第6話 お留守番してもらいました
丸一日アンリと生活した事で、彼女と大分打ち解けた様な気がした。彼女の地頭がいい事もあり家電の使い方や、お風呂の入り方やトイレの使い方などと言った日常生活はほとんど教える事ができた。
しかし心配なのはここからだった。
休みが明けると俺は生活費を稼ぐ為にバイトに行かなくてはいけない。その間彼女は一人で部屋に居る事になってしまい、ある意味一人で色々と出来てしまう分小さな子供のお留守番より心配だ。
「アンリ、まだ一人で外に出るのはやめておいた方がいい」
「そうですね。このパソコンというもので色々と勉強しておきます」
「そうだな。何かあったらチャットを送ってくれ」
俺はいざという時の為にパソコンにチャットを入れ、連絡ができる様にしておいた。最悪セールスなんかが来た時には連絡してくれる事にしておく事でアンリの世界には無い危険を防ぐ事が出来る。
「じゃあ、行って来ます!」
「行ってらっしゃいませ!」
まるで新婚生活の様な出勤。仕事をして家に帰ると二人で過ごす様な生活は悪くないと思えてくる。特に物流関係の倉庫というコミュニケーションの少ない流れ作業の職場だからというのもあるのだろう。
黙々と商品の検品と移動の作業を繰り返していると近くを通る亮が話しかけてきた。
「心、そろそろ昼だぜ?」
「ああ、もうそんな時間か……」
「今日はやけに集中しているじゃねぇか?」
「昨日ちょっと出費がかさんでな」
「なるほど、そしたら俺と同じ様にかけ蕎麦にするか?」
「それもそうだな……」
有料なのだが使える社員食堂がある。中でもかけ蕎麦は百八十円と財布に優しく、金を貯めている亮は毎回の様にそれを食べていた。
彼はもうすでに飽きているのだろう。フリーで使える調味料として、天かすはもちろんだが、醤油や胡椒、紅生姜を入れたりして味を変えながら食べる。
「なんかお前、いい事でもあったのか?」
「そんな風にみえるのか?」
「さてはいい女の子でも見つけたな?」
そう言われ、俺はヒヤリとする。アンリの事はいずれ亮には言おうとは思っているのだが、説明するのが面倒な事もあり今すぐバレるのは避けたい。
「そんなんじゃねぇよ」
「なんだ、違うのかよ。じゃあ宝くじでも当たった……ならかけ蕎麦食ってねぇか」
「それな!」
亮がすぐ分かる位には雰囲気が変わっていたのだろうか。だが、いい事があったという印象を受けているのなら俺自身アンリの事を災難ではなく、楽しいと思っているのだろう。
「心はちょっとメンテすればすぐに彼女くらい出来ると思うけどなぁ」
「だからそれは」
「分かってるよ。まだ、昔の事ひきずっているんだろう?」
「その責任だけは取らないといけないと思っているんだ……」
「俺はもう時効だと思うんだけどな。なんならあってみればいいじゃねえか」
「どこにいるかも分からないよ」
「いや、お前は探す気がないだけだ。現実をみるのにびびって居るだけだっていつも言っているだろ」
今となっては周りで唯一俺の過去を知っているのは亮だけだ。俺はアイドルのオーディションに受かった時に好きだった菅野まひろを傷つけた。付き合ってはいなかったもののお互い意識していたのは間違い無いと思う。
俺は当時歌で有名になりたいという夢があった。そのための形式はソロでもバンドでもアイドルでもなんでもよかった。ただ、デビューする以上プロとしての責任があると考えていた事で、俺はプロになるのだと覚悟を決めて彼女と離れた。だが、今はアイドルでもなんでも無い。
「亮の言う通り、そうかもしれないな。中学生の頃の気持ちなんて変わっているのが普通だ」
「まぁ、俺が言えるのはここまでだ。何だって自分のタイミングやきっかけはある物だし首を突っ込んで無理強いすることじゃねぇ。あくまで友人のアドバイスって事で」
そう言って亮は立ち上がると、食べ終わった食器を返却口に持って行った。あれだけ美しく人のいいアンリが現れても恋愛感情を抱かないのはそのせいだと思っている。衝動よりも抱え込んだ罪悪感がすべてを飲み込んでいく。
まひろは今頃どうしているのだろうか?
♦︎
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
まるでメイドの様にアンリはそういうと、一人で居た事が寂しかったのか笑顔を見せた。すると部屋の中にはいい匂いが漂っている。
「なんかいい匂いがするのだけど?」
「はい、こちらを用意致しました!」
ジャジャーンと効果音がなる様な雰囲気で彼女は大皿を取り出した。普通は夕方の十八時半に家に帰って出てくるものは夕飯ではないだろか?
だが、目の前には何故かてんこ盛りにフィナンシェとかそっち系のお菓子がある。正直なところピザでも取ろうかと考えていた。しかし、連絡やご飯の材料をほとんど用意していなかった俺が悪いのは分かっいる。まさか彼女は、パンが無いからお菓子を作ったとでも言うのだろうか?
「……これは?」
「ブリオッシュです! 食糧庫に丁度バターと卵、小麦粉に砂糖までございましたので作らせて頂きましたの!」
「食糧庫……なるほど」
自慢げに語るアンリはこれを作るのが得意なのだろう。なんとなく違うとは思いつつも昔貰ったぱっくの紅茶をいれて食べる事にした。
「あら、お茶までございましたのね」
「まぁ、たまたまだけどね」
予想もしていなかった事だっただけに、俺はブリオッシュというのを頬張りながら何かお礼をしたいと考えていた。かと言ってこのお菓子は意外と腹に溜まる事もあり、他に夕食になる様なご飯を出すという選択肢はない。
考えた末、俺は外に出られない彼女のために、週末出来なかったストリートライブに連れ出してみる事を提案してみた。
お読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ評価、ブックマークをして頂けると創作の励みになります!
感想などもございましたらお気軽に書いていただけると嬉しいです★
次回もまたお会い出来る事を楽しみにしています(*ꆤ.̫ꆤ*)