3 友情の会
この時出来た『ゲーバローゼンの会』のメンバーは、さすが国王陛下がチョイスしただけあって、優秀な人材ばかりだった。あの『婚約破棄シリーズ』の本に出てくるような、馬鹿な側近や高飛車なご令嬢もいなかった。
十五歳になって王立学院に入学すると、成績上位者が生徒会に入る為に、生徒会の一年生役員は、ルーツィ以外は全員『ゲーバローゼンの会』のメンバーだった。
しかも二年生の役員には幼馴染みでリーベの兄のダーフィットがいたし、生徒会長は姉のキャスリンだった。もちろん彼女は名誉職で実質その役目を担っていたのは、副会長のモンフォール公爵家のフランツだったが。
ともあれ、ハーバートとルーツィの仲を邪魔する者など誰もいなかった。生徒会の仲間及び『ゲーバローゼンの会』のメンバー達はみんな二人を暖かく見守っくれた。
例の誕生日パーティー以来、メンバーは友情を深めていったので、仲間同士では恋愛感情が生まれない雰囲気になっていたのである。
その上、ハーバートはまるで熟練の結婚相談員の如く、メンバーの色々な相談に乗り、彼等の趣味嗜好や彼等の出自、性格を踏まえて相手を紹介した。その手腕はたいしたもので、二年生に進級する頃には、メンバー達は既に全員婚約者持ちになっていた。
そしてメンバー以外には王太子に釣り合う家格の者がいなかったので、しつこくハーバートに迫ってくる者も、陰でルーツィを虐める者も出てこなかった。
みんな切れすぎる『ロンズデーライトの至宝の剣』に恐れをなしていたので、あえて彼に目をつけられるような真似はしなかったのだ。
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ハーバートが入学した年の生徒会長はキャスリン王女だったが、全くのお飾りで、実質生徒会をまとめ、上手く仕切っていたのは副会長のモンフォール公爵家のフランツだった。
昔はただの線の細い弱々しい美少年だったが、学院に入学した頃には立派な体躯になっていて、入学当初から全ての科目においてトップであった。
フランツは学院中の女生徒の人気をかっさらっていたが、特定の恋人も作らず、いつも生徒会活動というか、会長の世話、後始末に追われていた。
入学前からフランツを好きだったキャスリンは例の小説を参考に、しつこくはせず、かといって引きすぎず、甘えてみたり、嫉妬はしても悪役王女と呼ばれないよう、必死に、フランツの好みの大人しく奥ゆかしい女性を演じようとしていた。
しかし、傍で見ているのが辛くなるほど痛々しい演技だったので、生徒会室に姉弟が二人きりになった時、ハーバートはついに姉にこう言った。
「姉上、もうそろそろ下手な芝居するのは止めた方がいいですよ。弟として、哀れでこれ以上見ていられません」
「下手? 私、大人しい淑やかな女性に見えない?」
「全く見えません。第一、何故そんな馬鹿馬鹿しい事しているんですか?」
「だって、フランツ様は大人しい、淑やかな女性が好きなのよ。私がガサツな乱暴な女だと分かったら嫌われてしまうわ。そんなの嫌よ」
いつも光輝いている姉の顔が曇り、目に涙を溢れさせた。
「いや、そうは言っても、姉上が乱暴者だって事は、モンフォール先輩はとっくにご存知ですよ」
「えっ? どうして? 私、入学してからずっと大人しくしていたつもりなんだけれど・・・」
「だから、そんな事しても無駄だったんですよ。何故なら姉上のあの十歳の誕生日パーティーに、モンフォール先輩も参加していたんですから」
「えっ!」
キャスリンは大きく目を見開くと、そのまますうーっと机に倒れ込んだ。
「姉上!」
ハーバートが叫び声をあげると、勢いよく生徒会室のドアが開いてフランツ=モンフォールが飛び込んで来た。
「殿下、キャスリン殿下、しっかりして下さい。私はありのままの貴女が好きなんです。八年前からずっとずっと貴女が好きで、貴女に相応しい人間になるために、体を鍛え、勉強に励んできたのです。八年前の貴女のような優しくて強くて、勇気のある人間になりたくて・・・」
二人はずっと両思いだったのだ。そして相手に相応しい人間になろうと努力をしていた。しかし、お互いに自分は相手の好みではないのだと思い込み、打ち明けられずにいたのだ。ずっと側にいて助け合っていたのに。
ハーバートはそれを分かっていたので、ずっとこの機会を狙っていたのだ。
その後、二人は在学中に婚約し、卒業後にすぐに結婚した。本人が言っている通り子供が生まれてもラブラブである。
結局、例の本は必要なかったんじゃないの?と以前尋ねた時、ほどほどに拗ねたり、身を引く態度はとても可愛らしかったと、夫から言われたそうだ。勝手にしてくれ!
