第10話 話しちゃいました
「アイドルとはどう言ったものなのでしょう?」
覚悟を決めて話てはみたものの、アンリには説明が必要な様だった。無理もない、彼女の世界には『アイドル』という概念が存在しないのだろう。
「まぁ、人気のある吟遊詩人みたいなものだよ」
「それで、あれほどの歌を」
「小さい頃から歌が好きだったからね。中学生の時……14歳の時にオーディションを受けて受かったんだよ」
あの頃は夢に溢れていた。誰よりも努力していた自負はあったし、人前で歌うのはもちろん、自分の実力なら日本で一番になれるとさえ思っていた。
「ですが、全てを失ったというのは?」
「当時好きだった子ともアイドルをする為に距離を置いた。それだけじゃない、生活の全てを捧げていくつもりだったんだ」
「それで……」
アンリは少し黙ってしまう。生まれながらにして公爵令嬢という立場だった彼女にも苦労はあったのだろう。だからこそ、何か思うところがあったのかも知れない。
「だけど後悔はしていなかった。自分が選んだ道で、夢を与える為には相応の犠牲は必要だと思っていたから」
「では、なぜ辞めてしまわれたのですか?」
「俺は事務所が……いや、トップである宮園社長がしていた事が許せなかったんだ」
正直思い出したくは無い過去だ。過呼吸気味に話し続ける俺に気づいたのか、それまで黙っていた亮が口を挟んだ。
「アンリちゃんが分かる様にいえば、その宮園って奴が権力者だったんだよ。心の同僚に手を出したりする様なね」
「汚職を働いていたのですね。私の世界でもその様な事は蔓延ってはいました。」
「よくあると言えばそうなんだけど、当時後一歩でトップアイドルになる所だった心はそれを告発したんだよ」
亮の言葉に、アンリは唇を噛み締めた。公女というのはぬくぬくと育って来ている様なイメージはあったものの彼女は違う。民衆を助ける為に改革を起こそうとして処刑されるまでに至った革命家だ。
「それで心は処刑を……」
「いや、処刑はされてないよ?」
「ちがうのですか? 私はてっきり処刑から逃げ出し姿を変えて隠遁生活を送っているのかと……」
「いやいや、今の時代じゃ告発した位で処刑とかされないから! 別に見つかった所で首をはねられたりはしないからそこは大丈夫」
自分で言った言葉にハッとした。アンリの世界では首をはねられてもおかしくはないと言う事だ。現に彼女ほどの地位があっても断頭台に送られてしまっている。
「アンリちゃん。確かに君の世界からしたら死なないのにって思うかも知れねーけどさ、心は心でテレビにでたりライブが出来なくなったりある事無い事広められたりして大変だったんだよ」
「テレビ……ですか」
「そこは上手く説明はしにくいな。パソコンとはちょっとちがうし心の家には無いからなぁ……」
するとアンリは、考えている素振りを見せると机の上においたスマートフォンに指先を向けた。
「もしかして、そちらの物が近いのでしょうか?」
「ああ、スマホ? 近いっちゃ近いけど、もっと公共的というか全国に動画を流しているんだよ」
「ですがそちらも動画を見れますよね? それも世界中から見れるのだと認識しています」
彼女からすれば、時系列なんて知るよしもないだろう。言うなればスマートフォンの方が重要な物にだって感じているはずだ。
「それはそうなんだけど……」
「わかりました。配信する為の仕組みが違うという事ですね! テレビは皇室がだす玉音放送みたいなもので、スマートフォンは民衆の掲示板の様に魔法の使えない物が書いた狭い範囲での内容と!」
瞬時に答えに近づいて行くアンリはやはり頭がいいのだろう。玉音放送というものはよく分からなかったものの、魔法のある世界の限られたテレビの様な物なのだと理解する事が出来た。
「大体合っているのだけど、少し違んだ。簡単にいうなら見られる確率の問題なのだけど、スマートフォンで動画をみる場合は調べる必要があるだけで限られた範囲という訳ではないんだよ」
「まぁ、アンリちゃんは分からないかもだけどさー、メディアに圧力をかけられたら結構大変なんだぜ?」
「いやいや、お前はかけられてないたかけられてないだろ!」
正直俺は、ただの身の上話なのだと思っていた。一般人として生きて行く事が出来ている今となっては、大して意味のない六年も前の話だ。
だが、それまで見た事も無い程に震えているアンリの表情は、俺だけじゃなく亮までも畏怖の念を抱かせた。
「あ、アンリちゃん?」
「ど、どうしたんだよ?」
俺はすっかり忘れていた。いや、忘れていたんじゃ無い、現実味の無いアンリの話をただのファンタジーなのだと切り捨てていたんだ。彼女は、この世界では見た事もない『本物の英雄』なのだという事を……。
「この世界は、平和ではなかったのですか?」
「いや、平和だよ? ほら……」
「何も変わってはいないでは無いですか。いいえ、それどころか変える事すら諦めてしまっています」
「俺だって分かっているよ」
「分かっていません。持てる者が義務を放棄し、民が諦めてしまってはこの国はおしまいです!」
「し、仕方ないだろ! どうしようも無い事だってあるんだよ!」
正直叫ぶつもりはなかった。だけど、アンリが言った確信を突いた様な言葉は、俺の惰性に触れられた様な気がして感情が抑えられなかった。
「まぁまぁ、心も落ち着けって。だけどアンリちゃん、今の時代は武装する訳にもいかないし、社長を殺した所で心は捕まるだけだ。そのあたり分かってやって欲しい」
「……そうですね。すみません、二人にぶつけた所で仕方のない話でした」
「いや、俺だって分かるよ。だから独立しようと思っている訳だし」
直接では無いにしても、ある意味亮も過酷な立場にいる。金銭的な理由で高校を中退した彼は、就職先で酷い扱いを受けた事がある。そこから、抜け出す為に、掛け持ちや副業が出来るフリーターとなった。
「……俺、足掻いてみようかな」
ふと気づくと、俺はそんな言葉を漏らしていた。
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