第一章 女子アナ
第一章
女子アナ
1)
「おつかれさまでした」番組終了と同時に声をかけ、今日の後始末などを行う。結構きつい時間だったが毎日のことなので気にしない。
オレは入社し、いわゆる地獄の研修が終わって配属になったのは報道局の方だった。バラエティにならなくてよかったともいえるが報道も厳しい。すべて生放送というのがバラエティとの違いで一分一秒ミスができない。報道とはいえ一日中ってわけではなくローカル局はローカル枠の時に生放送する。つまり全国ネット中ある時間だけローカルに移る。天気予報もそうだが、午前中は六時から始まる全国ネットのうち6時50分ごろの10分間。11時のニュースの時間の15分間がある。午後は夕方5時から7時までの枠があり、これは自社で自由に制作出来る時間で、一部の時間は全国ニュースの時間となっているがそれも15分ないし20分間だ。特集とかいろいろなコーナーを流す。夜は20時57分ごろ(特番によっては時間がずれる)のフラッシュタイプのニュース。23時ごろの全国ネットニュースの内の5分ないし10分の枠がある。空いた時間は夕方ニュース用の取材に同行し、泊まり込みもある。泊まり込む理由は世界各地の特別ニュースに対応するためだ。とくに天気の変化による泊まり込みはある意味戦場だ。
今日はこれで終わりではなかった。実は台風が近づいているためだ。よく台風の日に現場で中継しているシーンがあるが、これから和歌山県の潮岬まで行って台風の中継を命じられている。和歌山県の潮岬は関西のTV局では定番で、台風中継でよく映るところだ。関東では千葉の館山や銚子が映るがこれも前乗りと言って前日入りして中継を繋いでいるのだ。
まぁ無論中継するのはオレではないが…。アシスタントディレクター(AD)であるオレは運転とその他諸々だ。オレと技術スタッフ、そして女性のアナウンサーがこれから乗り込んでくるようだ。
「積み込み終わりました」オレはチーフに報告する。
「よし!行って来い。いいヤツ他より撮ってくんだぞ」と言われ足早に向かう、台風が明日には間違いなく近畿に上陸するらしい。
「すみません、お待たせしました」担当の女子アナが最後に乗り込んできて出発する。阪神高速から近畿道、阪和道、湯浅御坊道路を経由して潮岬へ向かう。
「それじゃ打ち合わせしますか」と、打ち合わせが始まった。
「最新の情報は?」
「現在の位置は…」出発前の資料をもとに説明が始まった。今のところこのままだと和歌山県内から上陸する可能性は非常に高い。
今回の担当のアナウンサーは森尾えりこ。オレより2~3つ上で同じ奈良県生まれ、幼稚園から大学まで帝塚山学園という経歴で、某社内の人曰く美人女子アナの一人だという。でもそんなに有名ではない。それは何故か…。
さて雑誌に載っている美人女子アナランキングを見ているとあることに気がつくと思う。そう、関東圏のテレビ局アナしかいないのだ。雑誌の出版社全て東京だからという訳ではないと思うのだが。あまりにも偏っている気がしてならない。地方局にも超美人アナは沢山いる。オレの局には可愛い女子アナがこの森尾以外にも居るのだが、これは全国ネットの強みとも言えるのだろうか。個人的には不作育な女子アナが多いのにようテレビ出てランキングに顔を出しているなと思う。地方局のアナも考えてやれよと思う。これでは東京に人材を流出させているようなものだと思う。個人的に。
さて、うんちくはここまでにして、車は和歌山県内に入ってゆく。台風の動きは本局からタブレットで配信されてくるので位置は分かるが見た目よりスピードが上昇しているような気がする。電話が鳴った。
「もしもしなにわ5号車です。現在和歌山県…」スタッフが取って話している。
「はいちょっと待ってください」スタッフが顔を上げた。
「どうかしましたか?」運転しているオレは聞いた。
「キー局が23時でこちらにキューを回すって伝えてきています。あとどれくらいで行けます?」
「飛ばすって言ってもこの叩きつける雨じゃそれほど飛ばせないからな。トップはかなりきついかも?」トップとは現場に一番乗りすることだが、大阪ではすでに不利だ。和歌山をベースにする局が一番を取るに決まっている。
「どこまでなら可能?」
「田辺で23時のキュー入れて、それから突っ走って明日の5時に先端でキュー入れれば上々でしょう」車は湯浅御坊道路に入っているが規制は80から50に切り替わっている。相当やばいとみているようだ。
「それで伝えて、田辺か白浜の漁港で行きましょう」森尾は短く言ってから最新の気象図を見ている。
「森尾先輩、仮眠した方がよくないですか?」オレは一応気を使って言ってみた。今日はこれから寝る暇すらあるとは思えないからだ、それなら今のうちに一時間でもと思った。
「大丈夫、急ぎましょう。気を遣わなくていいわ」と、あっさり断られた。車は何とか田辺の市内まで辿りついた。もうあと20分で23時だ。
とりあえずは小さな漁港まで着き、例の格好をした森尾(雨合羽にマイクとヘルメット)と一緒にオレもその格好で防波堤の近くまで進みだしたが、雨風がひどく激しく魚市場の周辺で立っているのがやっとだ。
「23時のニュースです。台風XY号は現在四国沖に有って毎時QWkmの速さでFGへと向かっています。気圧は9CGヘクトパスカル、中心付近の最大風速はBZメートル、半径300km圏内の強風域は風速AGメートルと推測されており、今日深夜ないし明日の明け方には紀伊半島に最も接近或いは上陸するものと思われます。では中継をつないでみましょう。現場の高知らんらんテレビの今井さん・・・」23時になりニュースが始まった、連絡によれば高知らんらんの後に回ってくる。
「キューはいります。5秒前、4,3,2,1」
「今、私は和歌山県紀伊田辺市の○○漁港に来ています。大変雨風がひどく激しくなってきております。和歌山県の潮岬では最大瞬間風速XX.Xメートルを観測しました。台風は明日の明け方には紀伊半島に最も接近或いは上陸する見込みで、近畿圏内の通勤通学客に大きな影響が出るのは避けられないかと思われます。また、その時間は満潮の時間と重なる見込みのため高潮には十分警戒してください。以上現場から森尾がお送りしました」中継が終わりずぶ濡れの状態で何とか車に戻った。
「内容は十分ばっちりです」スタッフが言う。
「どうなの、もう一回回ってきそう?」森尾は23時のがもう一回繋いでくるか気になっているのだろう。
「本局は何も言ってきてはいないですが、無いとは言えませんね」スタッフはそう言いつつも確認の電話はする。
「待機しておけとのことです。有無関係なくそのあと飛ばして明日朝方には着いとけと」
「了解」
待機はしたが結局最後まで回ってくることは無かった。その後、海外から大きいニュースが飛び込んできたようでそれに時間を割いてその分回す時間が無くなった様だ。終了後南下すべく走らせたが一時間ほど走っただろうか、警察官がたくさんいる。オレは気になって言ってみた。
「どうかしましたか?」
「雨量規制で通行止めです」警察官は止める仕草をしつつそう言った。
「今日中に潮岬まで行きたいですけど?」
「無理です。一部の隊員の話だとがけ崩れしているところがあるようです」
「その現場撮らせてもらえませんか?」スタッフがTV取材である証を見せた。警察官もちょっと困っているようだ。
「上と相談しないと…。現場の勝手な判断でするなって言われているのですよ」
「取材で現場撮って、こちらに戻りますから」
「ちょっと待ってくださいね」無線で確認を取っているようだ。行けそうな予感がオレにはする、そこで。
「V回す準備は?」
「いつでも準備完了」スタッフは分かっている感じで言った。そして。
「私らが先導しますから付いてきてください。但し危険と判断したらそこで中止してください」そう言って、パトカーが一台前に来てハザードをつけ出発の合図をする。カメラはパトカーを映しながら周辺も映す。大体時速40キロ前後で進み20分ほど走ってハザードを出し始め停止した。
「ここが現場です」オレを含め全員降りて現場に向かう。
「ここは位置的にはどのあたりに?」
「和歌山県XX郡XX町XXですね」そう警察官は言った。土砂が崩れて道路を埋め向こうに行くことすらできない。付近に民家が見当たらないのが不幸中の幸いか。
「とりあえずV回してこれを本局に回しましょう」森尾はそう言ってマイクの調子をセットする。
