ショートショート2
死ぬまで……
鮪は、泳ぎ続けなければ死んでしまうというのは本当だろうか。そんなわけないじゃないかと思っていた。まず、眠らなければ死んでしまうではないかと。
でも、歩き続けなければ死んでしまうという生き物がいる、という噂を聞いたのは1年ほど前だ。正確に言うとそれは生き物ではない。わかりやすい表現を使えば、幽霊だ。
僕が住んでいるのは一年中雪に閉ざされた山奥の小さな村だ。食べ物は自給自足。外の世界との交流はほとんどない。だから行動範囲は極々狭い。別にそのことに不満はなかった。大人は穀物や野菜を作り、時々少し森の奥へ踏み入り狩りをする。子供はそれをできる限り手伝い、空いた時間で子供同士楽しく遊ぶ。
中でも、僕が小さな頃から1番好きなスポットが森のおよそ中央部に位置する大きな、本当に大きな湖だ。
雪山故、その寒さから泳ぐことは当然できない。魚も泳いでいないから釣りも不可能だ。ボートで遊ぶ子供も少なくないけど、僕は転覆が怖くてできなかった。
それでもこの湖が好きなのは、ただ綺麗だからだ。美しいからだ。
でも、僕のおばあちゃんは言うんだ。この湖には悲しい言い伝えがあるんだって。
昔、それはそれはたいそう愛し合った夫婦がいたそうだ。でも二人にはなかなか子供ができなくて、やっと身籠った子供も二人続けて流れてしまった。
それでも、結納を交わした日からちょうど十年、二人に待望の女の子が生まれた。二人だけでなく、村中が歓喜の声を上げた。二人はその娘をユキと名付けて、目の中に入れても痛くないほどに可愛がった。
でも、幸せな日々は長く続かなかった。一年中寒気に包まれたこの村の中でも特に寒い寒い吹雪の日、ユキは高熱に襲われた。
村の医師には治せそうにないとすぐにわかった。だが山の麓までこの吹雪の中、降りていくのは自殺行為だと誰の目にも明らかだった。
それでも俺は行く、と言った男がいる。ユキの父親だった。
村中が反対した。お前まで死ぬつもりかと。
でも、母親は止めることができなかった。少しでも温めたいと強く抱きしめた娘。死なせたくなかった。もちろん、同じくらい愛する夫にも生きていてほしいけど、その時の彼女には何が本当に正しいのか、どうしてもわからなかった。
ーあなた! 行ってください! でも、絶対に帰ってきて! この子を助けて! あなたも死なないで! 絶対に、絶対に帰ってきて!ー
それから、どうなったのと、僕はおばあちゃんに聞いた。でもおばあちゃんは首を振った。
父親は凍えるような山道を歩いた。歩き続けた。愛する娘を救うため。いや、実際にはまだ二ヶ月の命だ。もっと愛したい。せめて自分が死ぬ日まで愛し続けたい。だから歩いた。朦朧とする意識と震える身体で前後不覚になりながら、まるで夢遊病者のように歩き続け、やがて倒れた。
最期の言葉は「すまない」だった。
吹雪が止むまで三日かかった。もうとっくに息絶えているといくら周りが諭しても母親は頑として聞かなかった。
彼女は誓った。死ぬまで、背負い続ける。死ぬまで、忘れない。死ぬまで、愛していたかった二つの命を。
湖の周りをゆらゆらと歩き続ける幽霊の噂。それがおばあちゃんの話とすぐに結びついた。僕と同じようにその夫婦もこの綺麗な湖でよく日が暮れるまですごしたそうだ。
死ぬまで愛し続けるという叶わなかった女の願いが、今でもこの湖の畔を歩き続けているんだよ。悲しい話だろ。
おばあちゃんはそう言った。歩き続け、麓のお医者さんのところまで辿り着くことができなかった夫のぶんまで、女は歩き続けずにはいられないんだよ、と。
そうじゃないよ、おばあちゃん。
僕はそうじゃないと思うよ、おばあちゃん。
「死ぬまで」じゃない。「死んでも」愛し続けているんだよ。
たった二ヶ月しか愛せなかった娘も、一生愛し合うはずだった夫のことも、死んでも愛し続けているんだよ。
すごく悲しいけど、僕はこれからもこの湖に遊びに来るよ。幽霊になってでも人を想い続けられるような人に、僕もなりたいから。
パラサイト・パラダイス
