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2 誕生日パーティー

 八年前、ハーバートは執事や侍従や女官長からもパーティーの心構えを習ってはいたが、それでもやはり不安な気持ちはあった。

 姉とは違い自分は王太子としていずれこの国の王となる身だ。間違いなく近い将来、側近として関係を持つであろう子息達とのファーストコンタクトなのだ。失敗は許されない。

 

 それに、もっと大事なのは令嬢への対応だ。ハーバートはこの国の唯一の王子で、勿論王太子である。故に娘を王太子妃にしたい高位貴族はわんさかいる。この王太子妃選びを失敗すると国を揺るがす一大事になりかねない。

 まあ、実際は両陛下と国の上層部が俯瞰して「選定」?「選考」?「選抜」?「選出」?「選任」?するのであろうが。まあどの言葉づかいが適切なのか、国語リテラシーが高い彼でもわからなかったが。

 

 とは言え、ハーバートには実は好きな令嬢がいたのだ。北の辺境伯令嬢のルーツィ=フィーアシュタイン嬢だ。

 昨年父王と共に北の辺境の視察に訪れた時に、辺境伯の屋敷での晩餐会で彼女と出会った。

 

 ルーツィはハーバートの母親である王妃や姉と同じ青い瞳にプラチナブロンドの髪だった。そしてその髪が緩くウェーブして腰の辺りまで伸びていて、まるで体全体が輝いているようだった。

 ハーバートは父親似で、黒いストレートヘアに濃い青い瞳をしていた。まるで芸術品か、狂いのない精巧な逸品物の人形のように美しい顔立ちをしていたが、あまりにも整い過ぎて、人に酷く冷たい印象を与えた。

 

 自分が陰で『ロンズデーライトの至宝の剣』と呼ばれていると知ったのは、彼が王立学院の二年に上がった頃だった。

 このロンズデーライトとは、別名が六方晶(ろっぽうしょう)ダイヤモンドといい、ダイヤモンドより硬い言われている黒っぽい、暗い色をした鉱石だ。言い得て妙だと一人感心してしまった。

 まあ、子供の頃に面と向かってそう言われたら、そこそこ傷付いていたとは思うが。そう、幼い頃はハーバートは自分の陰気な容姿があまり好きではなかった。何故姉のように明るい、愛嬌のある容姿ではないのだろうと、姉にコンプレックスを持っていた。そう、人間とは自分に無いものを相手に求めるのだろう。

 

 ルーツィは光輝くような明るい少女ではあったが、性格は姉のキャスリン王女のような天然ではなく、頭が良くて理性的な少女だった。

 そしてただお淑やかという訳ではなく、牧草地帯の令嬢という事で、乗馬もこなし、その見事な手綱裁きが格好がよすぎて、思わずうっとりと見惚れてしまった。

 そう。北の辺境伯に滞在した三日間で、ハーバートはルーツィに恋をしたのだ。初恋だった。

 

 王都に戻ると、ハーバートはすぐに世話になった礼状を(したた)めて、ちょっとしたプレゼントと共にルーツィに贈った。すると返事はすぐに返ってきた。こうしてハーバートとルーツィは王立学院に入学するまで手紙のやり取りを続けた。

 

 ハーバートは両親にルーツィの事を話した。確かに辺境伯という地位は王家と縁を結ぶには微妙だ。本来ならば公爵か候爵の家の方が望ましいのだろう。

 しかし、北の隣国であるロシュロー帝国との防衛を担うフィーアシュタイン家は、我がゾーネンラント王国にとっても重要な存在である。

 しかも、ルーツィは王妃によく似ている。きっと文句はないだろうとハーバートは思った。

 両親は政略結婚ではあったが、とにかく仲がよく、いつもベタベタとくっついている。妻と離れたくないと、泊まりがけの遠出を嫌がるほどである。もちろん、側室も愛妾も持っていない。

 以前、子供が出来なかったらどうするつもりだったのかと尋ねたら、弟が二人いるから、どちらかに譲っていたと、国王としてとんでもない無責任な事を言っていたっけ。

 多分両親はルーツィを認めてくれる。いや、喜んでくれる。と、ハーバートは確信していた。

 しかし、両親の反応は微妙だった。反対はしなかったが積極的に賛成してくれた訳でもない。ただ分かった、と言っただけである。

 

「婚約者は王立学院在学中に決めれば良い。何も焦って早く決める事もない。だから、お前の縁談話は持ち込ませないから安心しなさい。そしてお前がどうしても結婚したい相手がいるのなら、自分で根回しをするなりして、周りを納得させるよう自分で立ち回りなさい」

 

 父王のこの言葉を聞いたハーバートは、自分は王太子との力量を試されているのだと、幼いながらに感じとった。

 

 ハーバートはフィーアシュタイン辺境伯に手紙を送った。ルーツィを愛しているので、他の誰かと婚約などさせないでほしいと。

 そう。これが一番大事だ。貴族は子供が幼いうちに婚約させる場合が多いのだ。そうなると、いくら結婚したくても婚約者がいたら出来ない。無理矢理婚約破棄などさせたら、国中大騒ぎだ。

 ハーバートは早い婚約がいかにデメリットがあるかを事例とともに、淡々と手紙に記した。

 

 そしてルーツィには愛の告白をし、王立学院で共に学べる日が来るまで、互いに研鑽しよう。と書いた。ルーツィはハーバートの側にいて恥ずかしくない淑女になれるように励みます、と返事を返してくれた。彼は天にも昇るような高揚感でいてもたってもいられなくなった。

 

 しかし、十歳の誕生日パーティーが近づくにつれて、さすがのハーバートも不安が大きくなってきた。準備万端の筈だが、やはりご令嬢達とのやり取りには不安を覚えていた。

 同世代の女の子なんて、姉とルーツィと、それともう一人、幼馴染みのミッテヘルツ候爵のところのリーベ嬢くらいしか知らない。しかも、姉はあの通りの女ながらに天然脳筋、リーベ嬢はハーバートと双璧をなす才女で、本好き薬草好きの変わり者だった。

 

 サンプルが足りなさ過ぎて参考にもならない。だから、いつものように文句を言いながらも、姉が持ってきてくれた少女向け小説のプレゼントに、彼は内心喜んでいた。これで少しは女心がわかるかもと。

 まさか神童ハーバート王太子ともあろう者が、『婚約破棄シリーズ』のような本を外注出来ないではないか!