「森尾です。今私は土砂崩れの現場に来ています。ここは和歌山県○○郡○○町になります。国道○○号線です。土砂は幅○○メートル、高さ○○メートルになるでしょうか、道路を塞いでおります。怪我人等は確認されておりませんが、現在台風が接近中のため人為的な二次災害を防止する観点から、復旧の目処は立っておりません。現在国道は土砂崩れと雨量規制によりこの付近は通行止めになっております。」
この放送を本局に送りつつ先ほどの規制開始地点へと戻る。電話が入る。
「はい、そういう状況なのでこれ以上の南下は無理です・・・」
「わかりました、待機して明日送れるところを探してそこから出します」
「どうだった?」
「暗いから明るくなったらもう一回現場行け、そしてどっかの港から朝はそこから放送しろって」
「仕方ないよな、あぶないから途中に有ったスタンドで油入れてどこかで待機しません?」オレは油量計が半分過ぎているのを見て言った。
「確か24時間のスタンドあったな。そこ言ってコンビニ行ってメシ買って、4時か5時ぐらいまで寝ておこうぜ」と、スタッフは行ってスタンドへの道を戻り始めた。
2)
『うまくいくのかしら』私はそう思った。19時30分ごろになにわテレビを出て南下して来たが、土砂崩れで先に進めなくなってしまった。私を入れてスタッフはガソリンスタンドで給油をした後、コンビニエンスストアで明日以降も大丈夫なように食料を買い込み、車で15分ほど移動して小さな漁港の前にいったん止めて交代で仮眠を取り始めていた。
私は今年で3年目になり、以前より変な取材は減ってきたけれどやっと念願の報道の方に変わった。でも女性のアナウンサーはある意味使い勝手があるからか、ちょくちょくバラエティの方に呼ばれて突撃リポーターとかをやらされていたりする。その分自信や度胸はほかの人に比べれば上だと思っている。
私の隣で寝ている男は今年入社のADらしい。関西出身なのに関西弁は一切ダメで、それなのに同志社出身という変わった男だ。ボケっとしているようで気はよく利く、ただ私はこの男をどこかで見たことがあるような気がする。
今回の取材はいきなりだった。台風中継は何度かあるが、行ったのは関西空港とテレビ局前、なんば駅周辺、心斎橋か梅田ぐらいだ。楽と言えばそうだが、普通すぎて面白みに欠ける気がする。報道はやはりこういう危機的状況をリアルタイムに伝えることが醍醐味であると思っていたので嬉しかったが、上からの指図は「お前は何か物足りない、今回の取材でうまくいかなかったら報道としては必要ない。その辺よく考えて取材してこい」と、言われた。その辺っていったい何なのだろう?普通に伝えることだけじゃダメなのか、リアクションを入れたほうがいいのか。そうしてしまうと台風を面白く報道してないか?考えれば考えるほどループにはまっている気がしてきた。
「ふぁーっ」と、隣の男が仮眠終わったのか起きてきた。先ほどのヤツだ。
「あれ、先輩はずっと起きていらっしゃっていたのですか?」そう私は一睡もしていなかった。
「色々と考えていたのよ」
「そうですか、すみませんお先に休ませてもらっていました」ぺこりとした後窓を覗く。
「雨風まだ強いですね。先輩何か考え事していません?」何でわかるのだろうか。
「いや、何か私に何か物足りない。その辺考えて取材して来いってチーフが」
「あのはげチーフが?」起きてきたスタッフが言った。あのはげチーフとは、カツラ疑惑で有名なうちの報道のチーフだ。
「はげチーフなんて言ったらだめじゃない」
「あのはげチーフ八方美人アナに肩入れしているから、森尾さんに上がって来られたら困るんじゃないですか?この取材で完全にこきおろしてバラエティに返すつもりでしょ」
八方美人アナとは、神戸の女子大から入社した私より一期上で。芦屋育ちのお嬢さんがそのままアナウンサーになった子だ。父親は某有名商社の重役クラスというらしいが、性格は超キツメめで、ブランド物しか着ないし、食べるものも高級志向。噂では西宮の球団の某選手を狙っていると有名だ。スタッフからの人気は高く「ミスなにわテレビ」の女王とされている。
「そんなの気にしてないけど」
「別に普通に伝えたらいいと思うけどな」
「普通がダメなら、切り口を変えたらいいのじゃありませんか?」
「切り口を変える?」和泉の提案に聞いてみた。
「例えば胡瓜ってまっすぐ切ったらと、斜めに切るとじゃ断然違いますでしょう。そんな考えでやればいいんじゃないかねと」
「胡瓜が例えかよ」みんなが笑っている、私はちょっと窓の外を見てみる。
「あそこって、なんかの線路?」私はとある方向を指して言う。
「JR紀勢線です。大阪から新宮まで行く『くろしお』が走る路線」
「何かいっぱい人がいるよ」黄色い服を着た人が多い。
「始発動かせるかどうか点検しているんじゃねえか」私は何か思い当たることがあってピンときた。
「カメラとマイク用意して」
「えっ」
「ただの点検じゃないわよ、多分」私は合羽とヘルメットを持って降りしきる雨の中を出た。スタッフも付いてくる。そのまま線路際まで行った。
「危ないから来ちゃだめだ」担当の人が制止してきた。
「なにわTVの者ですが。いまは何を?」取材であることを証明する物を提示した。向こうからすればなぜここにいるのってわけだが。
「運転できるか線路の確認をしています」
「実は台風取材でして、一緒に同行させていただいてよろしいでしょうか?」
「うーん」まあこんなこと聞いてくる人いないからなのか。
「わかりました、但し勝手な行動はしないでください。危ないと判断したら中止して帰ってもらいますからね」
「はい、わかりました」と言って、一緒に付いてゆく。私の予感が外れなければ何かあるはず。
係員たちは線路の状況や状態を見ながら進んでいく。本当は歩いて点検することは無いみたいだが、JR紀勢線は山を縫うように走り、海沿いをぎりぎりで通過していくので、危険区間が各箇所に有りその区間は歩いて点検しているのだという。
「あの先何か変です」和泉君が指差した。私も見ては見たがよくわからない。
「何がどうなっているの?」
「崩れています」和泉君は言った。既に係員がその場所に来ている。私も近づく。
「ほんとだ」確かに線路のバラストが雨で流されたかのように無くなって宙に浮いている。
「撮っている?」私はスタッフに確認を取る。
「OKです。先輩5時から特番流すそうでこちらにV回ってくるそうですが?」時計を見ると残り10分で5時になる。JRの人は無線を飛ばしているようだ。おそらく取りやめにはなるだろうが復旧はいつになるか分からない。
「ここからキューを入れて、位置の情報は?」
「紀伊半島沖XXkm、位置的にはこの辺に上陸してきます。キュー時間中に上陸でしょう」
「了解、現場事前連絡なしで行くからよろしくお願い」通常はどこから中継するか先に連絡してから回してもらうのだが、今回はそれを使わない。向こうも現場の○○さんしか声かけられない。私はこれに賭けてみることにした。
「現在の状況はこんな感じです」スタッフが大急ぎでやってきてその他の伝える紙を持ってきた。私はさっと見ただけだ、大雨でしかも暴風の真最中に読みながら中継なんか無理なので、ある重要な部分だけ記憶しておくだけで十分だ。後はアドリブで行くしかない。
「番組始まりました。もう少しで回ります」声がかかった、これからが勝負だ。少し雨のせいで体がボーっとするのを抑えてマイクのスイッチを入れた。
3)
「5時です。本日は台風XX号関連の内容を中心にお送りいたします。本日予定しておりました内容と若干変更してお送りいたします。まず現在の状況を気象予報士の植田さんにお願いします」
「はい、台風XX号は4時現在の位置は紀伊半島の沖XXkmの海上にあり、毎時XXkmの速さでXXへ向かっています。これは4時現在の状況ですので、もう間もなく5時の位置が発表される見込みですが、既に上陸している可能性があります…」5時の特番が始まった。もうすぐこちらに回ってくるが事前にここから中継するとは伝えていないのでどういった反響が来るか予想付かない。まさかJRの線路から中継するなんて思っていないだろう。今回の特番はすべてウチからではなく、皆が本社と称するテレビ関東から流れる。中継中に昨日撮った土砂崩れの映像も流すことで決まっている。(なにわテレビは本局と呼んでいる)
「では、上陸が近い和歌山県内にも中継が出ているようです。NWTなにわテレビの森尾アナお願いします」
