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祭りの時  作者: 水瀬


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52/57

【51】

 トゥルーたちは神殿の三階に通された。

 神の山の神殿では『太陽の子』が眠っていた場所。寝台のかわりに椅子と、その向こうに輝く太陽紋の壁がある。


「あんな簡単に大祭を終わらせてよかったのですか?」


 椅子の一つに腰をおろしながら、トゥルーが聞いた。


「心配ない。祭りの終わりなんていつもあんなものだ」

「でもまだ何の……スコットのことも説明もしてなかったのに」

「スコットのことが心配か……そうだな。だがそんなに心配することはない。スコットは帰ってくる。いつになるかは分からないが、必ず帰ってくる」

「ですが、スコットが消えた場所にいた人たちはそうは言いませんでした」


 断言するティラにエルナンがそう言うと、ティラは驚いたように問い返した。


「あそこで誰かに会ったのか?」

「はい、ロスとリジアと名乗る人に会いました」

「そうか……ロスとリジアか……」


 懐かしそうにその名を呟く。


「ティラ様、【太陽伝承】とはいったい何なのですか? リジアは、【太陽伝承】が改竄されていると言っていましたが」

「改竄? それはまた大層な言われようだ」

「違うと言うのですか?」

「そうだな……ああそうだ、話をする前に……」


 ティラはエルナンを制して、太陽紋に手を伸ばし軽く触れた。

 その光の中に影が浮かぶ。


「ルー、こっちこられるか?」

「ああ」


 ティラが呼ぶと、返事とともに光の中の黒い影が人の姿になった。

 茶金の髪と七色の瞳の、トゥルーに似た若い男の姿に。


「大丈夫か?」

「大丈夫だ…久しぶりに通ったから、感覚が追いつかないみたいだ」


 ふらつきながら現れた男を、ティラが支える。


「その人は、誰ですか?」


 ルーが椅子に座るのを待って、エルナンが尋ねた。

 ルーは七色の瞳を面白そうに細め、


「私は、ルーと言う。かつて『太陽の子』と呼ばれ、太陽と月をこの地上で出会わせた者で―――」


 そこまで言って、悪戯を自慢するような表情を浮かべる。


「この世界に神々の罪を持ち込んだ者、とも言われている」

「それでは、説明になってない―――彼らは太陽神を知らないのだ」


 ティラがそうルーの肩を叩いた。

 ルーは、目を丸くした。


「知らない? せっかくキメたのに、知らない?」

「彼らは神がこの地に在ったことを知らないのだ」

「ああ、そうか。そうだったな。あぁ、もう忘れていた!」


 嫌そうに眉を寄せたティラに、ルーはがっかりしたように肩を落とした。


「一体どういうことなんですか?」


 すっかり尋ねるのが役目になってしまったエルナンが、ルーとティラの会話に割り込む。


「どうって……何から話せばいいのか」

「……だよな」


 二人は困ったように顔を見合わせた。


「ティラ様、【太陽伝承】とはいったい何なのですか?」


 黙ってしまった二人に向かって、エルナンは最初の質問を繰り返した。


「【太陽伝承】は太陽神と月の女神がル・シーニ大陸を作り出した時を描いた一文のことを言う。君たちも知っている【太陽伝承】の一番初めの文だ。遠い昔―――」


 ティラはそこまで言うと、トゥルーを見た。


「……遠い昔、世界を創る神は一つの大陸を生み出し

 守るべきものを持たぬ二神に与えた

 二神の力は不毛の大地を楽園に変え

 世界の変動に彷徨う人々に富を与えた

 幸多き大陸で人々争い、それは罪となった

 二神はその罪により昼と夜に分けられ

 同じ世界で合うことを禁じられ

 やがて太陽と月として世界を守るようになった―――

 というやつですか?」


 トゥルーは、ティラの視線を受けて、【太陽伝承】の最初の一文を諳んじた。

ティラとルーがそろって頷く。


「そうだ。【太陽伝承】は本来その文だけだ。その後に続くのは、ルーと二人で考えたものだ。改竄と言うよりも、補足の方が近いかもしれない」

「何故そんなことを」

「『遠征』の成功と、ル・シーニの歴史を残すため、そして、そうだな、贖罪のためか」

「贖罪?」


 真剣なティラの顔に聞き返すエルナンの声が小さくなる。知りたいことは山ほどあるのに、今はただ言葉を繰り返すしかないらしい。


「【太陽伝承】にあるように、太陽神と月の女神は同じ時にこの地を訪れてはならなかった。

だが約束ごとさえ守れば、人々は太陽神と月の女神の声を聞くことができた。

太陽神の宣託は神の山で、月の女神の宣託は月の宮で―――人々は神の声を聞くために試練に耐えて神の山に登り、試練を乗り越えたものだけが神の声を聞くことが出来た」