実際のところ、あの本は僕にも役にはたったのだろう。僕は無駄な政略争いや色恋事に巻き込まれる事なく、将来へ続く確かな人間関係も築けた。そして、最初で最後のモラトリアム(猶予)期間を心穏やかに過ごせたのだから。とハーバートは思った。
しかし、明日学院を卒業したら、もうそんな心休まる日は二度と訪れないのだ。それはハーバートが公務に専念するからではない。この二年、彼にずっと寄り添ってくれていた女性と離れなければならないからだ。
卒業したら、もう一緒にいていい理由がなくなる。大人になったら、ただの幼馴染みだけでは通用できないのだ。
ハーバートは甥っ子が泣き叫ぶ中、深い深いため息をついた。
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三年前、ルーツィとようやく付き合えるようになった時は、ハーバートは幸せで舞い上がった。傍目からはそうは見えなかっただろうが。
六年振りに合ったルーツィは想像していた以上に美しく、気高い淑女に成長していた。彼女は言った。
「王太子妃に相応しいと言って頂けるように努力してきました」
その言葉通り、彼女は勉強もダンスも行儀作法も社交術も既に完璧だった。そして以前とは違う完璧な笑みを絶えず顔に貼り付けていた。
ルーツィも生徒会に入ったのだが、最初のうち彼女は酷く戸惑った。それは『ゲーバローゼンの会』のメンバーでもある生徒会役員達が、最初から彼女に対してとても親切で友好的だったからだ。
彼女は陰湿な虐めや嫌がらせを受けるものだと覚悟してこの学院に入学してきた。それなのにそんな事は一切なかったのだ。生徒会だけてはなく、クラスメイトも先輩方もみんな王太子との交際を応援してくれる。
はっきり言って拍子抜けだった。彼女は入学するまで『婚約破棄シリーズ』を読みながら、自分がこの立場になったらどう対処しようかと、想像してワクワクしていたのである。
しかし現実はそんなハラハラ、ドキドキするイベントなど何も無かった。ただ穏やかなしっとりした時間が過ぎて行く。周りはほとんど婚約者持ちで、しかも漏れなく仲が良かった。普通貴族って政略結婚ではないの?
「元々は政略的な婚約でしたが、王太子殿下のアドバイスで何度も話をするうちに、心が通じ合いましたの」
皆はこう言った。素晴らしい。素晴らしい事だとは思うのだが、何か物足りないとルーツィは思った。そう。彼女もキャスリン王女と同じに見かけと性格がかなり落差があったのだ。
厳しい自然の北の領土では、穏やかな平穏な生活など望めない。事態は絶えず刻々と変化していくのだから。
刺激が足りない。退屈。それでも二年の進級前にルーツィは少しだけ期待をしたのだ。新入生として次期生徒会長ダーフィットの妹が入学して来ると聞いたので。
ゾーネンラント王国の宰相ミッテヘルツ候爵の娘であるリーベ嬢。本来なら王太子妃に一番近い立場の人物だ。それなのに候補にすら名前がのぼらない。ずっと不思議だったが、王都に来て、彼女の色々な噂を耳にして納得した。
変わり者の才女。毛糸の帽子に瓶底眼鏡をかけ、いつも本を抱えているという。彼女に会いたければ王立図書館か、薬草園に行けば見つかるだろう。彼女の通称は『王城のプチ魔女』
王太子と候爵令嬢は幼馴染みで非常に仲が良いというが、それはまるで研究者と助手のような関係らしい。
しかしいくら変わり者とは言え女の子だ。幼馴染みの王太子に自分の知らない女がベタベタしていたら気分が悪いだろうし、嫉妬するだろう。ルーツィはワクワクした。ところが・・・
新入生代表として壇上に上がったリーベを見て、ルーツィは唖然とした後、酷く腹が立った。
あれが候爵令嬢? 自分はいずれ王太子妃の婚約者になるのだからと、この六年間厳しい淑女教育をしてきたのにまだ一度も登城した事がない。それなのに、あんなのが堂々と自由に城に出入りしているなんて!
あんなの令嬢なんかじゃない。不細工なぬいぐるみ、いえ、珍獣よ!
しかし、リーベが王宮で求められていたものは、淑女としての振る舞いではなかったのだ。頭が良すぎて、何事にもいちいち難しい解釈を垂れるハーバートの相手が出来るのがリーベくらいだったからである。
それに、彼女が淑女らしい装いをしていなかったのは、候爵家の躾がなってなかった訳でも、彼女自身がズボラだった訳でもなかった。彼女の身を守る為の防衛手段だったのだ。しかし、それを他人に教えてしまえは、秘密がばれて危険にさらされてしまう。
故に人からどう思われようと、何を言われようと、リーベも家族も王宮の人間も、聞き流すしかなかった。
新入生歓迎パーティーの時、ハーバートは当たり前のようにリーベをエスコートして会場に入場しようと彼女に近づいた。
王城でのパーティーでは昔から兄のダーフィットかハーバートがエスコートしていたからだ。近頃ダーフィットは婚約者のドルトムント子爵のご息女であるロッテンマリアをエスコートしていたので、自然に自分が、と思ったのだ。よく考えればロッテンマリア嬢は姉キャスリンの親友で、彼よりも一つ年上なので、先日卒業していたのであるが。
「ハーバート殿下。お探ししましたわ」
後ろから声をかけられたハーバートは、ルーツィの姿を見てハッとした。彼女の事をすっかり忘れていたのだ。あれ?
「こちらはどなたですの? 紹介して頂いてもよろしいかしら」
「ああ。ルーツィ、こちらはミッテヘルツ候爵の令嬢リーベ嬢。僕の幼馴染みだ。
リーベ、こちらはフィーアシュタイン辺境伯の令嬢ルーツィ嬢。僕の同級生で同じ生徒会メンバーだ」
ハーバートの紹介に二人の令嬢は「はぁ?」という顔をした。しかし、そう言えば婚約者でも何でもないのだから、どう紹介すればいいのか微妙だ。平民なら軽く恋人ですと紹介できるのだろうが。二人は微妙な顔で挨拶をした。
ハーバートがリーベの顔を見ると、だから、さっさと婚約すればいいのに・・・と呆れたような目をしていた。しかし、何故かハーバートはリーベにルーツィを恋人だと紹介したくないと一瞬思ってしまったのだ。
結局その後、ダーフィットが現れてリーベをエスコートし、ハーバートはルーツィをエスコートしたのだった。
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