「はい森尾です。現在私は和歌山県のJR紀勢線○○~○○間に来ています。台風は和歌山県内に最も接近しているものと思われます。JR紀勢線はこの先の区間で線路の土砂が流されています。この影響でJR紀勢線は一部の区間で始発から運休しています。復旧ですが現在台風が和歌山県内に接近している関係上二次災害防止のため、復旧のめどが立っておりません。県内の国道も土砂崩れで寸断されています。こちらも復旧のめどは立っておりません。こちらから警察、各市町村への取材によりますと、○○郡○○町では72歳の男性が昨夜に田んぼの様子を見に行くと言って家を出たまま行方が分からないようです。また海上では大しけの状態になっており、満潮時間と重なる影響で高潮の恐れがあります。台風が近づいております。気を付けてください。現場から森尾がお伝えしました」
「森尾アナありがとうございました。引き続き取材をお願いします」
「では、5時現在の台風の最新情報が分かりました。植田さんお願いします」
「はい、5時現在の位置ですが上陸した模様です。場所は和歌山県紀伊田辺市付近で北東方向に時速XXkmで…」ニュースは続いている。
「上陸したようね」森尾は中継が終わっても何ともないように言った。
「もう一回回ってきますよね、どうします?」オレは聞いてみた。
「さっきの土砂崩れの現場も一回行けるかしら?」
「聞かなきゃ分かんないですよね」中継車に戻って連絡してみる。
「わかりました」スタッフが電話してくれたようだ。
「向こうが先導してくれて案内してくれるようです。今から向かいましょう」ちょうどパトカーが来た、どうも深夜先導してくれたパトカーと同じような気もする。
「状況が変化しているかもしれませんから、深夜と同じようには行かないかもしれませんよ」パトカーから顔を出して言った。
「かまいませんよ」と、車は深夜行った道を走る。途中通行止めの所を通過し、現場へ向かう。移動中あと5分ほどでVが回ってくるようだ。何とかぎりぎりで着き、崩れているところへ近づいた時。
「ではもう一回繋いでみましょう。現場の森尾さん」
「現場の森尾です、ここは土砂崩れの…」
4)
とりあえず終わった。朝5時のニュースから始まり、12時頃まで延々と続いた。その日の午前中は台風特番が組まれ、殆どの番組に出演した。取材場所も港、避難場所の公民館、学校、役場を回りほぼ全力を尽くしたと言えよう。食事は何とかとれた、深夜にコンビニに行って購入したのは大きかった。あれから入手手段を失ったのだ、こうなる予定だったのかもしれない。
台風は和歌山県を上陸した後、本州を縦断するように進み現在は静岡県内へと行っている。ここも雨風共に止みつつあるが警報は未だ解除されてはいない。
「はい、わかりました。ありがとうございます」スタッフが社用ケータイでの話が終わったようだ。
「どうしました」
「我々の班は撤収します。交代が来ますのでそれと引き継ぎ後本局に戻るようにとのことです」スタッフが言うと。
「えっ、いいんか?」
「チーフが今日の出来は最高だったと本社からおほめの言葉を戴いたようで、できるだけ早く帰らせてあげなさいとのお言葉があった様です。そんなわけで、今関空の連中が交代として来ます。それに引き継いだら業務は終了です。戻って片付けと編集と後処理は有りますが」
「関空の連中ってお嬢様は来るの?」
「ダイジョウブ、それは来ないから」お嬢様とは先ほど言った八方美人アナのことだ。
「よかった」みんなの安堵が広がる。
「お嬢は関空から迎えの車で別に帰りました」
「あの中継じゃあな」オレは言った。お嬢様は関空からの中継に回されたようだが、中継の酷さは余り有るもので、関空のターミナルから『何で私がやらなきゃならないの』感有り有りの中継だった。
「うちのお姫様は?」
「眠りの世界へ」オレは後ろの座席を見て言った。取材とリポート疲れで今迄寝てなかった様でスヤスヤと後ろのスペースで寝ている。
「これで社長賞取れるかも?」
「そうか?」
「うちらで撮ったやつ何回もテレ関で流れていたし、もしかすると森尾がテレ関確定じゃねえかな?」
「お嬢様だって言うのは?」
「あれはハゲチーフより上が推しているけど、社長賞取ったら実力選ぶだろうよ」
テレ関確定の意味についてここで書いておこうと思う。
我々の会社は東京のテレビ関東(略称 テレ関 KNN)のネットワークにある事は以前にも書いたが、テレビ関東とネットワーク各社は人材に関する協定をある年に結んだ。
それは地方局で頑張っている人材をテレビ関東に出向という形で来てもらい、テレビの質を向上させ、視聴率の良い作品を作っていくことを目指すもので、毎年何人かがテレビ関東に来ている。
テレビ関東(以下 KNN)からすれば安い人材を簡単に確保できるメリットがある。その反対としてKNNでくすぶっている不要な人材を放出する受け手として地方局は背負うこととなった。どちらにしてもKNNは一切負担しない。地方局持ちなので出向はいいが受け入れはかなりきついといえる。とはいえ、一年経過するとKNNの社員として受け入れることになっている。(地方局へ出向の場合は放出された段階で地方局社員として転籍扱い。KNN出向も地方局に戻すことも可能)
協定ゆえになにわに来たけどいらないから他の地方局に回すことはできない。
選考の方法であるが、毎年定期的に時期が決まっており。まずKNNに推薦するリストの提出。KNNはこれを見て本人に対しての面談、聞き取り調査を行い選考する。受け入れについては先程の選考に於いて決定した人数分の枠が受け入れ人数である。たとえば二人選考で決まると二人がやってくる。(あくまで枠なので二人行ったから二人変な奴が来るとは限らない)選考は基本年一回ないし二回実施し、1,7月リスト提出。2,8月選考と通知。3,9月配属決定で4,10月赴任となっている。年1回の場合は7月からのは実施しない。今は8月なので選考の月で、一番有力なのが先ほどから話題に出ているお嬢様アナのみで今回は一人という噂である。
「交代の車が着きました」スタッフが言って降りてゆく。森尾アナもすでに起きていて、交代の女子アナに引き継いでいる。
「関空どうでした?」
「最悪やわ、お嬢は不貞腐れて『何で私がスタジオじゃなくてこんな離れ小島なのよ』とか、取材でお客さんが『飛ばないと困るんです』って言うやん。それ終わった後『なんでアタシが言われなきゃなんないの』お弁当回しても『こんな不味いのヤダ、○△亭の注文して!』とか、アホかバカかと。終いに『しんどいから取材出ないし、あんたら勝手に撮って回して、それ見ながらしゃべるし』って言うやんか。しゃあないから、V回して空港内の状況を小部屋から見ながらリポートしていた」
「関空と陸をつなぐ橋が通行止めになったと知ってからはすごかったわ。解除されてから『チーフに連絡して迎えに来て』で迎えの車で速攻帰ったからこっちとしては肩の荷が下りたわ」
「こちらの女子アナは?」オレはショートカットの女の子を指すと。
「この子お前と同期やで」
「え?」
「はじめましてですかね、和泉さん大学一緒ですよ」その子は言った。
「ごめん、サークルとか違うよね?」
「はい、私ずっと田辺だったから。高梁って言います」
「へー、オレは田辺から今出川だったから。とりあえず頑張ってください」そう言って別れて、俺たちの班は北上した。
5)
今回の台風取材でオレたちの班は社長からの表彰は残念ながらなかった。テレビ関東からは協力金として金一封が出た。森尾アナは認められ九月より夕方の報道ワイド番組で週一回ないし二回アシスタントアナとして出演することとなった。順調にいけば十月の改編で準キャスターへの道が開ける。
オレはというと特段何も変わらずの毎日が続く。ちなみにテレビ関東への出向は今回一人で、アナウンサーではなく広報の子が行った。(何故そうなったのかは謎だが、噂だとお嬢アナを上部は推していたが、聞き取り調査と実地審査時に広報の子がテレ関の目に留ってテレ関側の要望でそちらになったとか。)
当然テレ関側からも人が来るわけで。来た奴は45歳の男で、ここに来る前はバラエティやドラマのディレクターをしていたようだが当たらなくてここ最近は日陰者になっていたようだ。
とある日、オレは15時からの出勤だったので遅くまで寝ているつもりだったのだが、どうも昨日の夜から携帯の調子が悪い。どうしようもないので充電して放っておいたが、すっかり忘れて目覚ましタイマーを6時30分にしたままで鳴りだしてしまいそこで起きてしまった。携帯のタイマーを止める、メールが来ているようだ。
