4話 九十九紬
「お姉ちゃん、いつまで落ち込んでるの?」
「うるさい、お前に言われるのだけは嫌なんだよ」
部長は机に顔を伏せながら呟く。
その時、「ガラガラ」と教室の引き戸が開いた。
「なんだ、みお。またしずくに何か言われたのか?」
「お前もうるさいぞ、このタイミングで来るんじゃないよ。お前もこのハリセンで叩いてやろうか?なあ、紬?」
教室に入ってきたのは美しい女性だった。目鼻立ちのきりっとした美しい顔に腰辺りまで長く伸びた青色の髪、モデルみたいな人だ。
「叩けるものなら叩いてみるといいさ。残念ながら、みおの力では私には一発も当てることは出来ないだろう」
「言ったな!くらえ!」
挑発された部長は歯を噛み締めて怒りの表情を作り、ハリセン右手に紬という女性に襲いかかる。
「危ない!」
「心配するな、少年」
僕の呼びかけに女性はそう答えると、襲いかかってきた部長を華麗に避ける。そしてハリセンを持った右手に手刀を打ち込み、部長からハリセンを奪った。
「さて、みお。今度は私の番だ。覚悟はいいかい?」
「紬!ちょっと待て!私が悪かったって!」
「私の辞書に慈悲という言葉はない」
「頼むか……って、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
部長の叫び声が教室中に響き渡る。
女性はうすら笑みを浮かべながら楽しそうにハリセンで部長をひたすら叩いた。
「……あの、部長は大丈夫なのでしょうか?」
「問題はないよ。ちゃんと加減はしたから」
そうは言ってるけど本当に大丈夫なのだろうか。そこの脇で床に這いつくばったまま起き上がらない部長を見る限り、とてもそうとは思えない。
「そうだ、しずく。紅茶を入れてはくれないか?」
「紅茶ですね!少々お待ちください!」
しずくちゃんは慣れた手つきでティーカップやお湯を準備し始めた。
「え?どうしてしずくちゃん、そんなに当たり前のようにこなしてるの?」
「ああー、私中三の時からちょくちょく来ててね。色々やってたからある程度はこの部のこと知ってるの。黙っててごめんね」
「そ、そうだったんだ……」
しずくちゃんが中三からここに来ていたのも驚きだが、部長が一年生でこの部を作ったことの方が驚きである。存外、部長って凄い人だったりするのか。
「いや、それはないよ」
「え?」
「みおは普通のお馬鹿な女の子だよ。特別凄い権力を持っていたりはしない」
「は、はあ……」
なんだ、この人。僕の考えが分かっていたのか。
もしかしてエスパーか。
「私はエスパーではない」
「え、あ、すいません……」
それならなんで考えていることが分かるんだ。
僕は怖くて冷や汗をかく。
「ところで君は誰なんだい?」
「ようやくですか……」
「みおが襲ってきたものだったからね。それどころじゃなかったのだよ」
確かにあの状況下ではそんなこと出来ないな。
「僕の名前は水無瀬唯人、一年です。よろしくお願いします」
「唯人くんか。私は二年の九十九紬だ。よろしく頼む」
こうして近くで話してみると、部長とは違ってとてもクールで大人な雰囲気が漂っている。とても二人が同い年とは思えない。
「紬さん、紅茶をどうぞ」
「ああ、しずく、ありがとう」
早速、紬さんはしずくちゃんがいれた紅茶を飲む。
「あ、あの、紬さんはこの部の部員なんですか?」
「そうだよ。でなければ、こんな遠くの教室まで来るわけあるまい」
「確かにそうですね……」
「ちなみに唯人くんはどうしてここにいるんだい?君は部員ではないだろう?」
「えっと、しずくちゃんに誘われてここに来ました。まあ、来たというか連行されたというか……」
僕の返答に紬さんが目をキリッとさせる。
「じゃあ、つまりは君がそういうことだね」
「そういうこと?どういうことですか?」
「君はさっき、みおに何か言われなかったかい?」
僕は脳みそをフル回転させて部長との会話の記憶を掘り出す。そして、一つ思い出した。
――――お前は今日からこの部に所属して、私達の遊び道具になるのだ!
「……言われました」
「だろ?しずくが連れてきたということは君は私達の玩具に選ばれたということだ。おめでとう」
「何も嬉しくないですよ!」
僕は両手で机を思いっ切り叩く。
「なんだ、同意の上で来たわけではなかったのか」
「当たり前ですよ!誰が玩具になりたくて来るんですか!」
「唯人くんみたいな子だろ?」
「僕は絶対に違いますから!」
「まあ、そうカリカリするな。私はみおのように君をいじめたりしない。心配するな」
紬さんはくすくすと笑いながら言う。先の部長への攻撃を見れば分かる、この人は絶対にドSだ。
二年生の九十九紬さんとの出会いは部長の時よりも更に僕に対して不安と恐怖心を与えた。
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