【5】
神話の道を抜けて、トゥルーたちはまたも驚かされた。
てっきり神殿裏の広場に出ると思ってたのに、通路を抜けて見るとそこはなんと北の樹海の入り口だった。
その上ご丁寧なことに、神殿脇につないだ筈の馬たちも、樹海入り口の水のみ場で寛いでいた。
「ここは……」
「なんで、どうなってんだ? これはっ」
スコットとラウルが同時に声をあげた。
トゥルーは閉められた扉を振り返り、それに強力な術力維持の呪文がかけられているのを見つける。
「どうやら、あの神話の道が『聖道』だったようですね」
幾分嫌味をこめてトゥルーはメンバーに言う。
太陽神殿から樹海の入り口―――つまりここ―――までは、早馬で約3日の距離がある。西の国・トルマを出てガデマーラ山脈の流水・エルムト川を越えるまで1日。川のたもとの町からファグーゼ平原を抜け、コルセの森を抜けるまでに2日、といってもこれはかなり無理をしての日数で、普通に旅をするなら一週間はみたい距離だ。
「これで謎が1つ解けました」
感心しきりにエルナンがつぶやく。
「何故、『遠征』のメンバーは逃げ出さなかったのか。逃げ出す機会はたくさんあるはずなのに……そう思っていたんですけど」
「これでは、逃げるも何もないですよね」
「諦めて、運命を受け入れるって、わけか……」
スコットの言葉を受けて、トルドが天を仰いだ。
太陽紋の入った扉は、いつの間にか黒い石に変わり、糸のように連なる術力維持の空文字が、目くらましの魔法文字になっていた。
「これも、あのティラ神官の魔法か?」
トゥルーの隣に立ったラウルが、その石を見上げた。
トゥルーはまさかと笑ったが、魔法が解けるその中心にティラの力をみたような気がした。
もちろんここへ道をつなげる魔法を使ったのはティラなのだから、ティラの力を感じるのはあたりまえなのだが……。しかしトゥルーが見たのは、その魔法の元となるこの黒い石の中央部にある力の塊の中だ。
『遠征』が始まったのはもう何百年も前で、この『聖道』の基礎となる魔法石に魔法が組み込まれたのも同時期なはずだ。
術力は決して同じ物は生まれない。たとえどんなに似ていても、必ずどこか違うのだ。今現在生きている者と同じ波動があるなんてことはありえない。 それに、ティラがどんなに優れた魔法使いであっても、この石の魔法力に分け入るのは不可能だし、その必要もないだろう。
そんなことをしなくても、道を開くための呪文さえ知っていればこの石はその要求にすぐ答えるのだから。
「トゥルー?」
「なんでもないです」
「そうか?」
ならいいけど。もごもごとそうラウルはタイロの方へ歩いていった。
トゥルーはもう一度石を見上げ、唇をかんだ。
目を細め、石の中の力の束をたどる。石の外側から糸のような力が中心へむかって幾筋も走り、その中心て1つになって白銀のくすんだ光をはなっている。トゥルーはその力の1つに神経を集中した。
信じられないほどティラの気に似たその力は、1度滝のように地面へ流れてからまた上に向かい、それを2・3度繰り返した後にあちこちに散らばっていた他の力と絡み合い中心へ固まる。
「この中心が問題だな」
絡み合い1つになった中心は、それぞれ個人の術力が反発しあい、普通よりも強くその特徴が現れる。外側を取り巻く光を取り除くことが出来れば、力の形を確実に判別できる。
「トゥルー! ちょっと相談があるんだ、来てくれ」
意識を集中しようとしたその瞬間、ラウルの声がトゥルーをとめた。
現実に戻るふわりとした感覚に体をあずけながら、深く息を吐き出す。自ら術を使うときより強い緊張感が全身から抜けていく。
「トゥルー、早くっ!」
「今行くよ」
怒鳴られて、トゥルーはようやく石から目を離し、仲間の方へと向かう。
「馬は置いていきましょう」
「歩いていくのか?」
エルナンの声に答えたのはトルドだ。どうやらトゥルーがあっちで遊ぶうち、相談が進んでいたらしい。
「ラウル、あなたはどうです?」
「俺? 俺はどっちでもいいぜ、そりゃあ、馬の方が楽だけど」
「トゥルーは?」
「え、何がです?」
突然振られて、聞き返す。
「この樹海を馬で行くか、歩くかって話。この道が何処まで続いてるが分からないからさ。ああ、個人的には馬だけどね」
タイロが立ち上がりながらそう言った。スコットもその隣でうなずいている。トゥルーは少し考えてから、
「オレも馬がいいと思います。夕方になる前になるべく進んで、安全な休息地を見つけないと、樹海は恐ろしいでから」
「では、馬はどうするんです」
「森で捨てるのか?」
言うのと同時にエルナンとラウルが厳しい表情をした。トゥルーは仲間を見回す。
「馬には樹海の魔力は影響しないはずです。彼らは自然ですから……。樹海は、人の侵入を防ぐためのものです。昼の間ならまだしも、夜に樹海の中にいようものなら、自殺と同じです。それだったら日のあるうちに樹海の中にあるという洞窟まで行ったほうがいいと思います」
人、というところに強くアクセントをつける。
「【太陽伝承】ですか……あれは、この森の中でも真実として通用するのでしょうか?」
考え込むようにエルナンが言う。
「わかりません、逃げ帰ることが出来ない以上、信じた方が進みやすいんではないでしょうか?」
「確かに……で、洞窟の位置は分かりますか? 伝承では位置までは語ってなかったと思いますが」
「中に入ってからでないと、探るのは難しいですね」
言葉を選びながらそう答える。
【太陽伝承】がただの物語だといえばそれで終わりだ。でも物語の中には少しの真実が存在するとトゥルーは信じている。
そうじゃなければ、太陽神殿の意味も、この『遠征』の意味もなにもなくなってしまう。
「ここでいつまでも話し合っててもしかなたいだろう? とにかく進んだ方がいいとおもうけどね」
沈黙で答えが出なそうだったその場を救ったのは、タイロだった。全員の分の馬の手綱を持ち、トゥルーの背後に立っていた。
悪くなりかけた雰囲気がふっと軽くなる。
「そうですね、とにかく日のあるうちに少しでも進んだ方がいいですね」
そう言って、エルナンがトゥルーの肩を叩いた。
「行きましょう」
メンバー全員が馬に乗るのを待って、トゥルーは樹海への道へ踏み出した。
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