第15話 新しい仕事始めました
魔法の事はよくわからないのだけど、アンリは多分相当無理をしたのだろう。彼女が細いからなのかそれとも異世界人だからなのかは分からないが、身長からしたら普通の人よりは少しだけ軽い様に思えた。
家に着くと、少しぐったりしている様に見えベッドに寝かせる事にした。額に手をあててみるも体温は低い。魔力が思う様に出せない中、使ったからなのか普段のオーラの様な物は薄れてしまっている様に感じた。
「無理なんかしなくていいのに……」
そう呟くと、意識ははっきりしているのか手をだした。俺が彼女の手を握ると、まるで冷凍庫の中にでも入った様に寒気がした。
しかし、それと同時に彼女の青白い肌に血の気が通い始める。もしかしておれの魔力を吸っているのか? いや、そもそも魔力は無いはずだ。
「もしかして、心配して頂けたのですか?」
「アンリ、何か元気になってない?」
「心が魔力を分けてくれましたので……」
やはり、魔力不足。以前彼女が思と念と言っていたのを思い出した。彼女の事を思っていた事で少しばかり魔力が分け与えられたのだろうか?
「もう、無理はしないでくれ」
「そんな顔をされる時もあるのですね。貴方にとっては邪魔なだけですのに、アンリエッタは幸せ者です」
優しく微笑んだ彼女が初めて自分と同じ人間なのだと感じる。その尊さに気付いた時には彼女に抱きついていた。
「心?」
「邪魔だなんて、そんな事言わないでくれ」
「ですが……」
「アンリの事を大切に思っているから。どうなってもいいとか思って無いから!」
「本当に心は……私の事が大好きですのね!」
そう言われて、我に帰った途端に抱きしめている事が恥ずかしくなった。顔が赤くなっている事もあり離れる事が出来ない。
「あら、魔力が溢れてますよ?」
「これって魔力なの?」
「すこし違いました、溢れ出ているのは私への愛でしたね」
アンリは落ち着いた雰囲気のせいで、ふざけているのかマジなのかが分からない。それでも彼女がいつの間にか大切な存在になっているのだと気付く事ができた。
「お前っていい奴だよな……」
「心もいい人ですよ?」
「その感じってやっぱり国民性みたいなものなのか?」
「その感じとは、どの様な?」
「掴みどころがあるのか無いのか分からない感じだよ。自己肯定感が高いっていうのか?」
「それは、公爵家の娘だからだと思いますわ」
とんでもない経験をしている反面、選ばれた存在として育って来ているからという事だろうか。
「まぁ、いいや。今日はゆっくり休んでいろよ」
「お言葉に甘えてそうさせていただきます」
一応回復はしている様子だったのだが、魔力切れというものがどの様な物なのか分からない。それゆえに俺はアンリを休ませてやろうと思った。
♦︎
それから数日が経ち、カフェに行って以来アンリとの関係は良好なのだと思う。この世界にも大分慣れてきたアンリは晩御飯の買い出しをしたり、足りない物を購入したりと充実している様だ。
そんな中、俺もストリートライブで着実にSNSのフォロワーを増やしている事もあり、次の事を始めようかと考えていた。
「何してるんですか?」
「音源を作ろうかと思ってね!」
「心の歌を録音して配るのですね! とても良いと思います!」
「いや、今時CDを焼いたりはしないからとりあえずはみんなが聞ける様に動画を上げようかなってね。レコーディングしないとだから準備しているだけだけど……」
「録画ではダメなのですか?」
「確かにスマートフォンでも撮影は出来るのだけど、音が綺麗には録れないんだよ」
アンリは不思議そうな顔で、パソコンを触る俺の手を見ていた。
「あの……私も、新しい仕事を初めようかと思いまして」
「そういえば元々その予定だったよね。亮には言ったのか?」
「はい、亮さんも週に二回フルタイムで来てくれれば特に問題は無いそうで」
「フルタイムってそんなに忙しいのか?」
「始めた頃より慣れては来たのですが、注文も増えているので、私がいなくなると亮さんが発送しか出来なくなるって嘆いておられました」
「結構順調なんだな……」
どおりで最近バイト先にはほとんど来ていない訳だ。その分アンリの給料も上乗せしてくれているみたいで、亮からも彼女の仕事が早い事を聞いていた。
「それで、何の仕事をするんだ?」
「それは……調査です」
「調査? 怪しいのに捕まってないよな?」
「それは大丈夫です。亮さんの知り合いの方の知り合いですので」
「それほぼ他人じゃない? 本当に大丈夫?」
「問題ないのですわっ!」
怪しい感じがしたのだが、詳しく聞くと企業などへアンケートを取る簡単な仕事らしい。アンリとしてはまだまだこの世界の事で知らない事が多いと感じている様で知りたい反面、その会社としても固定概念が少ない彼女に新しい目線で聞いてもらいたいそうだ。
「なるほど、アンリが聞きたい事も聞けて一石二鳥というわけか!」
「私もそれなりに稼ぐ事ができれば、自立する事も出来ますからね!」
そう言った彼女に俺はハッとした。そのうち異世界へは帰るのだろうとは思ってはいたものの、その可能性は限りなく低い。しかし、独立となれば話は別だ。稼ぐアテと物件さえ見つかってしまえは彼女はこの家を出て行ってしまうのだろうか。
なんとなく、亮が独立した時みたいにあっという間にその時がきてしまうのだろう。そう思った俺はなんとも言えない不安感に襲われていた。
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