第2話 走馬灯みちゃいました
俺の日常は至って平凡ないわゆる下層民だった。
強いて言うなら、今はこの生活しかできなくなってしまったというのが正しい。
それでも、そんな運命に反抗し続けるかの様に俺は週末にストリートライブをする事にしていた。
「そういえばお前歌う日だっけ?」
「まぁ、そうだけど?」
「あー、そっか。今日飲みに行きたいと思ってたんだけどなぁ……」
立花亮はバイト先での唯一の友達だ。歳は一個上、バイト歴は一年後輩という事もあり、高齢化が進む職場では唯一歳が近かったという事もある。
「別にいいけど?」
「マジで? なら行こうぜ、今日は奢ってやるからさ!」
給料日以外で彼がそんな事を言うのは珍しかった事もあり、バイトが終わると彼と飲みに行く事にした。
「最近どうよ?」
「どうって、普通だけど……」
「ストリート活動やってんだろ?」
「まぁ、人は居ないからね」
話を振ってきたものの、きっと何かいい事があって聞いて欲しいのだと思った。
「亮はどうなんだよ?」
「おっ? それがさ……」
案の定待ってましたとばかりに話し出した内容は、彼がバイトをしていた理由でもあるネット販売での独立資金が貯まったという話だった。
「それで……いつ頃予定なんだよ?」
「今物件探しててさ、それが見つかり次第ってかんじかなぁ」
前から聞いてはいたものの、急に現実味を帯びた話になった。独立してすぐはバイトは辞めないという話なのだけど、少しずつシフトを減らして専念できる様にするのだという。
「そっか……おめでとう」
「なんだよ、もっと祝ってくれよな!」
彼に夢がある以上、いつかは辞めるのだと理解はしているし嬉しかった。けれどもいざこのタイミングになると、半分くらいは素直には喜べなかった。
帰り道、これからの事や亮の事を考えた。彼は辞めてからも誘うとは言ってくれたものの、少しずつ離れていくのだろうと考えてしまう。俺はこれからどうするのだろうかという不安に、飲まずにはいられなかった。
近くのコンビニに入り、俺にしては珍しく袋いっぱいに酒とつまみを買った。店を出ると勢いで一本飲み干した。
「はぁー」
大きなため息と共に、醒めかけていた酔いが回り気分が良くなっていく。なんとなく気配を感じ、周りを見渡すとコンビニの隣に住宅地には似つかわしくない雰囲気のコスプレイヤーが立っているのが見えた。
「こんな所で珍しいな……」
ふと眺めていると、視線に気づいたのか彼女はこちらに向かい歩いて来た。
「あの……」
「あ、はい。どうかしましたか?」
「ここは……どこなのでしょうか?」
彼女と初めて話したのはこの時点だ。酒が入ってしまった事で、おれのCPUは記憶媒体へそれ以降の情報を送る事をやめてしまったのだろう。
♦︎
……短い走馬灯だった。
そう、もしここがランスロット公爵領だったのなら俺は断頭台に送られていたのかも知れない。いや、そうでなくても彼女が日本の法律を理解していたのならタダではすまなかっただろう。
一つ弁解をさせて貰えるなら、この様な状況になってしまったのら故意ではなくあくまで事故だったのだ。
しかし、俺は挫ける事なく頬と衣類を献上する事でこの場を収める事が出来た。
「そういう事はもっと早く言って頂きたいですわ」
「とはいえタイミングが……」
「この件は少し変わった形ではありますが、素晴らしい衣服を頂いたので、貴方を信じる事にします」
パーカーとハーフパンツ姿になった彼女はどこか彼氏の服を借りてます感があって可愛らしくみえる。それと同時に異世界人というか公爵令嬢のオーラは無く、ただの身近な美少女と成り下がった感じがして話しやすくなった。
「意外と似合っていると思うのだけど」
「まだ足が見えてしまうのは気になりますが、私の国の服の窮屈さが無いので、着心地はとてもいいです……」
無理もない。コルセットに全力のドレスをきていた彼女にとって現代の衣料は革命とも言えるアイテムだ。そんな事より俺はアンリがさりげなく言っていた事が気になっていた。
