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8 貴妃と会う

「……命令だったら、断れないけど」


「命令はしたくない」秀英は小さな溜息をついた。「焦ってごめん。考える時間がいるよね。しばらく後宮で暮らしてみないか。ここがどういう場所か、小月に知ってもらいたいんだ」


 秀英は小月の手を握ったままで、望楼にのぼった。


「ここから城内が一望に見渡せる」


 甍の波と高い塀、官衙の向こうに碁盤目状の街区が遙か彼方まで見渡せた。おそろしく広大だ。この都に何万、何十万もの人々がひしめいて暮らしているのだろう。もっと多いのかもしれない。小月が想像できないほどたくさんの人たちが暮らしている。夕陽に照らされる皇都を、小月はしばらく呆然と眺めていた。


 そんな小月のようすを見つめながら、秀英はこれまでの経緯を語ってくれた。

 秀英の家が『商売を拡大するために隣町に引越す』というのは方便だった。皇都へ向かう途上で隠されていた事実を知らされた。実は彼は先帝の第五皇子だったのだと。母親は後宮の女官で、秀英を産んだあと亡くなった。地位も後ろ盾もなかったせいで、後継者候補にさえならずに田舎に放逐され、乳母の実家の鶴家が引き取って育てたのだという。


 小月は思い出していた。鶴家の主人が秀英を『特別な子』と呼んでいたのは、そういうわけがあったのだ。もしかしたら粛正を恐れて身を隠したのかもしれない。


「その後、兄皇子たちは皇帝の椅子を狙って謀略を尽くし、皮肉なことにみな死んでしまったんだそうだ。そうして私の存在をようやく思い出してくれたらしい。病床の父親に呼び戻された。父親である先帝は私の顔を見た翌日亡くなったんだ」


 秀英は母も父も兄弟も亡くして、一人、玉座を守り、三年の喪に服したのだという。


「いきなり皇帝になれと言われたときは驚いたよ。なんの心の準備もしてなかったからね。忙しくて手紙を書けなかった。ごめんね」


「大変だったね、秀英。凄く立派になった。……逞しくなった」


「運命を受け入れたら、楽になったよ。与えられた役割を誠実に果たすしかない。私は天下万民の庇護者になる為に生まれたのだと信じることにした」


 秀英はにこりと笑った。小月には想像することしか出来ないけれど、重責を担うのは相当の覚悟がいるはずだ。こうやって笑えるようになるまでに、どれだけの苦労や努力をしてきたのだろう。逞しく見えるのも当然だ。


 ふと、人の気配がして、振り返った。


「陛下、お探しいたしましたわ」


「そちらの方がお噂の……陛下の幼馴染み……?」


 華奢で瞳の大きい美少女とふくよかな菩薩顔の少女二人が楚々と佇んでいる。歳は小月と同じくらいだろうか。秀英にたおやかな礼をし、小月をちらと盗み見て団扇で顔を隠す。


「藩芳、胡美玉。ちょうどよい、私の幼馴染みの明小月だ。話相手になってやってほしい。」秀英は少し慌てた素振りで紹介した。「小月、彼女たちは私の……妃たちだ」


「……ああ」小月はこくこくと頷いた。秀英は皇帝だ。多くの妻がいて当然なのだ。


 秀英はなにか言いたげな顔をしていたが、小月は小さく首をふった。不要だからだ。むしろ、素敵な女性を幾人も妻にできる秀英を羨ましいとさえ思った。


「話が合うとよいのですが。私は藩芳。藩丞相は私の父です。貴方のお父君はなにをなさっておいでなの?」


「父は農夫です。野菜や花を育てるのが得意です」


 藩芳は「まあ」と声をあげて、大きな瞳を瞬かせた。


「後宮には国中の植物を集めた花苑があるのですよ。私は胡美玉。詩を詠んだり絵を描いたりするのが得意です。よかったら一緒に花苑で詩作などいかが」ふっくらした菩薩顔の女性は優し気な笑みを浮かべた。


「私は字の読み書きができません。でも花苑は興味あります」


「まあ……字の読み書きができないですって」藩芳は身を仰け反らせた。仕草がいちいち大袈裟だ。「それで陛下をお支えすることができるのかしら。ねえ、胡貴妃」


「それぞれが得意分野でお仕えすればよいのではなくて。私には藩貴妃のような素晴らしい舞踊はできませんし」


「まあ、うふふ、それほどでも」


 ふたりはお互いを貴妃と呼び合っていた。貴妃という位階が高いのかどうかはわからないが、ふたりの間には小月には理解しがたい緊張が漲っていた。まるで綱の引き合いのような。


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