターを取り出し支度をする。少し寒くなることを見越してアンリにはナイロンのパーカーを渡した。
「あの……夜に出るのですか?」
「いつもはもう少し早いけど、そんなに長い時間するわけじゃないからね」
「危なくは無いのでしょうか?」
「そんなに治安は悪くないと思うけど……」
「心が言うのなら大丈夫ですね!」
彼女の時代からすればあり得ない時間なのかもしれない。それでも二十四時間動いているこの世界を知ってもらう為にもいい機会だと思う。
外にでると、街灯がポツポツと付いた道を歩く。アンリは少し不安そうに俺の近くを歩いていた。
「そこを抜ければ、結構明るいよ」
そう言って駅前の道路に出る。時間はまだ19時半、空は暗くなっているものの飲食店や量販店の灯りが多くの人通りを照らした。
「綺麗……」
「だろ? この時間帯が俺は好きなんだよ」
「まるでお祭りの様ですね」
駅前には他のストリートミュージシャンがいる。そんな中俺は高架を降りてすぐの人気のない場所にギターを置いた。
「ここは人通りが少ないですけどよろしいのですか?」
「ああ、ここがいいんだよ」
ギターを取り出すとアンリはそれを不思議そうに眺めている。
「もしかして、アンリの国にはいなかった?」
「いえ、ストリートミュージシャンというのが吟遊詩人に近い物なのかと考えていました」
「確かに。そう言われるとそうかも?」
「心は旅をしない旅芸人なのですね」
なんとなくアイドルをしていた頃が旅芸人だとするならば、アンリが言ったその言葉は俺にぴったりなのかも知れないと思った。
俺はギターのペグを回し、チューニングをするとチラリとアンリの顔をみる。緊張しているのが馬鹿らしくなる位に彼女の方が緊張しているのがわかる。もちろん周りには人なんて誰もいない。
「ではでは、本日の観客はお一人様ですね!」
「あ、はい」
「でしたら貴女の為に一曲歌わせていただきます」
声を張りそう言うと残響が無くなるのを待ってギターを鳴らした。駅前から差し込む夜の光と月の光がアンリを照らす。響きわたるギターの反響音の中俺は優しく歌い出した。
アンリはこの曲を知らないだろう。いや、世の中で知っている奴はほとんど居ない。けれどもこれは俺が歌う為だけに作った曲。
本当は誰にも聞かせるつもりなんて無かった。
彼女はじっとこちらを見て動かなかった。だけど俺はそれでもいいと思っていた。
サビを抜け、優しく響くギターの音に彼女が少しでもこの世界に来て良かったと思ってくれたらいいなと感情を込めた。
声が彼女の内側のどこまでも届く様に。
最後のコードを弾き終えた後、音は少しづつ小さくなって行くのが分かった。それは少しずつ現実に戻っていく合図の様に感じる。
拍手はない。
いや、そんな物はされなくても良い。
ただアンリの胸の中の何かに、引っかかってくれさえすれば良いのだと思う。
すると静寂の後で彼女は口を開いた。
「どうして……」
「ん? お客様、いかがでしたか?」
「とても、とても良かったです。けれども……」
「何かご不満な所でも?」
「どうしてもっと広めようとしないのですか?」
アンリの言葉が意外だった。今の全力でしか無いとはいえ、手ごたえが無かった訳じゃない。本当に俺の歌は届いたのだろうか? 少なくとも彼女だけの為に歌ったつもりだったのに、彼女は他の人に聞いてもらいたいと言っている様に聞こえる。
「いや、俺はアンリの為に……」
「心の歌う歌は素晴らしいです。文化も文明も違う国から来た私を感動させるくらいに」
「それは俺が!」
そこまで言うと、アンリはそれまでの感情を抑える様に唇を震わせた後、落ち着いた声になった。
「私の国での貴族教育で習った言葉があります。それは今でも公爵令嬢としてのアンリエッタを動かす力となる言葉です……」
「どうしたんだよ急に」
俺にはアンリが怒っているのか、悲しんでいるのかが全くわからない。けれども震える彼女にとっての何かに触れてしまった事だけはわかった。
「その、その言葉は『持てる者は持てるべき義務を果たさなくてはならない』と言う言葉です。この言葉は貴族だけの、お金や権力だけの事ではありません」
それまでいついかなる時も品位を意識し、体現して来たはずのアンリだったのだが、両手で俺の顔を掴むと無理矢理目を合わせる様にして声を上げた。
「何故、心はこれだけのものを民衆に分け与えようとしないのですか? いいえ、しようとしないのでは無く貴方は逃げているだけなのではないでしょうか?」
アンリの言う通りだ。持てる者なのかは分からない、いや一度はそう思っていた。けれども俺はあの誰も味方がいない場所が怖くて逃げているのは分かっていた。
きっとただの通りすがりの女の子に言われただけなら、俺はまた逃げ出しただろう。けれどもアンリはそうじゃない。自ら義務を果たそうとして戦い、たとえ断頭台に送られる事になってもそれを貫いてきたんだ。
「わかった。アンリの言う通りだよ」
「……」
「行けばいいんだろ? そう、してみるよ」
彼女はコクリと頷き、それ以上は何も言わず、駅前に向かう俺について来ていた。
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