「それにしてもアンリが悪い事をした様な人には見えないのだけど、断頭台って事は処刑される程の何かをしたって事だよね?」
「ええ、大した事ではないのです。ほんのちょっとだけ国の為に革命を……」
「いやいや、それは革命だよ! ほんのちょっと革命とかその表現自体に革命が起きてるよ!」
「そう言われましても領地の人々を守る為には仕方なかったんです」
国にはそれぞれ事情がある。貴族社会なんてものは現代日本の一般市民がいくら考えても想像でしかない。ただ、私利私欲では無く領地の人々の為にと言った彼女は、正義感が暴走している様な気はするものの、根本的にはいい人なのだろう。
「反乱や一揆みたいなものをしたなら仕方ないか」
「いえ……私は武将ではありませんし、そんな事をしても民の血が流れてしまい、大切な働き手を失っては意味がありません」
「それなら何を?」
「公爵家というのは、王国の中でもかなり力のある立場なのです。それに私は皇太子でもある王子の婚約者でもありましたので民衆の声を届けただけなのです……」
多分彼女は権力を使い領地の問題を解決しようと考えたのだろう。正直俺は、中世貴族の様な世界観としては至極真っ当な対応だと思った。
「それならなぜ? 王子に裏切られたのか?」
「客観的にはそう映るのかもしれません。しかし彼も次期国王としての立場もあり、貴族を敵に回す訳には行かなかったのでしょう」
「なるほど、王子もまだそこまで力をつける前だったという訳か。それで、断頭台へ送られたのか?」
「はい。処刑の直前に異世界へと飛ばす魔法を使われたのは最後の慈悲であったのかと思います」
俺自身、思う所はいくつもあった。アンリは慈悲だと言ったものの王子自身にリスクもある。実際に彼は彼女の事を愛しており、かなり苦渋の決断だったのではないだろうか。
「大変だったんだな」
「いえ、大変なのはこれからです。いまは心の所で匿って頂いてますが行く当ても無ければこの様に文明の発達した時代で私に出来る事があるかすら分かりません」
確かにこのままアンリを放り出したとしたら、彼女はホームレスどころかどんな目に遭うのかは俺にだって分からない。少なくともそんな事はしたく無いと思っているし、王子が少ない希望に賭けて飛ばしたのだとしたら、その想いを受け止めてあげるのが俺の使命なのでは無いかと思った。
「アンリ、魔法で来たのなら何かしらの方法で元の世界に帰る方法はあるのか?」
「同じ魔法を使えたなら帰る事が出来る可能性はあります。ですが、魔法は知ってはいるものの私の魔力だけでは難しいのです……」
「なるほど。この世界で魔力が借りられればアンリも使えるって事か?」
「はい、理論上は……けれどもなぜかこの世界の人にはほとんど魔力がないのでそれも期待出来そうもないですね」
確かに魔法を使っている人も魔力を感じた記憶もない。つまりはほぼ帰れないのか。いや、帰れた所で元々断頭台へと送られていた身、下手をすれば王子もろとも処刑されてしまうかもしれない。そうなると俺の出来る事は限られてくる。
「それならアンリが独立出来るまでという条件で家に住まないか?」
「よろしいのですか?」
「まぁ、二人で住む様な部屋では無いのだけど、布団とか買えばどうにかなるだろう。それに、このまま放り出す訳には行かないと思ったんだ」
「ありがとうございます。心は優しいのですね」
「そんなんじゃ無い。なんとなく王子の気持ちがわかる様な気がしただけだよ」
「王子の、ですか?」
「まぁ、そのあたりはいいからとりあえずアンリはこの世界に慣れてくれればいいよ」
俺がそこまで言うと狭い部屋の中、アンリはハーフパンツを広げ深くお辞儀をした。絵面としてはどう考えてもおかしく見えてしまうのだが、手足が長く指先にまで意識が通っているその所作に、カジュアルな格好からは想像も出来ない位の気品と風格が満ちていた。
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