第11話 寝ちゃいました
菅野まひろはアイドルになる前から好きだった人だ。当時中学生だった事もあり、仲の良かった俺たちはそのうち付き合ったりするとは思ってはいたものの告白するには至らなかった。
バイト先で出会った亮は、その事を知っているわけではない。彼が知っているのは活動を始めた時に距離を取った事と、告発した時に彼女に迷惑をかけてしまったという事だ。
「忘れているわけないだろ」
「お前は今まで活動するチャンスはあった。それが出来なかったのはまた彼女に迷惑かかる事が嫌だったからだろ? アンリちゃんに言われたからって簡単に割り切れる話じゃない」
「それはそうなのだけど」
「あの……」
「アンリ?」
「一つ伺ってもよろしいですか?」
「何か気になる事でも?」
「心がその方を好きでしたり、恋仲にあると何か問題でもあるのでしょうか?」
「んー、アイドルは女性向けの人気商売だからねぇ。女の子に酷い事をしたとかって話がでると炎上、つまりは誹謗中傷の的になるんだよね」
「さらに言えば、ファンの中には俺を攻撃する子と相手を攻撃するタイプがいるんだよ」
「なるほど、それで迷惑をかけてしまったと。民衆が敵になるのは恐ろしい事ですね……ですが今心がしたい事はアイドルではなく歌をしたいのではないのですか?」
「そうなんだよね。だから俺も問題無い気はしているのだけど……」
「私の世界での吟遊詩人では、女性関係に問題があるというのはよくある話でしたので、あまり関係は無いのだと思っていました」
彼女との認識の違いなのだろう。しかし、吟遊詩人や旅芸人のイメージはトリッキーなキャラか、遊び人のイメージは俺にだってあった。それは今の時代でもバンドマンや芸人なんかは同じなのかも知れないとは思う。
しかし、SNSが主流となった現代ではそれでも炎上する風潮にあるというのはあるだろう。
「一芸で食べて行くにしても今は炎上のリスクはあると思う。だけど逆に潔白も晴らしやすい環境にもなっていると思うんだ」
「確かになぁ。今だったら反対意見や違った考察で動画を上げる奴も出て来るだろうな」
だからこそ、俺は足掻く事が出来るんじゃ無いかと思っていた。もちろん、アイドル時代の様な若さは無い分、実力が必要になるのはわかっている。
「よし、決まりだな!」
「なにが?」
「俺は会社を大きくして金持ちになる。お前はアーティストになって金持ちになる!」
「アンリは?」
「アンリちゃんは……俺の嫁かな?」
「なんだよそれっ! 言っとくけど元カレは王子だからな、亮が多少会社を大きくしても相手は国を治めているんだぞ!」
「あ、あの……」
「どうしたのっ!」
「私、王子と別れたつもりはないのですが?」
「処刑されたのにっ!?」
「まぁ、それはそうなのですが……」
「アンリは帰る方法を見つける……かな?」
「心、そんな事言ってアテはあるのかよ?」
「多分だけど、可能性はある気がする」
ライブの時に感じた魔力。あれがもう少し理解出来たなら可能性はあるのだろうと思っていた。
気がつくと時間は二十三時を過ぎている。亮もそれにきづいたのか「そろそろ帰るわ」と、マイペースに準備をすると俺たちは玄関に見送りに出た。
「今日はありがと」
「まぁ、本来の用事もできたし新しい出会いもあったしな!」
「私も楽しい時間を過ごせました」
「こちらこそ! 華のある感じは今までなかったから楽しかったよ。心が嫌になったらいつでも来ていいからな!」
「最後まで口説くなよな……」
すると亮は俺の肩を叩いて言った。
「まあまあ、それより安いのでいいからアンリちゃんにスマホ買ってやれよ?」
「いや、お前が連絡したいだけだろ!」
「それもあるけど、やっぱり不便だろ? このままじゃ仕事とかも出来ないだろうし」
「まぁ……たしかに」
「そういう訳だ。じゃあまた明日!」
「おう、じゃあな!」
明日もバイトがあるから亮とはすぐに会うだろう。だけどこの当たり前の毎日が少しずつ変わっていっている様な気がしている。
来年、俺たちはどうしているのだろうか。亮はそれなりにやっているだろう。俺だって、活動の目処は立っているかも知れない。ただ、アンリはその頃に帰れているのだろうか?
「面白い方でしたね?」
「まぁ、変な奴だけどいい奴だよ」
アンリにも好印象だったのだろう。友人の事を気に入ってくれるのは俺としても嬉しい。俺は開いた缶ビールをまとめ、開けていない物を冷蔵庫に直すと風呂の準備を始めた。
アンリがあれだけ感情を見せたのは初めてだった。彼女はこの世界の事をどう思ったのだろうか。
もし、このまま彼女が帰る事が出来なかったとしたらどうするのだろうかと、色々と考えてしまう。
「アンリ、沸いたら先に入っていいからね」
「……」
「アンリ?」
返事がない事が気になり、覗きこむと彼女が布団の上に倒れ込む様に寝ているのが見える。
「あれ? もしかして酒に弱かったりするのか?」
仕方なくベッドの方へ向かうと寝ている彼女に布団をかける。慣れない土地で人前に出た事もあり、疲れていたのかも知れない。
「フェル……どうして?」
そう呟いた彼女は、悲しい夢でも見ているのだろうか。目尻の方から一粒の涙が流れ落ちていくのが見え、俺はその涙を拭った。
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