Aは満足していた。恋人であるスカーレットと二人きり。子供の頃から収集し続けたこの玩具に満ちた部屋で自分は生涯幸福に生きるのだと。
思えば大学受験こそが自分の人生の全てだったのだ。およそ平民には不可能な超一流大学への入学を成し遂げたことでAの人生は九割九分決定した。
来る日も来る日も、勉学に夢中になった。面白くて仕方なかったのだ。友達?恋人?何もかもどうでもよかった。
中でもAを魅了して止まなかったのがロボット工学だ。そうだ。友達も恋人もいないなら自分で作ってしまえ。
大学を首席で合格した。頭脳だけは誰にも負けなかった。だが、Aは社会に出ることはできなかった。幼い頃から家に閉じこもり勉学に明け暮れて、大学にもほとんど通っていなかった。通信制の授業だけで事足りるほどにAは常軌を逸した天才だったのだ。だからこそ、もう外に出て人と関わることは不可能だった。そういう人間になってしまったのだ。
ここら辺でなぜこの男は「A」というのか説明しよう。誰も本当の名前を知らないからだ。誰一人親しく接するものなどいないから「あの人」の頭文字を取って「A」と呼ぶようになったのだ。いつしか両親さえもAと呼ぶようになったのだ。
父も母も、後悔していた。子供が好きなこと、やりたいことを思う存分やらせてやるのは、親として大切なことだ。でも限度というものを知っておくべきだった。もっと外に出して、広い世界を教えてやるべきだった。
世間的に言えばAは引きこもりだったが、決して無職ではなかった。学生時代から、彼を神童と崇めていた学者は大勢いたのだ。Aという学問の神。彼は在宅で数多の大学教授たちと連絡を取り合いながら、研究を続けていたのだ。
そして、そんな生活が十年以上続いた頃、彼は永遠の恋人として「スカーレット」という美しいロボットを創り出した。
社会人になっても独身で親元で暮らす人を俗にパラサイト・シングルという。Aはそうではなくなったのだ。少なくともA自身はそう信じた。
だが、Aはやはりマトモじゃなかった。もはや両親の存在など関係なかったのだ。バイオテクノロジーで食べ物を作り出し、生活に必要な物資は全てこの、自分の部屋の中だけで作ることができてしまった。Aは幼稚園児の頃から変わらないこの子供部屋を自分だけの楽園「パラサイト・パラダイス」に変えてしまったのだ。
だがそれは両親にとっては「地獄」だった。何よりも世間体がある。自分の家に変人、それどころか異常者がいる。それもただの異常者ではない。紙一重の天才だ。周囲の人間は心底気味悪がった。
さらに両親を苦しめたのは、そんな異常者を神と崇める学者たちの存在だ。彼らの顔は、目は、心は、Aのそれと同じように、何かに憑かれたようにパソコンや研究資料にのめり込んでいた。
耐えられなくなった両親は家を出た。これでAにとって自分の部屋だけでなく家全体が楽園となるはずだった。だがそんなこともどうでもよかったんだ。
その頃には、もうAは学問にも飽きていた。電話にももう出ないことにする。一切の連絡は遮断した。
スカーレット……僕の愛するスカーレット。
外観など気にする必要はない。「楽園」の壁には蔦が生い茂り、庭は雑草が伸び放題。いつしか野良犬や野良猫がたむろする無法地帯となっていった。
それをAは満足気に見下ろしていた。関係ない。自分にとってこの部屋だけが物心ついた頃から変わらない自分だけの楽園なんだ。
この物語は本来ならここで終わりにしたい。ここから先はあまりにも醜悪で語るだけでも吐き気がするのだ。
当然のことだが近隣住民から苦情が吹き荒んだ。なんとかしてくれ。できるならこの街から追い出してくれ、と。
だが、警察が押しかけても、どんなに喚こうが、ドアを何度叩こうが、Aは出てこなかった。
もう死んでいるんじゃないか?そんな声が囁かれた。
ついに強行突破が敢行された。だがそれは、やってはいけないことだった。
地獄だった。
夥しい数のロボット、それも寄生虫を思わせるグロテスクなそれらは一斉に警察隊に襲いかかった。