「あちゃー、メールが文字化けしている」メールの文字と題名は訳の分からない文字で埋め尽くされているようだ。とうとう携帯が壊れたようだ、持っているものはA社のスマホだが買ったのは2年前、でもそんなに古くは無いはずだ。
仕方ないので朝一でショップに行って直してもらわないといけなくなった。ショップは昼間に行くと混雑して時間がかかる。家の近くのショップでは不便だと思い、わざわざ難波まで行って直してもらうこととする。
ショップにもっていき店の人はあれやこれやしているようだが埒が明かないようだ。やがて。
「和泉さん、調べてみたのですが。間違いなくウイルスに感染しています」
「携帯ウイルスですか?」
「はい、今回のはまだ良かった方で。ひどいヤツになりますとアドレスを抜き取ったり、壊してしまったりする悪質なものも有ります」
「へぇー」
「お直しにお時間がかかります。その間代替機をお貸しいたしますので、そちらでお願いできますでしょうか?」
「いつぐらいで直りますかね?」
「早ければ今日中には直ると思いますが。本日は混雑も予想されますので、明日以降になるかもしれません」
「わかりました」と言ってショップを出て、コンビニで買い物してそのまま時間をつぶすために会社に行く。
「おはようございます」
「遅いぞ、何やっていたんだ?」と、スタッフの声。
「???」怒られている意味が分からない顔をすると。
「何、その顔は?」
「そう意味じゃないですけど、着くのが早すぎるぐらいなので」
「メール見たか?」
「いや、携帯が壊れてショップに今持って行った所です。直るまで時間つぶそうと思いまして」
「携帯壊れたって、原因は?」
「ウイルスだそうで、メールが文字化けして何も見られてなかったです」
「急きょバラエティ班の応援してくれ。それで出勤時間の変更をメールして、電話も掛けたんだが通じなかったみたいだな」
「どうしたのですか?」
「トラブルでな、スタッフが足りなくなった」
「ホントだったら一昨日帰ってくる予定だったんだよ。でもな、飛行機の事故で空港閉鎖になってしまって。やっと飛べたのが昨日の夜だから今日の夜にならないと関空に着かないみたいなんだわ」
上のチーフが説明した。
「番組撮り直せないのですか?」
「それがゲストの関係上無理みたいやわ。詳しくは6スタでやっているから聞いてきてくれ。頼んだで」
オレは第六スタジオへ急いだ。
「お待たせしました」
「おー、和泉君待っていたで。これで何とかなりそうやわ」第六スタジオ担当というか、今回の番組のプロデューサーが言った。
「応援に来ましたがどのように?」
「まず状況の説明からしようか、今はリハーサルだから特に君が必要な場面ではないしな」そう言って台本を渡してから。
「今回の題名は年末大特番。『来年のことを言うと鬼が笑うスペシャル。日本の景気は?大阪(関西)の来年の景気を占い師に聞いてみよう』って言う内容なんやわ。今回の目玉は関西で有名な占い師さんに来てもろて。来年以降の日本や関西を占ってもらおうという企画でな」
「んで、8人の先生に来てもらう約束はできているんやわ、こっちはスタッフが例の事故で今日の夜しか戻って来いひん。でもな、遅らせるわけにはいかへんねん」
「なんでですか?」
ちなみに例の事故とは、今週アメリカ西海岸の空港で旅客機が着陸に失敗した。運よく全員脱出後に機体が爆発炎上するという事故があった。テロかもと言われてはいるが謎である。スタッフはテレビ関東と合同で芸人さんと一緒に海外ロケを終了し、その空港から帰国しようとしたが。事故調査で2~3日閉鎖となり解除されたのが昨日であった。
「一人の占い師さんがインからアウトまで2時間しか取れんかったから、時間も日程も変えられないのだわ」インからアウトまでとは局入りからお帰りまでを指す。
「何時から何時までですか?」
「14時30分から16時30分までや」
「中途半端ですね」
「心斎橋周辺では有名な人らしいで、この人はよう当たるって口コミで有名なんや。で、何とか出演して貰える了解は得たのだが。空いている時間がそれしかないんやて」
「でな、スタートは15時からで。16時20分ごろまで居てもらって、それ以降はその人の席写さんようにカメラ回すしかないんや」
「で、僕の役割は?」
「いつも通りアシDですがな。手伝うこと有って番組でるかもしれへんけど、その辺は笑顔でやってな。公開収録やしな」そう言われオレはリハしているスタジオ内に入って色々手伝ったり、公開収録なので観客の誘導をしたりして本番に備えていた。
今考えれば、この番組参加がオレの運命を今までとがらりと変えたのかもしれないが。この時はゼンゼン分かっていなかった。
6)
本番収録がはじまり約30分経過した頃、次の占い師へと移った。名前がムハンマド・タチアナ・タエ子(ナンダこのワケワカラン名前は!)、心斎橋でやっているというカードを使った占い師だ。元首相の人がお忍びで来るらしい。ただ不定期で月に3~4回しか現れないという、この女の人が来年の政治を占うようだ。
「まずその前にあれだな、誰か占ってもらいたいやつ」司会進行のお笑い芸人が言った。その隣の女性が芸人に耳打ちしている。
「おい、ADの和泉!おまえやってみぃ!」何とオレに振って来た。もしかして先ほど言っていた意味はこれか。隣の女性はよく見たら同期で同卒の高梁だ。これはタカハシの陰謀か?
「どうもはじめまして、ADしています和泉です」
「あたしADの和泉と同期で同志社卒おんなじです」(そんな情報いらんわ)
「ホンマか、まあ大したもんでぇへんやろ」と言われ、オレは小さい椅子に座ってその女性と正対になる。
「ではあなたのお名前と生年月日をお願いします」
「和泉 透 XXX年XX月XX日生まれです」
「では、はじめましょう」そう言って、色々な絵が描かれているカードをシャッフルして、何枚かテーブルに並べ、何枚か手元に置くことを繰り返し終了した。
「はい、出ました」
「結果が出たようやで、お願いします」
「和泉透さんの結果ですが。女難の相が出ています。何人もの女の子に囲まれて苦戦する姿が見えます。本人はあっち行ったり、こっち行ったりに見えますが。極めて一途な人間です。愛し合う人とは自分の趣味や特技を隠していますが、公開しても引かれることは有りません。結婚はちょっと遅いですが、結婚したら幸せな家庭を築くことができます」
「良すぎる判定で、普通にツマラン」と芸人は言う。オレは。
「ありがとうございました」そう言ってお辞儀して立ち去ろうとしたが、占い師の方が手を握って来たので握手した。その時紙片を渡された、オレは気がつかなかったように立ち去ってちょっと見えないところに行き貰った紙片をポケットにしまった。
収録は順調に進み16時20分で帰る人をうまくかわし、何とか最後まで何もトラブルなく終了した。途中で帰って人がオレを占った女の人だと分かった。
「いやーお疲れさんやで、大成功や」プロデューサーがニコニコしながら言った。
「ありがとうございました」
「向こうには俺が言うとくし、今日はもう上がれや」
「いいのですか?」
「かまへん、和泉を回せる余裕があるんや、一日ぐらいかまへんやろ」
「わかりました」とオレは言って、デスクに戻り会釈して帰る。ショップによると直ったらしく受け取り少しコーヒーでも飲もうと店に入ってコーヒーと軽い食事を取った。
「そういえば」と、あの人からもらった紙片を取りだした。ここまで受け取ったことはだれにも気付かれてはいない。
「えーっと?」
“これを受け取ったのなら電話をください。070-4XX6-8X7X 決して誰にも言ってはならない。”
「なんじゃこりゃ?」普通は怪しいので無視するところだが、あの占いはちょっと怖い。オレは立ちあがってトイレに向かい個室に入ってその番号にかけてみる。
「はい」
「わたくし和泉ですけど、お約束どおりお電話しましたが?」
「今日電話してくることは占いに出ていたわ」
「そうですか・・・」
「今度いつお休みの日なのかしら?」
「今度は水曜日ですね」
「分かった、その日の14時に地下鉄北山駅2番出口で待っていて」
「来る時も、これからも、私のことは内緒にしておくこと。ではお待ちしています」そう言って切られた。その日に来いとはどういう意味なのか分からないが、とにかく行ってみようと思った。
