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32 宮廷医なんて柄じゃない

「ところで、李医師はこれからどうされるんですか」


 李医師が留まってくれたら心強い。小月はちょっとばかり期待を込めて訊ねた。なんといっても張包配下の報告書が手抜きすぎて信用できない。出鱈目とまでは言わないが、遠目から見て「元気そう」と判断したとしか思えない。

 未知の病なのだから近寄りたくない心理は理解できるが。


「あのおっかない奴にしばらく留まれと言われたがなあ」


「おっかない奴って、張包さん?」


「ああ。それも、宮廷医にしてやるって、なんだ、あいつ、偉そうに。冗談じゃない。宮廷医なんて俺の柄じゃない。今から街区に行くつもりだ。あっちのが酷いらしいからな」


 李医師は、さも用は済んだというようすで宮を出ていく。


「待って、李医師。行くなら私も行きます!」


「……やめておいたほうがいい。死人を見たかないだろう」


「死人……」


「そうさ。ここと違って手厚く介抱される者がいないんだ。捨て置かれた死体がごーろごろしてるぞ。お嬢ちゃんにはきつい」


「ならば」小月は李医師の袖を掴んで花苑に引っ張っていった。


 花苑では世話係の全宝が今日もかいがいしく植物の世話をしていた。蝿がもっとも嫌う草を教えてもらい、衣服に擦りこむ。奇しくも例の除虫草が一番強力なのだときいた。


「いや、お嬢ちゃん、俺がきついと言ったのは、蝿じゃなくてね、いや、まあ助かるけどよ。しかし、なんだな。後宮は嘘みたいに綺麗で落ち着かないな」


「ねえ、この草の香りをどう思う?」


「ん?」李医師は今ようやく香りに気づいたというようすで首を傾げた。「青臭い。まあ、普通の葉っぱの香りだ」


 小月の口元には思わず笑いがこみあげた。

 あとで胡貴妃の宮にも鉢分けしてあげてほしいと全宝に頼むと、小月は秀英のいる正悟殿に向かった。直談判のためである。




「朝儀中です」


 正悟殿の衛士は小月と目を合わせないようにしながら、簡潔に拒絶した。どこかおどおどとした様子である。


「じゃあ、俺だけ外に出してくれ」李医師が扉に向かうと、衛士は六尺棒で遮った。


「許可が出ておりません」


「藩なんとかいうお嬢の治療のために呼ばれたんだろ。もう用はないはずだが」


「張包さんを呼んで」小月が食い下がった。


「朝儀に参加中です」


「ちぇ、いらいらすんな。ここしか出口はないのかよ」


 李高有は正悟殿の石段に座り込んだ。


「貴様、そこに座るな。陛下がお通りになる道だぞ」


「俺な、昨日の夜、栄の町でお前さんたちの仲間に拉致られたんだ。おかげで一睡もできなかった」挑発するように李高有は石段の上で横になった。「朝儀とやらが終わったら起こしてくれ」


 小月は隣に腰かけた。


「李医師、栄の町で会ったあの女性はどうなりましたか?」


「ああ、あの母親か。助かったぞ、子供も元気だ」


「病は病人に触れることで伝染るんでしょう。それなのに藩貴妃は誰からどうやって伝染ったか、まるでわかっていないの。李医師はこの病に詳しいでしょ。どう考えたらいいんでしょうか」


 李医師は怠そうに体を起こした。「正直言うと、俺もまだわかってないんだ」


「栄の町でもそうなの?」


「うーん、あっちは慣れてるからな。今年も病の時期が来たか、くらいしか思ってないんだ。蔓延も早いが秋には激減するし。やり過ごせばいいとしか。だから皇都の街区は心配なんだ。慣れてる者がいないだろ」


「だから早く街区に行きたいのね」


 突然高熱で倒れて不安になっている人たちが沢山いることは想像に難くない。


「貴方をここに呼んで、と頼んだのは、実は私なの。藩貴妃の病が栄の町の風土病と同じかどうか診てほしくて。街区の人たちのことは頭になかった。そうよね、きっと彼らは恐怖と不安で生きた心地がしないはず。早くここを出ましょう」


「……と言ったって」


 小月はすっくと立ち上がって、声を張り上げた。「そうだ! 李医師、平寧宮にいらしてください。侍女の健康を診てもらいたいの。今すぐ!」


「あ、ああ」


 気圧されたようすの李医師は、闊歩する小月について歩いた。

 衛士の視線を背中に感じながら小月は声をひそめた。


「ちょっとの間だけ、鼻を塞いで我慢してもらえますか」


「鼻を塞げばここから出られるのか?」李医師は半笑いだ。


「後宮への出入り口は三つ。陛下が使う中央の扉。身分の低い者が使う東西の二つの通路。李医師がさっき後宮は綺麗だって言ったじゃない。それで考えてみたの。後宮はどこもかしこも綺麗だけど、汚物はどう処理されるんだろうって」


「まさか……」


 蒼白になった李医師を引きづるようにして、小月は登りゆく太陽に向かって力強く歩んだ。



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