阿鼻叫喚、彼らにはその家の奥深くがどうなっているのか永遠にわからなかった。そこで全滅したからだ。
あえて、答えを言うなら、Aとスカーレットが愛し合っていた。ただ、それだけだ。
思い出に殺される
サナは怯えていた。
鬱の症状はだいぶ落ち着いてきている。転職活動も概ね上手くいって仕事にも慣れた。職場の人間とも和気藹々とやれてる。二十代も後半になってやっとできた初めての彼氏とも上手くいってる。
現実になんの不満もなく、未来にも特に不安はない。では、何に怯えている。
自分の異常さに気づいたのは大学生になってからだ。半年ぶりくらいに高校時代の友人から連絡がきてしばらくラインで盛り上がっていた。
自分としては普通にトークしてるつもりだった。何も変なことは言ってないと思ったし、相手の機嫌を損ねるようなことを言ったつもりもない。でも、それまでポンポンと続いていたやり取りが二十分ほど途切れた。やっと返ってきた言葉にサナはゾッとした。たぶん相手もゾッとしていたんだろう。
ーなんでそんな昔の細かいエピソードの枝葉末節まで覚えてるの?正直、不気味だよー
その友達とは中学校も一緒だった。だから中学一年の頃の出来事などもう七年近くは前のことなのだ。そんな遠い昔の出来事、会話、やり取りまでもを一字一句、記憶している自分に気づいてしまったのだ。
子供の頃に友達と喧嘩したこと。その時に言われたイヤな言葉。先生に怒られたこと。その時に言われた酷い言葉。その表情までもを鮮明に覚えている。
そのもはや常軌を逸したレベルの記憶力に気づいてしまってからサナの地獄が始まった。脳の中の忘却という機能がイカれてるのではないかと思った。
思い出すたびに沸き起こる怒り、悲しみ、不快感。逃れる術はない。目を閉じても耳を塞いでも自分自身の記憶からは逃れられない。
昨日は彼氏と喧嘩した。本来なら喧嘩とも言えないようなちょっとした不和だ。たぶん彼氏はもう忘れてる。でも、サナの記憶にもう一つ傷がついた。
こんなふうに毎日毎日、記憶が蓄積されていく。自分はこれまでの28年間の人生を全て覚えているのではないかとすら思えてくる。
このまま行ったら頭がおかしくなる。脳がキャパシティーを超えてしまう。馬鹿馬鹿しいかという気持ちは当然あったがサナは病院に行った。結果はけんもほろろだった。
もう眠るしかなかった。横になっている時だけは気持ちが安らぐ。蓄積されているのはなにも悪い思い出ばかりではない。なるべく楽しい思い出を思い出そうとする。
そうやって心地好い郷愁を感じながら深い眠りに落ちていく。
そして夢の中でもサナは苦しめられる。
「もうイヤ!」
サナは刃物を探した。よく聞く話だが自分ではやったことがなかった。いわゆる自傷行為。
痛い、という気持ちで頭の中をいっぱいにするしかない。精神が殺されてしまうよりはマシだ。
助けて……。
左手首を滴る血。サナはその痛みの予想以上の強さに動じながら、グチャグチャの思考の中で、それでもスマホに右手を伸ばす。
「お母さん……」
必死だった。支離滅裂なのは百も承知でサナは今の状況を実家の母に打ち明けた。
しかし、帰ってきたのはあまりにも意外で、サナを愕然とさせるものだった。
「間違い電話ではないですか?」
記憶が異常なのはサナだけではなかった。振り返ってみれば思い当たる節はいくつもあった。
「昨日もカレーだったよね?」
「この服は洗っちゃダメってちゃんと言っといたじゃん!」
「お母さん、その話もう5回はしてるよ」
「おじいちゃんが死んだ時はあんだけ泣いてたのに、まだ2ヶ月しか経ってないのによくそんな酷いこと言えるね!」
「ついさっきまであんだけ怒ってたのに、なにもうケロッとしてんの!」
「インターハイ出場おめでとうって……昨日も散々言ったじゃん……涙流して喜んでくれたじゃん……」
大学を出てからすぐに一人暮らしを始めて、思えば母とはもう何年もしっかり話したことがなかった。
母は私とは逆なの?喜びも悲しみも怒りもすぐに忘れてしまうの?
