第5話 プロに任せました
結論としては彼女に任せて良かったと思う。
あれだけ大袈裟に『そういう店じゃない』とツッコミをいれたのだが、アパレル店員の女の子はメジャーでアンリをサクサクと測って行く。
「手足が長ーい! これはコーディネートのしがいがありますっ!」
彼女はアンリを試着室に押し込むと、流行りのふくからベーシックなデザインのものまで集めてきてはファッションショーを始めた。
「あのー、どこの国の方なんですか? もしかしてウクライナとか?」
「いえ、ランスロット公爵領という所から来たのですが、ご存じないですよね?」
「ふぇー、なんか凄そうな所ですねー!」
「いえ、この国よりは文明も……」
「でもお姉さん日本語上手いですよねー!」
少し不安な言動があるものの、不思議と噛み合っている様に感じる。接客業のコミュニケーション能力というのは異世界の人にも対応可能なのだと知り、感心していた。
「はいっ! えっと……彼氏さん? どうですか、結構お姉さんの魅力は出せているんじゃ無いかとおもいますけどー!」
「いやいや、彼氏では無いですけど……」
そう言って出て来たアンリを見るとまるで別人の様に変わっている。シンプルなニットとタイトな八分丈のデニムという何処にでも居そうな組み合わせなのだが、それが逆に彼女の魅力を引き出している。
「でも良いですね」
「この様に落ち着いているのに気品がある服は初めて着ました」
「そうそう、スタイルが良い美人さんにはシンプルにした方が雰囲気でるんですよね! 他にはこういう柄のブラウスなんかも合わせてみるというのもいいと思います!」
店員の女の子はファッションが好きなのだろう。しかし俺はすっかり忘れていたある重大な事に気づいてしまった。
「ちょっとアンリ……」
「どうかされましたか? やはりかなりお高い物なのでしょうか?」
「いや、そうじゃない。ここの商品なら特に問題はない」
「でしたらどの様な?」
「お前、パンツ履いてないだろ?」
そもそもパンツで通じているのかはわからない。不思議そうな顔で彼女は首を傾げると、まるで何がダメなのか分からないと言った表情をしている。
「えっと、お姉さん最高です! ありがとうございます、これ全部下さい!」
「まだ試着されて無いですがいいのですか?」
「少し急ぐので大丈夫です! あとこれそのまま着て行ける様にお願いします!」
流石にノーパンで試着した物を店に戻す訳にはいかないと思い、誤魔化す様に用意されていた服を全て買う。彼女が履いていない事がバレる前に店を出る事にした。
「そんなに慌ててどうされたんですか?」
「アンリは何も悪くない。気づかなかった俺のせいだ」
「ですから、何の事でしょう?」
「下着を履いてないのはマナー違反なんだよ。先にそれを見に行くべきだったんだ」
「なるほど、ありがとうございます! それで私が辱めを受けない様に隠して頂いたのですね!」
正直なところ、あのまま試着を続けているとコーディネートが延々と増えただろう。最初のパターンを全て購入する事になったのは痛い出費だが、それでも充分抑えられたのだ。
だが、次に向かった先で俺は女性物の下着屋さんというものを舐めていた。今更入るのが恥ずかしいとは言ってはいられない、アンリに付いていくのであればそのあたりは我慢しよう。しかし……
「一桁おかしくない?」
「この世界のものは下着にも細かな刺繍がされていてとても素敵です!」
「あの……アンリ、こっちの方が」
「私はこちらの方が気に入りましたけど?」
店員さんが笑顔で微笑んでいる。俺は必死に助けてくれというアイコンタクトを送ると察してくれたのか声をかけてくれる。
「こちらが気に入られましたか?」
「ええ、とても素晴らしい刺繍ですわね」
「ですが、見たところ大分細いのでお客様にはアンダーのサイズが合っていないかも知れません」
「少しくらいでしたら問題ありませんわ!」
「いいえ、普段その様に選ばれているのかも知れませんがサイズを合わせる事はとても大事な事でございます。ですので一度採寸をさせて頂きますね」
軽くメジャーで測ると採寸用の物を用意し、アンリを試着室に押し込んだ。
「あの……やはり驚きますよね」
「すみません。彼女は金銭感覚がおかしいので」
「あれはハンドメイドの物になりますので、普通の物を案内しておきますよ」
「えっ、いいのですか?」
「まぁ、彼女のサイズでは無いというのが本音ではありますけどね!」
普段コルセットをしていた為か、アンリは異常なサイズとの事だった。店員のお姉さんは刺繍入りのアンダーのサイズを調節できるという物を用意してくれた事で現実的な価格にする事が出来た。
「サイズが無いというのも困りますね」
「オーダーメイドの物ですので次回またご検討頂けましたら幸いです!」
「それは是非!」
「アンリ……次は自分で買ってくれよ」
「もちろんですわ!」
それから近くの店で服装に合う靴と布団を買うとアンリはまともな格好になった。しかし財布が軽くなった分買い物袋を持つのが限界に達した事もあり昼飯は諦め、とりあえず家に帰ることにした。
「今日はありがとうございます。こんなにも沢山買って頂いて……」
「まぁ、アンリが喜んでくれてるならいいよ」
「そう言われましても」
「大変なのはこれからだと思うし、まだまだ色々と覚えないといけない事もあるからね」
そう言うと、彼女は自分のつけていたネックレスを外して差し出した。
「この世界で価値があるのかは分かりませんが、良ければこちらをお売り下さい」
「いや、それは持っていなよ」
「貴族はこの様な時の為に、価値の高い物を身につけているのです。これからも面倒を見て頂く事になりますので……」
「それなら出て行く時でいいよ。何があるかわからないし、それまで君が持っていればいい」
「そういう事でしたら、お預かりしておきます」
俺は初めて装飾品の意味を知った様な気がした。アンリはそうする事でお金を作ろうと考えたのだろう。彼女が差し出したネックレスは、それだけで家が買えそうにも見え割に合わなかったというのが正直な気持ちだった。
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