7)
行ってみようとは思ったが、日が経つにつれて『行かなくてもいんじゃね』という思いもあった、ならなぜあの時自ら電話したのかという事になるわけだが。今考えてみても不可解だ、でも約束してしまった以上行かないというのも具合が悪い。
日は巡って当日の水曜日、いつもより早く起き出し朝御飯にした。ちなみに一人暮らしではなく依然お祖母ちゃんの家である大和西大寺に住んでいる。毎月2万円を食費として入れている。朝食は一人でも食べられるように用意はしてくれている。それ以外はオレの出退勤時間が不規則なので事前に連絡するというのが鉄則だ、そうしないとご飯の用意はされない。今日はこのあとが分からないので外で食べてくると昨日伝えてある。今日、お祖母ちゃんは朝から会合と称して出かけているのでいない。帰ってくるのは夜らしい、ずいぶん元気なお祖母ちゃんだ。朝食は冷蔵庫にあるのでレンジでチンして食えとテーブルに書き置きがあった。向こうは14時となっているので昼前に出れば余裕で着ける。
指定場所の京都市営地下鉄北山駅へは、日中その先の国際会館駅まで直通急行が30分ごとに出ているが、30分ごとしかないのである意味不便だ。新田辺まで行くとさらに2本増えて15分ごとになるが、新田辺発は普通なので途中の大久保、向島で特急、急行に抜かれるので遅い。特急は利用できるが、地下鉄に乗り入れる竹田駅には停車しない。この場合は京都駅まで行って地下鉄乗り場まで歩くのだが、結構遠回りなので10分ぐらいかかる。直通急行がない時は竹田駅まで急行で行って乗り換える必要がある。
オレは11時30分ごろに出て大和西大寺駅に着いたが、既に直通の国際会館行きは出た後だったので、その後の京都行き急行に乗る。竹田駅で地下鉄に乗り換える。既に電車が止まっていて、オレが車内に入って座るとすぐドアが閉まって発車する。
「この電車は国際会館行きです。次はくいな橋です」
『ちょっと早すぎたよな』オレは時計を見ながら思った、まだ13時にもなっていない。どこかで一旦降りてお茶をする時間ありそうだ。どこで降りるか?そんなことを考えてみたものの思い浮かばないまま京都駅に着く。ここで入れ替わりが有って混雑してくるが、四条で大半が下りてしまう。
『あれ、どっかで見たことある人だ』一人女の子が吊革につかまっているが、オレと目が合って、合うと『ニコッ』と微笑んでから揺れを利用してこちらへ近づいてきた。
「和泉さんのお兄さんお久しぶりです」
「えっと、誰だったかな?」
「忘れちゃいましたか?歩美ちゃんと一緒にいたサエって言うのですけど。覚えていますか」
「サエちゃんね、どうしたの?」
「これから四条まで行くんです」
「へぇー、がんばってね」
「普通、席かわろうかとか言いません?」
「知っている人だから代わんないっていうのも有りかと」
「ぶーっ」
「もう四条だし意味ないじゃん、何しに行くのか分からないけど」
「ラクエ四条とりまるに行くんですけど、よく分からなくて」
「からすま!!笑われるぞ」読み間違いは相変わらずだ。
「30分ぐらい時間あるし、案内してあげる」
「やったー」と喜んでいるが、すでに四条のホームに入っているのであわてて降りる。ラクエ四条烏丸は四条烏丸交差点の北西角にあるショッピングビルだ。有名店がいろいろ入っている。京都ではファッションの最先端を行くビルの一つだ。地下鉄降りて、そのまま直接ビルと地下道でつながっている。
「ここがラクエ四条烏丸?」
「すごく近いんですね?」
「何に用なの?」
「あの・・・」サエちゃんの顔がすこし赤くなったのが分かった。
「下着のショップなのです。○コー○の今回下着モニターとして行くんです」
「流石に難しいな。マネジャーはいないの?」
「いますけど多分ショップで待っているかと…」
「とりあえず店の近くまで行って、オレはそこで引き揚げるわ。それ以上はオレとしても何もしてあげられないし」ビルに入って○コー○までは付いていく。○コー○のオーダーメイドのブラやパンティーを作ってもらうというやつだ。オレはその企画を某FMラジオで知っているが、東京方面じゃ認知が低いのだろう。
彼女と別れて、時計を見ると13時を少し回ったぐらいだがどうするか。何も考えが浮かばない、コンビニに寄って缶コーヒーと、軽い食事を買い。コンビニ前にあったチェアに座って食べて時間をつぶし13時30分の地下鉄で北山駅に向かった。
北山駅2番出口着。ちょっとそれでも早く着いてしまった。駅周辺をうろついてみたものの特段誰かが来ている気配はない。14時丁度電話のベルが鳴る。
「はい、和泉です」
「今どこ?」
「2番出口前です」
「服装は?」
「紺のスーツで、青紺のネクタイです」
「黒塗りの車を回すからそれに乗ってくれない」
「わかりました」と言って電話を切ると、しばらくしてから車が横に近づいてきて止まった。
「和泉様ですね?」男の人が下りてきて後部座席のドアを開けて勧めてきたので乗る事にする。車はゆっくりと進み住宅地に入る。途中から進行左側の家が森におおわれている。それを抜けたところで一旦止まった。自動的にドアが開き中に入ってゆく。
「自動で開くドアなんか初めて見た」言っては見たが運転手は何の関心も示さない。いつものことだからか、なんか残念な気がする。
車は中庭で止まった。運転手はドアを開けてオレを家に誘導し中に入ってゆく。本当にすごい豪邸って言ってもいい。玄関も広い。オレは応接室で待つとしばらくしてからその女の人はやってきた。オレは立ちあがって会釈した。
「はじめまして和泉透と申します。今回はご招待にあずかり大変光栄に存じます」と言うと。
「来ていただきありがとう、私は橘妙子と言います。普段はアドバイザーとか、政府の有識者会議等に呼ばれて色々な事をしています。本来はとある会社の社外取締役をしているのですが。時間があいたときに心斎橋の周辺で占い師をさせてもらっているの。この間は上の方がどうしてもという依頼を受けて出演させていただきましたの」
「橘さんありがとうございます」
「今回何故あなたを呼ぶことに決めたのは、あの番組に出演中に実は他の個々を見ていたの。そうしたらあなた和泉さんが他の出演者やスタッフさんに無いものを感じたからなの。あの日は開始してから5分ないし10分後に一人のスタッフさんと言うかチーフを呼んで和泉さんと接点をお願いしたわけ。それで台本が一部加えられて和泉さんを番組中に占うようにしたの」
「はい」
「あの占いは別にやらせでも何でもないわ。ただ私の本来の占いはカードではない普通の占いよ。カードの動かしているあれは全部デタラメ。実はすでに占いは終わっていて結果を貴方に伝えただけ」
「いつ占ったのですか?」
「一人目の占い師がしている最中、私にカメラ回っていないからその時。既にあなたの名前と生年月日、生まれた場所、時間はスタッフから貰ったから」そう言った。オープニングのリハぐらいか、生年月日等を聞かれた記憶ある。
「僕がどういうか、何がほかの人と違ったのでしょうか」
「違うとかではないわ、ないものを持っているのよ。人には個々オーラというものがあるの。東洋では気という場合もある。いつも発しているひともいれば、その時その場所で出すものもあるわ。それは人によっては大きな力を生み出すのよ。カリスマと言われる人はその個々の能力が人より抜き出た力があるからよ」
「政治家も、一流芸人も一流といわれる歌い手さんもその類ですか?」
「そうよ、私の本来はその持っている力を高めてあげる役割が仕事なのだけど。それをどう生かすか、どう使うか、どこで使うかは本人次第なの」
「で、僕に何の能力が?」
「あなたの場合、実に変わっているのよ」
「変わっている?」
「特定の女の人に対して、その女の人の深い悲しみや心の傷が分かってしまう。あなたはその方に手を差し伸べてよい方向へ向けてあげる事ができてしまうの。占いで女難の相が出ていると言ったけど、苦戦するどころか、さらに信頼を深めてしまいやすくなるわ。その子を幸せにして上げられるのだけど、あなたとの仲が深い仲に進まないのがあなたにとって不幸かもしれないわね。その女の人が誰かは分からないけど」
「特定の女の人ってどうわかるのですか?」
「分かり方はというと分からないわ。ただ、目印をつけることができるわ」
「目印?」
「あなたなら相談できますよというアピールね。ピンク色のものを身につけなさい。ただそれだけでいいわ」