父が言うには、今の母は単純に認知症らしくて、あぁいつか赤信号は渡っちゃダメってことも忘れて死んでしまうかもしれないとサナは思った。
私もいつか思い出に殺される。
そうならないために、私は今日も眠るしかない。
最後のわがまま
お父さん、お母さん。今までありがとう。そして、さよなら。
本当は死にたくなんてないの。ただ、生きることが辛いだけ。
きっかけがなんだったかなんてわからない。でも、大切だと思ってた友達がいつからかよそよそしくなってた。
それから先はなんだかあっという間だった気がする。一人また一人と友達だと思ってた子たちが私から離れていったの。もう半年も学校に行ってないのに悲しんでいる人もいないでしょう。
私も人生っていうものは楽しいものだと思ってたの。子どもだったの。こんな気持ちになるなんて思わなかった。
覚えてる?小学生の頃、ミナちゃんがクラスでいじめられてて、私「負けちゃだめだよ」って言っちゃったこと今でも後悔してるの。あの子をさらに追い込むことになっちゃったって。だって私も今、あいつらに負けちゃったんだから。
私も名前は書かないから二人も犯人探しはしないで。復讐なんて馬鹿なことも考えないで。私は望んでないから。
書いてたらますます悲しくて涙が出てきたよ。書いてるうちに気持ちが少し変わって、いつの間にか夜が明けてて、やっぱりもう少しだけ生きてみようって思えるかもって思ったけど無理みたい。
今まで話したことなかったけど私、普通に専業主婦になるのが夢だったの。今時、珍しいかな。
お母さんになって可愛い子どもを育てながら大好きな人を精一杯支えるの。
うん、好きな人、いたよ。ごめんね、何も話してなくて。付き合ってた。きっとしばらくしたら二人に挨拶に来るよ。イヤな顔はしないでね。
彼、ちょっと不良っぽいところあるから。
ねぇ、覚えてる?最初のわがままは小学三年生の時。ごめんね。本当はもっと前にもあるよね。でも覚えてるのはそこからなの。
どうしてもバイオリンが欲しくて3ヶ月くらい駄々こねたよね。ミナちゃんがバイオリン弾いてるのが本当にカッコよくて私もどうしてもやってみたかった。それからお父さん、3ヶ月間お小遣いなしだったって聞いて私、申し訳ないけど笑っちゃった。
そのミナちゃんが交通事故で死んだ時、ご両親がどれだけ泣いてたか私は知ってるのに。ごめんね。
ミナちゃんはどんなにつらくても歯を食いしばって耐えてたよ。それでも、茫然自失、私けっこう難しい言葉知ってるでしょ?そう、もう子どもじゃないんだよ。うん、そういう状態でうっかり赤信号渡っちゃったんだよね。
二回目のわがままはそんなミナちゃんのお葬式に出なかったこと。認めたくなかったから。悲しみだけで終わりにしたかった。人を憎んだりしたくなかった。自分たちのせいであの子は死んだのに、葬式で何食わぬ顔したあいつらを見たらきっと私は憎しみに心を焼かれてしまう。そんなことあの子は望んでいない。
優しい子だったから。
三回目のわがままはすごく単純。私が手首を切ったこと。発見が早くてよかった。出血は酷かったけど結局、私はもうしばらく生きることになった。あの時、二人がどれだけ泣いたか、私は記憶の奥に閉じ込めてもう覚えてないんだよ。
あぁ、私の心はいつからこんなに空っぽなんだろう。
強くなりたかった。優しくなりたかった。
転んでも転んでも何度でも立ち上がれる人になりたかった。大切な人が傷ついた時、ただ側にいてあげられる人になりたかった。
いつだって人を笑顔にさせられる人になりたかった。みんなから愛されて自分もみんなを愛せる人になりたかった。
生まれ変わったらそういう人になるから。生まれ変わってもきっと二人の子どもになるから。そしたら今度は二人の夢を聞かせて。
