第4話 駅前に出てみました
郊外の町とはいえ週末。駅前に着く頃にはそれなりに人通りが多くなっている。するとアンリは目立つ事に慣れているのか自然にパーカーのフードを被った。
「元の世界でも目立つ方だったのか?」
「このフードですか? 髪の色が目立つので出る時は隠す様にしているのです」
「みんな銀色の髪じゃ無いのか?」
「そうですね、基本的には王家の血族しかこの色にはなりません」
てっきり彼女の国ではみんな似た様な見た目なのだと思っていた。
「それだと確かに騒ぎになるかも」
「一応領主の娘なので、市場に行く際は半分お忍びみたいな形で出る事の方が多くありましたので」
「確かに急に公爵令嬢が現れたら驚いてしまうかも知れない」
イメージでは護衛をつけて回っているのだと思っていた。彼女の言動から意外とお転婆な令嬢だったのだろうと思う。
「私はそういう理由なのですけど、心はなぜ変装しているのですか?」
「メガネと帽子? えっと……ファッションかな」
「ファッション? アクセサリーの様な物でしょうか。貴方も何処か目立たない様にしている様な気がましたので……」
この地ではほとんど俺の事に気づく者はいない。アイドルをしていた時から六年も経っているのだから自意識過剰と言われても仕方がない。それでも俺にはバレる訳にはいかない理由があった。
「眼鏡は付けない方が素敵ですよ」
「好きになって頂いても構いませんよお嬢様?」
「私はそんな安い女ではありませんわ!」
今朝の事はさておき、アイドル的な掛け合いにも臨機応変に対応し笑い合った。実際の貴族の中でも同じ様なやり取りがあったのかと思うと少し見てみたい様な気もする。
「この町はとても平和で活気がありますね。一体どの様な領主が治めているのでしょうか」
「そんなに活気がある様に見える?」
「ええ、私の領地では物も食べ物も乏しくもっと殺伐とした雰囲気でした」
「その点は文明が進化した部分が大きいかも知れない」
ドロップアウトした身である俺は、社会に対してはその事をあまり認めたくは無かった。だが、彼女がいた世界からすると便利さは桁違いなのだろう。
「いえ、この様な文化を作る事が出来る領主様であれば私の話も聞いて頂けるのかも知れません」
「ああっと、そこなんだけど」
「もしかしてかなり怖い領主様なのですか?」
「いや、正確に言えば領主は居ないんだ」
「領主がいない……ではどの様に政治をされているのでしょうか。この人口や物量ですと直接王制の様な小国では無い様に思いますが……」
コンビニに行く様な格好で話す内容ではない。しかし彼女は公爵令嬢だからなのかニコニコしている様でしっかりと状況を観察しているのだと分かる。
「民主制……といえば分かるかな。まぁ一応王様みたいなのはいるのだけど、説明するとややこしくなるし政治を行う様な権力がある訳じゃない」
「言葉からして民衆が政治を行っているという事なのですね。ですが、その為には教育などの整備が必要になるのではないでしょうか?」
「そのあたりは時代かな、基本的に身分は無いし全員学校にも通うからね」
「それは素晴らしいです。私の考えていた事以上のものを完成されているのですね」
そうは言ったもののアンリは少し困った顔をしている様にも見えた。無理もない、自分が処刑される覚悟でしていた事より完成度が高いものが実現されているのを見てしまったのだ。
俺は、彼女の事が少し不便に思えたのか間に耐える事ができず彼女の腕を取る。
「アンリ。気にするなよ、今はそれより買い物をしよう!」
「そうですね。ですが心、男性がこの様に腕を取るのは美しくありません。リードされるのであれば……」
「いやいや、マナー講師かよっ!」
「すみません、つい」
「こっちこそごめん。アンリの方が正しいのだと思うけど、急に格式高い事を言い出し始めるからびっくりしてさ」
「いえ、私こそTPOをわきまえなければなりませんでしたので」
彼女の日本語力に感心しながら、俺たちはファストファッションのお店に入る事にする。フリーターの資金力で全身を揃えてあげるには正直それでもかなり頑張らなければいけない。だが、アンリは充分喜んでいる様だった。
「この様な店は王都にもございませんでした」
「まぁ、この世界でも出て来たのはここ三十年位の話だと思うからね」
「そういう事でしたらこちらのお店にお任せ致しますわ!」
そういうと彼女は背筋を伸ばし、空いているスペースに立ち止まった。
「何してるの?」
「もちろん、店員の方に採寸されるのを待っているのですが?」
「どこのテイラーだよっ!」
「ですがサイズがわかりません……」
「多分アンリならLサイズ……いや、結構細いな。Mサイズなのか?」
背が高く細身のモデル体型の彼女のサイズ感を測るのは難しい。どのサイズでも着こなしてしまいそうではあるだけに、俺のセンスが問われてしまう。
「あの……そういう文化では無いのかもしれませんが、お店の方もおられますし、伺ってみては如何でしょうか?」
「色々とごめん……」
「いえ、この世界ではあまり居ない体型の様でしたので」
彼女は気を遣ってくれているのだろう。俺は周りを見渡し、こちらを見ていた可愛らしいアパレル店員と目が合うと彼女は意気揚々と食い気味に声をかけてきた。
「お姉さんスタイルいいですねー! どの様な物をお探しですか?」
女性には女性という事もあり、俺はやる気充分の小さな彼女に、とりあえずアンリの事を任せてみる事にした。
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