「ピンク色ですか?」
「ブローチ、タイピン、何でもいいわ。ただし、シャツとかジャンパーような派手目のものはダメね。相手が寄り付かなくなるから」そうは言われたが、ピンク色のものなど一つも持ってはいない。
「それを女の子が見るとどうなるのですか」
「人によってアクションは異なると思うけど。何か相談事や悩みを持ちかけられるか打ち明けるわ。その時あなたがどう対応するかで今後が分かれるわ」
「どう対応するって?」
「下心有り有りの対応をしたら、あなたは地獄に落ちるわ。その辺は十分対応することね」
「飲みに行くとかですかね?」
「その位はいいんじゃない。お酒は節度を持てば、私の占いでは下心を出す人間ではないと出ているけど」
「ほーっ」
「和泉君お茶でも飲みなさい」そう言われて冷めかけの紅茶を飲む。今までずっとお話を聞いていたので喉がカラカラだ。
「オレにそういうことができるでしょうか。今まで女の子としゃべったり、遊んだりしたこともなければ、手を握ったことすらないし、アニメとマンガとフィギアが大好きで。そのアニメの演出がしたくてテレビ局に入った男ですよ」
「それが良いのよ」
「へ?」
「能ある鷹は爪を隠す、じゃないけど今まであなたはその能力を隠していたわけでしょ。そういう人だから話しやすいんじゃない、友達として話すわけなんだから話しているうちに向こうがあなたをよいただの友達から、深い仲に進んでいくのよ」
「ほー」
「私が趣味や特技を隠していますが、公開しても引かれることはないといったのは覚えている?」
「はい」
「あなたが女の人から相談事を持ち掛けられて、その人と深い仲になった時。自分がアニメ、マンガ、フィギアが好きだと言っても。あなたの事を軽蔑したり、距離を置いたりすることは無いと言ったの。人によっては、そのことで逆に勇気や希望が得られる場合もあるのよ」
「ありがとうございます、なんか勇気が湧いてきました」
「私も今日はいいお話ができたわ」
「ほんと、今日はこちらに来てよかったです」ついオレは手を出した。彼女も出された手を握り返してくれた。
「今日言ったことはちゃんと覚えておくのよ。私とはもう会わないかもしれないけど、あなたの事は一生忘れないし。心に刻み込んでおくわ」
「いいえ、どういたしまして今日はこれで失礼します」
「北山駅まで送らせるわ。執事車用意して、帰りにピンク色のものを買いなさい。安いものなんかいらないわ。これで十分でしょ」そう言って彼女は何か封筒を出してきた。
「こんな、いらないですよ」
「私の気持ちだからとっておいて」と握らされた。これで拒否するのもどうかと思い。
「ではお言葉に甘えていただきます」と言って深く会釈し玄関に向かう。執事がドアを開ける。既に車が待機している。俺はもう一度振り返ってお辞儀した。向こうも返してきた、それから車に乗り込んだ、車は先ほどの道を戻り北山駅に着き。
「ありがとうございました」と言って降りた。時間は夕方になっている、すでに11月なので薄暗くなっている。一応言われたことだしピンク色の何かを買いに行くことにしようと思い。俺は地下鉄の階段を下り四条へと向かった。
8)
帰っていくその人を見送りながら私は思った。
『あんなに大きくなっていたのは知らなかったわ』わたしは応接間を抜け、二階に上がりソファーに座る。
「妙子様。――さまがお越しになられて妙子様にお会いしたいと申しておりますがいかがなさいましょうか?」
「何のつもりかしら、今忙しいんじゃないの?」
「政局が今…」
「大した器もないクセに大きなこと言うから罰が有ったのよ。ちょっと位待たせておやり」
「かしこまりました」執事は下がって消えてゆく。私は携帯を取り出しあるところに掛ける。
「もしもし」
「何の用事?」
「今日、あなたのお孫さんに会ったわ」
「何?今日そっち行っていたの」
「あたしが呼びだしたのよ」
「あなたのこと知っていた?」
「全然知らなかったわよ。小さい頃、西大寺の家によく遊びに行っていたのに。妹の歩美ちゃんと透君とよく平城京旧跡とか行っていたのに」
「でもあなたと透がそれ以降接点無かったけど、あれからなのかしら?」
「私は口添えしたけど、あれは本人たちの運よ」
「透には何か光るものがいつもあったけど、それを一目でわかるなんて」
「あなたの旦那の血をひいているのよ」
「息子もそうなのだけど、特に透が影響受けているわね。入社試験で対策用に旦那のスーツ着させて、それを見たら若いころのあの人を思い出したわ」
「私もあの人に恋した時期が有ったのに、あなたを選んでしまったのね」
「透は何人の女の子をそうするのかしら?」
「さあ、不幸せにはしないことは約束できるわ。彼から受けたアドバイスに目覚めた子は最高の幸せを手に入れることができるはずだわ」
「あなたみたいな子を生みだすかも知れないわよ」
「大丈夫よ、彼の力でそうなるから」
「ふふっ」
「透君帰ってきても普通にしているのよ」
「わかっているわ。何も聞かないし、多分彼も何も言わないわ。じゃあね」相手から電話が切られた。それからしばらくまどろんでいると。
「ずいぶんお待たせしておりまして、かなりお怒りの様子が見られますが?」と執事が言ってきた。待っているのは先ほどの政治家だ。自分で勝手に押しかけてきて、遅いと文句を言ってくる。
「あと二時間ぐらい待たせておき、何か言ってきたら帰らせておしまい」と私は言って自分の居室に行った。今の楽しみは小学生と一緒になってするオンラインのゲームだ。電源を投入してオンラインに接続してゲームをプレイし始めた。
ちなみにその政治家に会ったのはそれから三時間も後のことだ。
9)
オレはあの後四条通りのデパートなどを足早に回ってピンク色の何かを買い求めた。タイピン、ハンカチ、スカーフ。手帳からペンに至るまで、終いにはピンク色だからという名目で、ゲームセンター内にあったぬいぐるみを千円も使ってゲットした。キティちゃんのちょっと大きなぬいぐるみだ。恥ずかしいので一応入る袋に入れたけど、帰りの電車内に於いての人の目線がしんどかった。
日常はというとあわただしい日々が続いた。それといったこともなく、何か激変したこともなく過ぎていった。今は11月も終わりに差しかかっている。
さて、9月から週1~2回の出演となった森尾アナだが。10月の改編で準レギュラーへとの噂があったものの、10月を過ぎても現状のままである。準レギュラーの噂が立ったのは、今までやっていた30代の女子アナが9月末で寿退社するからで。その後任としてだが、それを引き継いだのはなんとお嬢様と呼ばれている女子アナだった。しかも月曜日から金曜日までの毎日アシスタントアナとしての出演である。
お嬢様アナこと菅野愛は森尾と同じように当初は週一回または常駐している男性スポーツアナが取材のときに代打としてのスポーツアナだったが。10月の改編で準を飛び越えてのレギュラー出演だが。以前から原稿読みは下手で、よくつっかえる、読み間違えるで役に立たない。それなのに起用されるのだから何かあるのでは?と噂されているが、性格悪いとかのアレは変わっていないので、スタッフや出演者はあまりそのことに触れないようにしている。
今現在、菅野がしていた内容をそのまま森尾が行っているといった感じだ。週一回ないし二回の特集番組のナレーション及び出演、取材とスポーツアナの代行出演(野球シーズンは特に多くなる)である。読みの良さは公表ではあるが菅野がいる手前そう大きく評価があげられない。
とある日、オレはディレクターに呼ばれて取材に同行するよう命じられた。内容は京都市美術館で開催中の展示内容について、当テレビ局が協賛金を出している関係上にあるものだ。
「人数が足りないので、お前と森尾の二人で行ってもらう」
「えっ?」ディレクターの発言に驚いた。つまり撮影隊の同行はなく、オレが機材担いで、Q出しも行い取材する。森尾は喋るだけだ。
「こちらの都合だ、頑張ってくれたまえ」そう言って立ち去って行った。オレは機材準備をし車に積み込みを始める。一人取材ならそんなに要らないはずだが、万が一のことを考えて積んでおく。
「すみません、取材の担当をさせていただく森尾です」
「今用意していますので待っていてください」オレはで汗を拭きながら言った。
「はーい」その間も機材のチェックや準備に余念がない。忘れ物はないか等チェックする。
「何か手伝う必要はありますか?」
