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20 胡貴妃だって秀英だって

「でも、ときには外で走り回って近所の男の子と喧嘩したり蝉取り競争したりするでしょう」


「「しません!!!」」安梅と韓桜の声は大きく、反響してこだました。


「……すみません」小月はつい謝っていた。


「私はやはり藩貴妃の自作自演説を推します」韓桜が手を挙げる。「得をするかどうか、でいえば、藩貴妃は、陛下の寵愛を独占する可能性のある小月様を排除したいと考えるでしょう。動機も手段もあります。今回のことで陛下の同情も得られます」


「でも詐病ではなさそうだけど」


「自ら毒を飲んだのかもしれません。死なない程度に加減して」


「危険な賭けね」


 自らの命を賭けてまで後宮で優位に立つ必要があるのだろうか。侍女の口ぶりは真剣そのもの。小月は急に寒気を感じた。


「加減を間違ったのかもしれませんよ。お腹を壊す程度のつもりだったのかも」


 韓桜の意見に安梅は頷きながら「あの方は少し単純なところがあるから、言い換えればおつむが弱いから、服毒量を間違えた説は説得力あるかも」と言い出した。


 侍女たちは辛らつだ。藩貴妃を嫌っているのがよくわかる。


「それならば毒を飲まなくても呪術のせいで苦しんでいるふりをすれば良かったのにね。平寧宮は手薄だから、こっそりと忍び込んで呪物を私の部屋のどこかに隠すことは出来たかも……あ、そうか」小月は自らの思いつきを自らで否定した。「私は字を書けないから無理だわ」


 ここ数日でようやく数十の字を覚えたけれど、そんなことは藩貴妃は知らない。文字の読み書きが出来なければ人を呪う能力がないと考えるはずだ。奇しくも無学が有利に働いたのだ。


「小月様は誰があやしいと思いますか?」


「得をするかどうか、だけなら、胡貴妃もじゃない?」


「「え?」」


「藩貴妃に毒を飲ませ、私に罪を被せる。貴妃が死んで私が処刑されれば邪魔者はいなくなるでしょ。皇帝の寵を独り占めできる。でもとても親切で優しいかただし、ありえないと思う」


「……いえ、可能性はあります。胡貴妃は皇后になりたいのですよ」安梅の目がきらりと光る。


「絵や書に没頭してる姿は神々しいけど、他には興味なさそうに見えるわ」


「演技ですよ。藩貴妃のようにわかりやすくないだけです。陛下から相手にされない藩貴妃様は苛立ちを小月様にぶつけていました。一方、胡貴妃は小月様と仲良くなることで陛下に近づく作戦なんです。あの方の画才は本物だと思いますが陛下は知りようがなかった、小月様が陛下に紹介するまでは。小月様のお人好し……いえ、人の好さにつけこんでいるんです」


「そこまで考えつくされていたなら完敗だわ。でも……」


 何事も悪意に取れば全てが真っ黒になる。小月は頭を振った。


「それなら、秀英だって疑わしいわ」


「「ひい!!」」


「あくまで可能性よ。たとえばの話。私がいつまでもグダグダしているから脅しのつもりとか。藩右丞相への牽制とか。政治的なことはわからないけど。……ううん、ないわね。でも秀英だってやろうと思えばやれるはず」


 小月は急に立ち上がって身体を左右に回し始めた。


「どうしたんですか、小月様」


「身体を動かしてないから気持ち悪いのよ」次いで前屈をする。「あー、全身が凝ってる。ずっと座っていては駄目ね。昨夜はよく寝れたし、今朝はよく食べたし、あとは全身に血を巡らせると、いい考えが浮かびそうな気がするの」反らした背骨がぽきぽきと軽快に鳴った。


「「私達もやりましょう」」どちらともなく互いを促して、侍女二人も参加した。


 身体を縮こめて考えるのはよくない。みんなが悪い人に思えてきてしまう。だがその傾向は修正できる。考える材料さえあれば。


「情報があればなあ。知らないことが多すぎるわ。やっぱり牢の中では限界があるわ。張包さん、早く来ないかしら。さて、と」


 ごろんと仰向けになって、鉄格子の隙間から両脚を突きだした小月を目にして、侍女たちが慌てた。


「なにやってるんですか!?」「おみ足も裙の中も見えてます!」


「他に誰もいないし、いいじゃない」


 高さ一尺に位置する横桟に膝裏を引っかけて、両手を頭の後ろに置き、上半身を起こした。それを繰り返す。簡単にいうと『腹筋』を始めた。


「なんですか、それ」


「屋根から落ちそうになった時、私を救ってくれたのが腹筋なのよ。感謝を込めて鍛えるのが私の習慣なの」


「「では私達も」」


 安梅と韓桜は、小月の体勢ははしたないと思ったのだろう。片方が足を押さえて順番を組んだようだ。そもそも筋肉が乏しいのか、上半身を起こすのさえ辛そうだ。


「無理しちゃだめよ。怪我してるんだから」


「御心配には及びません」「運動に慣れていないだけです」


 カランと音がして小月の髪から簪が抜けた。今まで髪飾りをつけたままだったのかと、おのれの無頓着さに呆れた。髪は乱れて垂れ髪になった。

 しばらくの間、鍛錬に集中していたために、近づく人影に誰も気づかなかった。


「鼻息がすごいな」


「「「あ!!!」」」


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