 

 ハーバートは一時間もかからずに二十冊もあった本を読み終えた。何故こんなにも一冊の本の文字数が少ないのだろうか? 何故こうも改行してページに隙間を作るのだ? 目の悪い年配者への配慮か?

 

 しかも、何故男達はこうも婚約破棄破棄したがるんだ? もしするにしても、もう少し順序立てて計画をし、下調べをし、根回しをし、なるべく被害を少なくなるように配慮すべきだろうに。いくら政略結婚で愛情がないとはいえ婚約者に酷すぎるだろ。

 

 それに男の周りにいる友人達も馬鹿過ぎる。何故みんなしてピンク頭の礼儀知らずのお涙頂戴詐欺に引っかかるのだ! 誰か一人くらいは正常な判断をしろよ!

 

 そして一番怖かったのは女の子同士の虐め。色んな虐めのパターンがあって驚いた。みんなこんなドロドロした怖い事考えながら微笑み合っているのかと考えると、ハーバートはブルッと震えた。

 

 ルーツィが自分のせいで他の女の子達から虐めに合ったらどうしよう。自分はちゃんとルーツィを守れるだろうか? 

 いや、お互いに出来る事を頑張ろうと約束したのだから、今のうちから出来るだけ布石を打っておけばきっと大丈夫! 

 ハーバートは十歳の誕生日の二日前から、将来、ルーツィとちゃんと婚約出来るよう、他の令嬢と婚約破棄などせずに済むように計画を練り始めたのだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ハーバート王太子殿下の十歳の誕生日パーティーが開かれる日、ミッテヘルツ候爵家のリーベは、二つ年上の兄ダーフィットと共に開催時間よりと大分前に登城した。二人はキャスリン王女とハーバート王太子の幼馴染みだった。

 

 彼らの父親ミッテヘルツ候爵はゾーネンラント王国の宰相であり、国王の親友であった。たまたま子供達の年齢も近かったので、触れ合わせるのに丁度良かったのだ。

 

 もちろん、宰相が自分達の子供との縁組みを画策しているのではないかと邪推する者達も多かったが、そのうちそんな声も次第に消えていった。何せキャスリン王女はモンフォール公爵家のフランツに夢中なのは半ば公然の秘密だったし、ハーバートとリーベでは全く釣り合わなかったからである。

 

 ハーバートはまるで芸術品のような整ったクールな美少年なのに対し、リーベは淡い茶色のふわふわの纏まらない髪と、同じく薄茶色の瞳をしているらしいのだが、分厚い度のきつい眼鏡をかけ、いつも長めに前髪を垂らしていたために、瞳の色がよく見えなかった。

 二人はどう見てもアンバランスだった。だが、どちらも秀才で本好きだったので、とても仲が良かった。

 

 兄ダーフィットが侍従長に呼ばれていなくなってしまったので、リーベはパーティーの開始時間まで薔薇園にいようと中庭へ向かった。そして座り込んで新種の薔薇をじっと観察していた時、誰かの話声が聞こえてきた。聞き耳をたてるつもりはなかったのだが、その場を離れる事も出来ず、じっと息を殺して身を丸めた。

 

「初めてお目にかかります。私はハーバート=ゾーネンラント。この国の王太子です。バッハン伯爵令嬢アンネ様」 

 

「もちろん存じておりますわ。今日はお誕生日おめでとうございます。殿下にとって記念すべき日のパーティーに招待して頂きましてありがとうございます。大変光栄に存じます」

 

「これから長いお付き合いとなると思いますので、何卒よろしくお願いします」

 

「長く? はい! もちろんです、これからもよろしくお願いします」

 

 アンネ嬢は顔を赤らめた。

 

「せっかく父王が私の永遠の友人の一人として貴女を選んでくださったのですから、貴女や他の方達ともその絆を確固たるものにできたらいいなと考えています。そこで、友情の会を作りたいと思っています。名前は『ゲーバローゼンの会』というのはどうでしょうか?」

 

「黄色い薔薇の会ですか?」

 

「はい。黄色い薔薇の花言葉は友情なんです。丁度数日前にこの薔薇園で新種の黄色い薔薇が咲いたんですよ」

 

「まあ、素敵ですね。私達の会の名前にピッタリですわね」

 

 アンネ嬢は少し複雑そうに微笑んだ。

 

「そうでしょう」

 

 ハーバートがアンネ嬢に新種の黄色い薔薇を見せようと振り向くと、そこに蹲っていたリーベと目が合った。

 

『君もこの会のメンバーになるんだよ。そして誰も僕を抜け駆け出来ないように監視するんだよ。分かっているね?』

 

『ラジャー!』

 

 ハーバートとリーベはツーカーの仲だ。目と目で会話が成立した。

 ハーバートは今蜂が飛んでいて危険だからと言って、アンネ嬢をエスコートしながらパーティー会場へと向きを変えて歩き出したのだった。

 

読んで下さってありがとうございます。

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