「じゃあスコットもその試練ってやつを受けているのか?」


 静かだったトルドが不意に声を上げた。


「いや、スコットは試練を受けているのではない。試練は、神の声を聞きたいと願う者に与えられるものだ」

「じゃあスコットは」

「私の想像でしかないが、彼は癒されるために、山に残ったのだ」

「癒される……」


 トルドはそう息を飲んだ。


「……どこから話せばいいだろうか? いずれ『遠征』を終える日が来ることを望んでいたが、本当にそんな日が来るとは思っていなかったから……」


 ティラはそうメンバーを見回した。そしてゆっくりと口を開く。


「まず、『太陽の子』についてだ。

……遠い昔、まだ【太陽伝承】が初めの文だけだったころ、人々は太陽神の声を聞くために、神を降ろす素質ある子供達を神の山に集め教育していた。君たちが『遠征』の途中で見た施設は、その為の場所だ。

選ばれるのは五歳から六歳の男子で、子供たちはあの場所で生活し、神の言葉を求める者が頂上にたどり着くのを待つ。そして、宣託を求め試練を乗り越えた者が現れると、太陽神によって一人の子供が選ばれる。その選ばれた子供のことを『太陽の子』と呼ぶのだ。

子供たちは神に選ばれるか、素質が失われまでその山に住む。素質が失われた場合は神官になる者もいるが、『太陽の子』に選ばれた者は、必ず山を降りることになる。

それまで、一度選ばれた者が二度選ばれた事はなかったが、間違ってまた神に選ばれないようにするためだ。どんなに素質があっても、神をその身を迎えることは、精神にも肉体にも大きな影響を与えるからだ。

神に選ばれた子供の中には、傷を負い、自身を見失う者もいた。そう言った者たちは、そのまま山から出すことはできない。彼らは神の山の中腹にある村へ招かれ、長い時間をかけて彼らの肉体と心を癒す。

あの村に住むことが許されるのは太陽神を降ろした者だけだと思っていたが、スコットはあの村に残ることを許されたのだろう」

「ならスコットは」


 トルドが、ぼそりとつぶやいた。

 ティラはそれに頷き、続ける。


「時間はかかるが、いつか心を癒し戻ってくるだろう」

「ティラ様は、スコットのことをご存じだったんですか?」

「知っていた。救うことはできなかったが……村の内部については私もよく知らない。だが私は何人もあの村で癒され戻ってきた者を見た。だからきっと、スコットも必ず戻ってくると思う」


 ティラの声には自信があった。

 トルドも、他のみなもほっとしたような表情になった。


「話を続けよう。

ルーも私も、山に住む子供の一人だった。ルーはかなり早い時期に神に選ばれ、すぐに山を降りたが、私は最後まで神に選ばれなかった。だから、成人とともにそのままあの山の神官となったのだ。神官となってすぐのことだ。ルーが罪を犯したのは」


 そう言って、ティラがルーを見た。

 ルーは肩をすくめる。


「そうだった。私は山に登ってすぐ神に選ばれた。運が良かったんだと思う。試練を乗り越える者が現れたことも、神に選ばれたことも。

私は山を降りた後、ずっとル・シーニを旅していた。もう行ってないところがないくらいにね。

だが、なるべくトルマに戻らないようにしていたというのもあるんだ。なんとなく帰ってはいけないような気がしていた。

だけどティラが神官になると聞いて、私は一度山に戻った。それがいけなかったのかもしれない。

成人した者、一度神を降ろした者が、二度神に選ばれることはないと言われていた。

私もティラも、そう思っていたから気がつかなかった。私に神とつながりが出来てしまったことに」


 ルーは、頭を振って、ため息をついた。


「私はティラに会い、すぐ山を降りた。嫌な予感はしていたんだ。

変わらないはずなのに、何かが違う。そんな感じがティラに会った後からずっと感じていた。

そして、私は逃げるようにトルマを後にし、また旅に出た。その旅の途中で訪れた場所で、私は罪を犯してしまった」


 言って、ルーは太陽紋を見た。

 白いやんわりとした光りを放つ放射状の模様。

 それは簡素で大雑把で、まるで子供の悪戯書きのような太陽だ。


「あれは、不幸な偶然だった。ルーが東の国に入ったとき、東の国では月の女神を呼ぶ大祭が行われていた。だが『月の巫女』の力が弱く、月の女神はルーの方に引き寄せられてしまった。準備も予想もしてなかったルーは驚いて太陽神へ祈った。神の山以外で太陽神が呼ばれるなど前代未聞のことだが、太陽神はルーの元へ降臨した。そのせいで、この地上で同じ時を過ごしてはならない太陽神と月の女神は、この地上で出会ってしまったのだ」

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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