「ないです。終わりましたので乗ってください」そうオレは言うと、森尾も車に乗り込む。
「えっと、ほかのスタッフさんは?」
「いないです。オレと、森尾先輩だけです」
「こんなに要ります?」
「一応積んでいますけどすべて使わないです」オレは車を発進させ通りに出る、まずは阪神高速のランプに向かった。
車はこの先阪神高速、近畿道、第二京阪、阪神高速京都線を経由して。鴨川を上がっていくことになる。
「二人というのも珍しいですね」
「そうですね、これも勉強というやつでしょう」
「和泉君だっけ?切り替え早くない」途中までは一切喋らなかったのだが。さすがに重苦しいのはきついのか、向こう側から喋ってきた。
「早いわけじゃないですよ。諦めが早いだけです。重苦しく考えても仕方がないじゃないですか」
「確かにそうだよね」
「何か悩んでいるように見えたのは気のせいですかね」
「わたしが?」
「ええ、なんだかわからないですけどね」オレはなんとなく、車に乗る前から気にはなっていたことを聞いた。彼女は少し考えてから喋りだした。
10)
『なんでわかるのかしら』と私は思った。そんな雰囲気が出ていたのかしら。車は高速を京都へ向けて走っている。
ここ最近悩んでいることは沢山ある。今出ている番組の事もそうだ。
「今の番組はどう思う?」私は言ってみた。
「視聴率がなかなか上がってこないところがアレですね」確かに、以前と比べると視聴率は若干落ちている。それでスタッフの心も暗くなっている気がしている。
「何が足りないのかしら?」
「他局と差別化しているように見えますけど、視聴者からすれば横並びといったところでしょう。うちらの番組は19時からのバラエティのつなぎとしか印象持たれていません」
「進み方としては?」
「全くダメだと思いますよ。言っちゃ悪いけど、アシスタントの喋りが最悪すぎます。誰も改善しようと思ってはいないし、言いもしない。そんな環境だから気まずくなるけど、自分に危機感が無いから直そうと思っていない。正直言ってこんな番組3月まで持てばいいほうでしょ」
「菅野先輩もがんばっていると思うわ」
「あれで頑張っているなら、俺らのスタッフは超人ですわ」
「じゃあどうするべきだと思う?」
「別に、ここには誰もいないわ」彼の困った顔を見て言った。
「菅野アナにはちゃんと言うべきです。あなたの喋りで進行が乱れる。だからニュース読み位はちゃんとしてほしいぐらいは」
「誰が言うの?」
「森尾先輩がと思いますけど、オレはちゃんと言うつもりです」
「言って治るものなの?問題なのはそれだけ?」
「的外れなコメントをするコメンテーターは要りません。評論家と称する一部のいい加減な先生方も、だんだんイラついてきます」それに関しては同感だ、何もわかっていないのに適当なコメントをする人や。一部の偉い人、思い出すだけで何人かが挙がる。
「あなた、ただのADじゃない?」
「今はそのヘンのADですけど。もし番組一本オレがなってやらせてくれるなら良いもの作れる自信あります」
「そんな大風呂敷広げてしまっていいの?」
「はい、その時は森尾先輩がメインキャストでお願いします」
「ハイハイ」私は冗談半分で受け止めて流した。そんな日がいつか来るのだろうか。
窓の外を見ると車は高速を鴨川東で降り、師団街道を上がり川端通をさらに北上していく。丸太町通を東に行き、岡崎公園の駐車場に入れようとした時。
「見たことあるスタッフ居るよ」と言って私は止めるよう指示をする。
「あれ?なんで来ているの」和泉君が窓を開けて言う。
「お前ら先に行ってしまった」
「は?」
「かしらが和泉一人じゃ無理だから急いで行けって言うやんか。そしたらもうすでに行ってしまった後や、電車乗り継いで先行したという次第や」
「オレでも十分行けますよ」
「そんなヤワナ奴ムリムリ!!森尾先輩独り占めはアカンやろ」要は私と二人っきりを警戒したスタッフの行動とみたが。
「まあいいじゃないの、頑張って成功させましょうよ」と私が言うと。
「おー」と言ってスタッフ全員車に乗り込み駐車場に向かう。機材を下して今日の目的地である美術館に向かって進んだ。
「お前と森尾さんじゃ話進まないやろ?」
「そんな事ないですよ」
「だって、アニメとマンガとフィギアの話しかできないお前が何の話をするの?」
「何?それって」私は少し興味を持った。
「いゃ、その話はしてないです」和泉君は小さくなったように言った。私は彼の知らない一面を発見できた気がして更なる興味を持ったが、それから私とは取材中は勿論。それから帰りの車中もほとんどしゃべる事がなかったのは残念な気がした。
事件が起こったのはそれからしばらくたってからの事だった。
その日は私の出演日で、特番のナレーションの担当だった。その日はそれだけの出演だったが、出番終了後チーフから。
「スポーツコーナー担当してもらうからよろしく」と言われた。その日の担当アナは他のスポーツ中継に繰り出していて代役を出すことは既に決まっていた。その担当は彼女である菅野であったが、変更になった理由は分かっていた。
ニュース読みの下手さは相変わらずで、この日も読み間違いが一か所、カミカミは多数あった。
それを懸念したチーフが私に代役の代役をしてきたものと思う。
準備は出来スポーツコーナーになりカメラの前に立った。
「それでは今日のスポーツです。本日は上草アナに変わって・・・?森尾アナにお願いします」何か間があったが気がするがそれは菅野アナではないからだろう。
「はい、お伝えします。…」無事終了しそのままお天気コーナーへ流れてエンディングへと向かう。終了。
「御疲れ様でした」の声の後菅野アナはチーフのところに向かっていくのが分かった。
「なんで私じゃないのですか?」チーフを目の前にそう言った。
「進行の都合上、ちょっとオシ気味だったんだよ」
「私のほうが良かったと思います。みんな私のほうが良いと褒めてくださいます。それなのに…そのまま私にやらせてもらったほうがうまくいきました」要は私より菅野のほうが上手なのに何故やらせたのかを問い正しているのだ。
「君のほうが良いのも認めよう。けど、状況に合わせて変更しなくてはいけない時もあるんだよ」
「どんな状況かわかりませんが、私でよかったと思いますよ」
「君も少しは落ち着きなさい。結果論をしてもしょうがない」
「チーフが私にそういう言い方をしてもいいんですか?」
「お前はいつからそんな偉くなったんだよ」声を上げたのはあの和泉君だった。
「ちょっと新人ADのくせに何様のつもり?」
「何様って、ただの社員ですが?あなたと同じ」
「思い出したわ。アニオタのキモイやつね。私に言うなんて100年早いわ。自分がどういう立場か分かって言っているんでしょうね?」狙いはチーフからこのADに移ったようだ。
「先輩後輩の違いはありますけど、同じ社員ですよ。何かコネがあるのか知りませんけど、自分も良くわかってないんじゃないですか?」
「それはどういう意味よ!」
「今まで黙っていましたけど、そのニュース読み何とかならないんですか。聞いていてイライラします。お嬢様か何だか知りませんけど、上から目線やめてもらえます。実力が下手なのにでかい態度取りやがって。改善しようとか、変えていこうという気持ちないのですか?そんなつもりないのならもう一緒に仕事したくありません。こんな番組早くつぶれちゃえ」この前車の中で言っていたことほとんど言い尽くしてしまったこの男、すごいと思った。
「あんた、この先どうなるか覚えておきなさいよ」そう言って彼女は去っていった。
しばらくしてチーフが和泉君の所に行って。
「後で菅野さんのところに行って謝ってきなさい」
「何故でしょうか?」
「君もわかっていると思うが、名誉会長のお孫さんだ。あのままでは君が危ない。それだと俺もフォローできないし、俺の身も危うい。そこのところ分かってくれ」そう言った。通常反省会があるのだが、今の件があったことで本日は中止になった。
日を改めたある日の日中、私は女性アナウンス部長から呼ばれた。
「森尾さんはどう思いますか?」どうとはこの前の一件だ。
「私はチーフから言われたままの事をしただけなので」
「森尾さん、菅野さんがいるのにというのがそもそもの原因でしょ?」
「???」なにそれ。
「もともと菅野さんが担当するところをあなたが強引にコーナーを取ったとチーフは言っているわ」
「そんなこと言っていません」チーフは逃げの体制に切り替えたようだ。
「言った、言わないはこの際問題にならないわ。どうして謝らないの?」
