【52】
ティラは腕を伸ばして太陽紋に触れた。
ほんの少しの間の後、太陽紋が輝き出す。
青い透き通った光は、穏やかな柔らかさでこの場を覆っていく。
「太陽神と月の女神が出会ったことを知った人々は、どんな罰が世界に下されるのかと怯えた。太陽が消えるのか、月が落ちてくるのか、それとも世界が海に沈むのか。
人々は日々、いつ起きるかもしれない神の怒りを考えながら暮らしていた。
だが、いくら時が立っても、目に見えた変化はなく、数年もたつと罰に怯える暮らしに慣れ、あれは迷信だったのだと言う者もあらわれ始めた。
そんな時、一人の男が宣託を受けにやってきた。
もともと平和な世界だ、宣託を受けたいと願う者は年に一人ほどだ。その中でも試練に耐え山頂までたどり着くのは十年に一人。時には何十年も山頂へたどり着けないことはざらにあった。事件が起きてからは神の怒りを恐れ宣託をためらう者も多かったのだろう。だがその男は、何なく試練を乗り越え、山頂までたどり着いた」
ティラが手を横に振ると、部屋を覆っていた青い光がその手に移り、やがてティラの全身を包み込んだ。
「私たちはいつものように太陽神をこの地に迎えようとした。しかし、それは叶わなかった。太陽神がその力を示さなかったのだ」
ティラを包んだ光が一瞬強く輝き消え去ると、トゥルーたちは空高くにその場を移していた。
「ティラ様、これは」
トゥルーの問いに、ティラは足元を指差した。
声と共に、光の中心に何かが浮かび上がった。
大陸だ―――青い光に包まれてまどろむように横たわっている大陸。
「これはまだ太陽神が存在していた頃のル・シーニ大陸だ」
その手を追って視線を下げると言葉通り足下には、見慣れた神殿を中心に町が広がっていた。放射状に広がる町並みと港町特有の活気。時代が違うと言われなければ分からないほどに、トゥルーたちの知っているトルマに似ている。
唯一違うところと言えば、港につながる船の数とそこからあふれる人の量だろう。
「昔はいろんなとこから旅行者が来てたんだよなぁ、そういえば」
頬杖をついて足元を眺めているルーが、懐かしそうに呟いた。
今もトルマは貿易の町と呼ばれている。
ル・シーニ大陸の他の港町よりは、たくさんの船があり、それなりの活気はある。だが、今足元に広がる景色からは程遠い。船も、家も、人もその数は比べるまでもないほどに少ない。
「太陽神がいたころのトルマは、ルーの言うとおり、今よりも多くの船が他大陸からやってきていた。トルマは名実ともに貿易の町で、世界の中心だったともいえる。
多くの人々が訪れるこのトルマが他大陸に狙われず、平和だったのは、太陽神と月の女神がこの世界を統べるものとして、トルマを守っていたからだ。
だが太陽神と月の女神は出会い、それは罪となり、世界を創る神によって二神は空に封じられてしまった。
それはこの世界に、宣託を受けられなくなる以上の大きな影響を与えた」
ティラはまた手を振った。
鳥が空を横切るように景色が流れ、瞬く間に町を抜け川と平野と森を越えた。その方角から分かる目的地は間違いなく神の山だ。
「神の山……」
「そうだ。これは私の記憶を映しているのだ」
つぶやいたトゥルーに、ティラが答えた。
神の山の頂上まで視界が進むと、ティラは海の向こうを指差した。
「太陽神と月の女神が封じられると、ル・シーニ大陸も世界から封じられた。
それがル・シーニ大陸に与えられた罰でもあり、大陸を守るためのものでもあったと思う。
タイロ、トルド、君たちは海の壁を越えたことがあるだろう?」
「海の壁……界のことか?」
タイロが答える。
タイロとトルド以外のメンバーは、顔を見合わせた。
「海に出たことがない者は知らないと思う。トルマから外海へ向かうと、その途中に海の水が天に向かって昇り、壁のようになっている場所がある。それを船乗りたちは【界】と呼んでいるんだ」
トルドが不思議そうな顔のメンバーに説明した。
「【界】には神様がいて、その神様に許された者が乗る船だけが抜けることができる。神様が許さなければそこを抜けることはできない」
「あれはル・シーニ大陸とそこに住む人々をを封じるためでもあり、トルマを守るためのものだ。太陽神と月の女神が封じられたことで、二神によって統べられていた多くの神々がそれぞれに力を持った。
【太陽伝承】にもあったろう?
『幸多き大陸で人々争い、それは罪となった』と。
太陽神と月の女神がそろって天に封じられたため、他大陸の人びとはそれぞれの神とともにトルマの地を争うことになる。それから守るため、太陽神と月の女神に近い神によって作られたのだ」
ティラまふぅと肩を落とし、首を振った。
「私たちはそのことに、男が宣託を受けにくるまで気が付かなかった。
それどころか、ルーも、私も、あの山にいた神官たちも、太陽神の気配がないことさえも気付かなかったのだ」
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