第3話 異世界人と知り合いました
この日からフリーターと公爵令嬢という、世にも奇妙な共同生活が始まった。現時点では始まったというよりは始まるという方が正しい。週末のバイトが休みの日という事もあり、手始めに部屋の模様替えを行う事に決め、もちろんアンリにも手伝ってもらうつもりだった。
とりあえずはなるべく積み上げるようにするこで、机を立てるだけで布団がひけるくらいのスペースを確保する必要がある。いくら狭いとはいえ、毎日シングルベッドで眠るのでは少なくとも恋人関係以上ではないと何があるか分からないからだ。
「あの……心の部屋で無くても、隣の部屋を使われてはいかがでしょう? 私は一人で眠れますので」
「隣ってやっぱりアンリは貴族なんだよなぁ」
「はい、しっかりと教育は受けていますわ!」
「……そうじゃなくて。このアパート全てが俺の物なわけないだろ?」
「といいますと?」
「俺の権限でどうにか出来るのはこの部屋だけなんだよっ!」
アンリは驚いた顔をすると少し気まずそうな顔になる。それから誤魔化すように開き直ると満面の笑みに変わり言った。
「それは平民ですね!」
「うるさいな、最下層民だよっ!」
彼女にとっては、一つの部屋位の広さも無いのかも知れない。雰囲気からみてもビルが建つ様な世界観では無さそうな事もあり、彼女の世界なら平民ですらこのアパート位の家に住んでいる可能性もある。
「やっぱりアンリは広い部屋だったのか?」
「それはまぁ。ベッドだけでもこの部屋位はありました」
「マジかよ。キングサイズの上は公爵サイズだったのか……」
あまりのスケールの違いに申し訳ない気持ちすら無くなってしまう。しかし、彼女はあまり気にしていない様子で言った。
「気にされている様ですが、馬車や野営と家から出る事も多いので狭い場所でも問題ありません」
「なるほど。流石にテントとかよりは快適に過ごせるとは思うよ……」
スペースを空けると布団が置けそうかを確認する為に机をクローゼットの前に立ててみることにする。すると机の下に小さな紐が落ちているのが見え、拾ってみる事にした。
紐の先には布が付いており見覚えがある。まさか今の段階で履いていないとは思ってはおらず、認識出来るまでに少し間があった。
「それはダメです!」
「あ、いや。分かってます!」
「分かっているのなら直ぐに渡して下さい!!」
「直ぐに渡しますっ!!」
慌ててそれをアンリに渡すと、この日三度目の紅潮する姿をみせた。
「あの……履いてないんですか?」
「これが代わりになるのかと思っていましたので」
「そこは安心させてください!」
文明や文化も違う場所から来たのだから仕方ない事なのだろう。ただ、ここまで無防備なのは流石の俺でも心配になってくる。彼女には現代の日本で生きていくだけの知識が必要なのだと思った。
「あの、一緒に買い物に行きましょうか?」
「急にどうされたのですか?」
「いや、アンリにはこの世界の事もっと知っておいて欲しいと思ったから」
「そうですね。私にはまだまだ知らない事ばかりですので、そう言っていただけると助かります」
外に出ようとは言ったものの、まだまだ彼女には必要な物が沢山あった。意識するまでは気づかなかったのだけど、この世界は意外と物が必要だ。
彼女の履いていた靴を履かせる訳にもいかず、あまりサイズの関係ない百均で買っていた健康サンダルを履いてもらう。明るい髪という事もあって貴族から昔のヤンキーの様な姿になってしまった。
「この様な格好が普通なのでしょうか?」
「まぁ、アンリの世界でいうならスタンダード平民スタイルみたいな感じかな?」
「なるほど……」
スラムとまで言うと流石にイメージが違うし、抵抗があると思いオブラートに包む事にした。それでも姿勢が良く手足の長い彼女は意外にも様になっている様に見える。俺も眼鏡と帽子を被り、外に出る事にした。
「そういえば、日本語はどこで覚えたの? もしかして同じ言葉だったとか?」
「日本語? いえ、異国に行く際には言語統一の魔法を使うのです」
「そんな便利なものがあるの?」
「この世界には無いのですか? 確かにこの国では魔法を使ってはいない様に見えますが……」
ファンタジー作品やアニメが普及している事もあり、『魔法』という概念はある。しかし、あくまで魔法は魔法で使えるひとなんていない。
「そんなに一般的な物なのか?」
「得意不得意の個人差はありますけど、私の世界では少なくとも生活魔法に限れば、お手持ちの魔道具よりは一般的な物ですね」
もちろんスマートフォンは無い。しかし、スマホより一般的となるとアンリの世界ではほとんどの人が使えるという事か。
「他には? どんな魔法が?」
「一般的なものですと、小さな火を起こしたり約束事をしたりする時には使用します」
「契約魔法……それは、ちょっと怖いな」
「対価としては破れないような小さな呪いから命を奪う物まで様々な物にはなりますが」
「なるほど……」
すると彼女は少し早歩きになると、くるりとこちらの方を向いた。
「今朝の様子だと覚えていないかも知れないのですが、実は昨日簡単な魔法はかけているんです」
「えっ?」
「私の事を可愛いと思ったり、大事にしたりする魔法です」
知らぬ間に魔法にかけられていたから俺はアンリを可愛いと思ってしまっていたのか……。
「嘘ですよ、信じてしまいました?」
「嘘なの!?」
「信じたという事は、私の事を可愛いと思われていたのですね!」
「ちょっと、それはズルいだろ!」
この時、俺は初めて彼女が自然に笑った様な気がした。元の世界でも民衆に愛されるいい公爵令嬢だったのだろうと思わずにはいられなかった。
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