「私は謝らなきゃいけないことはしていませんけど?」
「こういう場合はどちらかが折れないとうちのアナウンス部の空気も悪くなるし、私にも差し障るの。分かる?」彼女の力というのはいろんなところに回るのだと改めて思い知った気がする。
「ADの人どうなりました?」私は謝れば済むが、突然彼の事を思い出した。
「たぶんじゃないかな、あの流れじゃ」首を横に切った。『クビ』だ。
「ならない方法ってあるんですかね?」
「さあ、私にはわからないわ。とにかく菅野さんにはつなぎつけるから、私の立ち合いで謝罪しなさい。いいわね」そうアナウンス部長は言ったので自分の席に戻った。けど、私より和泉君の今後の事が気になって仕方がなく仕事が手につかなかった。
「こんなの私じゃない」ぼそっと口について出たが誰にも気が付かれなかった。
11)
特に後悔してはいないけど、影響は半端なく広がっていった。彼女の隠れファンがいるようで、不要ないたずらというか嫌がらせが頻発していた。上からも物凄く怒られた。番組はいったん外され違う番組のADに回された。
「君には別に指図するからそのつもりで業務を行うように」との通知が来たのは昨日の事だ、あいつは高笑いしている頃だろう。
「おい、透は噂では資料整理室に回されるらしいぞ」同期のADが言った。
「マジでか?」オレは言った。ここは社員食堂の中だ。この前の一件は既に広まっていて俺を見る目も何か変だ。
「お嬢様をあんなにコケにした奴は今までいなかったらしいからな」
「なる様になるしかないじゃん。俎板の鯉ってやつさ」オレは開き直った。
「お気楽でいいな」オレは食堂を出て次の現場へ行く。担当は23時のニュースになっている。今日はこのまま泊まりだ。
23時のニュースになり進行してゆく。CMに切り替わりチーフから紙を渡された、上には『速報』となっている。担当のアナウンサーはアナウンス部部長の女性だ、オレはそのまま担当アナに渡す。CMが明ける。
「突然ですがここでニュース速報です。アフリカの――に於いて日本人が――から国家勲章が授与されることになりました。日本では国民栄誉賞に相当するものです。決まりましたのは、三友商事株式会社に勤務する専務取締役兼海外事業本部長兼アフリカ三友商事株式会社社長和泉広和さん50歳。出身は奈良県の方です。受賞決定の理由は――に於いて、鉱工業生産に力を尽くしたこと。4日前に――国王一家の命を国際テログループから救ったことが主な理由のようです」すごいニュースだ、日本人でもやるときはやるものだ。後方でチーフが。
「和泉は和泉でも違うな」
「和泉って言ってもありふれていますから」と受け流した。オヤジの会社だがオヤジと同じ名字の人もいるのだとオレ自身も軽く受け流した。
ニュースが終わりデスクに戻る。ちょっと眠くなってきたなと思い眠気覚ましにコーヒーを飲む。するとスマホが鳴った。
「はい、和泉です」
「アタシ、アタシ、アタシだよ」
「なんだ、オレオレのアタシばーじょんか?」電話はあゆこと妹の歩美だ。
「テレビ見た?」
「見るわけね―じゃん、やっているほうだし」
「あ、そうか。そうだよね。今のお父さんじゃない?」
「そうか?違う人じゃあねーか」
「いや、パパに連絡しても繋がんないし変だよね」
「オレ仕事中だから切るぞ」
「はーい、じゃあね」と切れた。何のことやら。交代で寝ないといけない時間なのでそれから仮眠室へと向かった。
早朝泊まり番が終わり帰る準備をしていると何かざわついているが…。
「和泉君!」と、制作本部長に呼ばれた。
「はい」
「この間の一件について明日中に何かが出るようだ、覚悟しておくように」とキツイ一発を浴びた。なんか暗い気持ちになりそうだ。そのまま廊下を出て下に降りようとしていると。
「昨日のニュース、社長さんの息子さんがここで勤務しているみたい」
「ここはそういう人ばっかりかよ」そんな声ばかり聞こえてくる。俺がいるのを見て声が収まった。この間の一件が広まっているせいだろう。
オレの乗っていたエレベーターは1回に降りみんなぞろぞろエントランスに向かっている。エントランスの外にはテレビカメラ等がいっぱいある。誰かを待っているのだろう。
オレはその横を通り過ぎようとした時。
「いたーっ」その光はオレに向かって照らされた。
「和泉透さんですか?」え、なんでオレなの?そのまま囲まれた。
「お父さんの事で聞きたいんですけど。コメントもらえませんか」それで合点した、昨日の事はオヤジの事だったのだ。
「しがない部長って聞いていたので、こんなエライ奴だと思いませんでした」と言って、とつとつ答えて、さっさと逃げるように帰った。(帰りの電車内でもばれてないと信じたい)
これが功を奏したのかしらないが、翌日にあると言われていたそれは結局無かった。そしてなぜか夕方の番組に復帰した。彼女とのそれは解消されたわけではないが、向こうから何も言ってこなくなったのは幸いなのか不幸なのかよくわからない。(実際のところ、話も掛けて貰っていない)が、喋りは少しずつではあるが良くはなって来ていた。
それから少し経ったある日、オレはとある用事でアナウンス部を訪れていた、部長に資料を届けるためだ。そこにはおらず、部自体も女性が一人しかいなかった。
「森尾先輩どうしましたか?」一人いたのは森尾アナである。
「あら、和泉君」オレは部長の机に資料を置いてから彼女に向かい。
「元気ないみたいですね、気分転換にお茶でもどうですか」
「いいわね。ここ最近はどうなの?」
「あれから何も来ないです。一時だけでしたね」まあそんなものだ。本当は多分断られるだろうという前提でお茶に誘ってみたのだが、OKをもらってしまった。オレと森尾アナは外に出てコーヒーショップでお茶をすることにした。ここはスタッフもあまり来ない小さなショップだ。美味しいと評判で入社以降に散策した時に見つけた店だが、細い路地にあるので客は少ない。
「いつか聞こうと思っていたんだけど」森尾アナとはその前にいろいろ喋った後聞いてきた。
「なにをです?」
「アニメとマンガとフィギアの話」
「ここまで来てそんな話ですか?」
「だって気になるじゃない、京都であんな話が出てきちゃったら」
「オタクですよ、喋ったらきりがない」
「良いのよ、聞きたいわ」
「オレは逆になんで先輩がアナウンサーになろうしたか聞きたいです」
「わたし?わたしずうっと奈良で生まれて、幼稚園から帝塚山だったの。そのまま大学行って、でもテレビ局は考えてなくて。FMのDJやりたかったの」
「FMのDJですか?」
「でもFMのDJってFM曲入ったらなれるものじゃないってわかって、たいていタレントプロダクションからなの。でもフリーでやっているDJって、元テレビ局やAMラジオのアナウンサーだった人が多いの。仕方ないからAMラジオ局とテレビ局たくさん受けたら受かったのがここだったのよ」
「その喋りはどこで勉強してきたの?」
「大学の時DJになるって決めてから、しゃべりの勉強と思って。平端に奈良競輪場があって、そこに行って実況の真似事をやったの。開催日に行って、100円払って中に入るの。中に出走表が置いてあるからそれ取って、ゴール前に陣取ってスタートからゴールまで延々言うの。やっていない時は住之江とか土日は京都競馬場に行ったりとかしてね」
「ずいぶん変わっていますね」
「このせいかも知れないけど、度胸は身に付いたわ。さあキミの番だよ、私は一杯喋ったよ」
「オレですか、それがやりたくてTV局入った様なものだから」
「どう、実現できそう?」
「今は無理です、先輩は?」
「私といるときだけ森尾さんとか、先輩ってヤメナイ?」
「じゃあ何がいいですかね、えり子とかは流石にストレート過ぎで言いにくいですし」
「『えりりん』でいい、わたしは和泉君を『いずみん』にする」
「えりりん」
「なに、いずみん。そうだ、今思い出したんだけど一回どこかで会ったことあるよね?」
「えりりんと?いつですか」
「そうだ、思い出した。近鉄の中で、私その日一杯怒られて沈んでいた時。隣に乗って来たよね」
「思い出した。オレにテレビ梅田受けるなって言いましたよね」
「そうだ、言った。まさかいずみんとはね。何も考えなくて言っちゃたんだ。あー恐ろしい。もし落ちていたら最悪だよね」そう笑いながらコーヒーを飲んだ。オレとえりりんは当たり前のように番号とアドレスを交換し、それからしばらくして会社に戻った。