悲しませてばかりだったから、どうか笑って。明るい話を聞かせて。
いつでも味方でいてくれてありがとう。それだけが支えだった。
ごめんね。謝ってばかりでごめんね。
親不孝な娘で本当にごめんね。だけど言わせて。最後にたった一つだけお願いごと。これが私からの最後のわがままです。
私が死んでも、どうか悲しまないで下さい。
諸刃蝶
どうしてそんなに諸刃蝶にこだわるのかって聞かれたら、こう答えるだろうよ。
生まれてきたからには何か一つだけでもいい。自分にしかできねぇことを成し遂げたいと思うだろってな。
建前?そうかもな。
ガキの頃はカブトムシとかカッコいい虫のほうが好きだったよ。男として当然だろ。まぁ、そんなハナタレ坊主だった頃の話なんてどうだっていいんだよ。
蝶が好きになったのは、ほれ、まぁよくあることさ。惚れた女の趣味に影響されたんだよ。まだ大学一年の頃さ。
初対面の時はいけ好かねえ女だと思ったよ。いきなりタメ口だったし、何より人を見下し切ったような目が気に入らなかった。
でもよ、俺のマブダチ、知ってるだろ? 三十年以上前にバイク事故で死んだ健吾さ。あいつがその女に惚れちまったらしくてよ。たしかに顔は美人だったからな。
健吾がそいつにアプローチしてるうちにその女のほうが俺に惚れちまったのさ。俺も隅に置けねぇだろ。悪くねえ気持ちだったぜ。まぁ、畑違いとはいえ同じ虫が好きな人間だからな。飲みながらじっくり話してみりゃ意外と馬が合ったのさ。
玲子、もう随分その名前では呼んでなかったな。ずっと婆さんだった。あいつは新種の蝶を見つけるのが一生の夢なんだって言ってたよ。勉強もダメ、運動もダメ、性格も男勝りだから美人のくせにモテねぇってのがダセェよな。でも蝶が好きな気持ちなら誰にも負けないわってまたダセェことを言う。
何?今のあんただってダセェ。たしかにそうだろうな。もう玲子が死んで五年も経つのに諦められねえんだもんな。
たしかに諸刃蝶を発見するのはあいつの夢で俺はそれを応援したかっただけさ。最初のうちはな。
本当に変わった蝶だぜ。確認されてるのは、これまたどっかのハナタレ坊主が撮った写真だけ。だがこのハナタレ坊主が曲者でな。羽が刃になってるんだって抜かしやがった。見てよ、ほっぺを切られちゃったとか言うからあながち嘘と決めつけられねぇけど、まぁ、自分で切るくらいカッター使って簡単だからな。
テレビゲームのやり過ぎだとか大人たちは言ったらしいぜ。でもな、この坊主、きっと大物になってるぜ。毎日毎日、もう一度見つけて今度こそ捕まえるんだって森に出かけてよ。結局、親父さんにいい加減にしろって殴られて諦めたらしいぜ。その親父さんも大物だよな。
不思議な話だよ。そんな学級新聞に載せるにも下らねえ話がたくさんの大人たちの心を捕えたんだからな。
カッコいいじゃねぇか。諸刃。相手を倒す武器にもなるが、自分もノーリスクじゃねえ。
人生と一緒じゃねえか。俺も玲子がいた頃は散々無茶をした。散々泣かせてきたよな。でも、そのおかげで得られた物は数え切れねぇ。失ったものよりも少しだけ多いくらいだけどな。
なぁ、裕美。お前はなんで俺なんかにいつまでも構うんだよ。諸刃ですらねぇぜ。得るものはねぇ。時間を無駄にするだけだ。
どうしてかって?愛してるからに決まってるじゃねぇか。玲子のことを今でも。天国に持っていくんだよ。最高の土産としてな。生きた諸刃蝶をよ。
ノーベル賞の賞状と一緒にな。何?新種の虫を捕まえたくらいじゃノーベル賞なんて取れねぇ。いいんだよ。
ノーベル努力賞だよ。今でもハナタレ坊主の俺にはそれくらいでちょうどいいじゃねぇか。