【50】
トゥルーたちは、ティラに導かれて祭壇へと続く通路に入った。
初めて入った時は薄暗く、次に通った時は強い光に満ち【太陽伝承】の一場面が壁に刻まれていた。そして、三度目足を踏み入れた通路にあふれるのは柔らかな光と、真っ白な傷一つない壁だった。
ホールに近づくと、祈る声とはあきらかに違う声が聞こえてきた。
ティラは祭壇へと続く扉を少しだけ開けた。メンバーは自然とその困惑と疑念に満ちた声に耳を傾ける。
ホールで交わされる言葉は『ティラ様はどこにいらっしゃったのだ?』とか、『太陽紋が何故急に光りだしたんだ?』とか当然の疑問だ。中には大声で闇雲に叫んでいる者もいる。
ティラはメンバーに少し待つように言って祭壇へと出て行った。
「ティラ様はすぐにお戻りになる。今は祈りを・・・?」
突然のティラの出現で静まり返ったホールに、ローサンの声が響き渡った。
その声にローサン自身驚き、人々の視線が集まる方に振り返る。
「・・・ティラ様・・・」
ティラは人々の視線を受けながら、トゥルーたちからは死角になるレリーフに祈りを捧げた後、人々に向き直る。
「人の子よ、聞きなさい。我らが光の御方は我らの祈りを聞き届けられた・・・我らが希望の勇者たちはその役目を無事果たし、神の城の扉を開き―――太陽紋に輝きを取りもどした。『太陽の子』の復活だ」
漣のように人々の声が広がっていく。ティラの言葉の意味を問うつぶやきと、それを制す声が入り乱れる。
「ティラ様、一体何がどうなったというのです?」
ローサンが広がる声をまとめてそう尋ねると、ホールの中に渦巻いていた声が消えた。
ティラは天井を見上げ、石造りの高い天井から降り注ぐ太陽の光に目を細める。
トゥルーやホールに集まった人々にとって、『遠征』の前となんら変わることのない太陽の光だ。
「そう、『遠征』が成功したことによって、多くの疑問が生まれるだろう。だが今はそれを語る時ではなく、この『遠征』を成功させた勇者たちを迎える時だ」
そこで一度言葉を止め、不思議そうにしている人々を見回した。
「さあ! 『遠征』の勇者たちよ、入りなさい」
高々とティラが右手を上げ、トゥルーたちを呼んだ。
躊躇いながら一人づつ進み出ると、より大きなざわめきが生まれた。
「では今一度『遠征』の勇者たちを紹介しよう。アルマイエ家のエルナン。ケネクエス家のタイロ」
壇上に出た順に名を呼ばれ、メンバーは照れながらもホールを見回して軽く会釈する。
「アーネイス家のトルドヴァール。ホーマン家のラウル。そして・・・」
ティラはそこで一度言葉を止め、トゥルーを振り返った。不安そうな表情にトゥルーが眉を寄せる。
しばしの沈黙の後、ようやくティラはトゥルーの名を呼んだ。
「そして、バトラー家の、トゥルー」
ゆっくりと扉をくぐり、トゥルーは壇上に出た。出発の時はあわただしく通り過ぎた場所からホール全体を見渡す。
あの日ひれ伏しながら目だけでトゥルーたちを見ていた人々が皆、驚いた顔を青い衣の海の中に上げている。
「以上が、『遠征』を成功させた勇者達である・・・彼らは・・・」
「ティラ様、一人足りないようですが・・・スコットは、ライグ=スコットはどうしたんですか?」
ティラの言葉を遮って、ローサンが聞く。気まずさに顔を見合わせたメンバーは、自然とその目ををエルナンに向ける。
そうすると、ホール中の視線がエルナンに集まる。
「・・・スコットは脱落しました」
「脱落? エルナン、それはどういうことなんだ?」
「それは・・・」
ローサンの問いにエルナンは口篭もる。あの村や、森のことを説明しろと言っても簡単にできることじゃない。
「脱落と言うのは適切な言葉ではない」
エルナンの言葉にかぶせるように、ティラが話し出した。
「『遠征』の仲間からは逸れてしまったが、スコットは新たな役割を与えられたのだ。『遠征』のメンバーが目覚めさせた『太陽の子』と我々を結ぶ最初の者としてあの森に招かれたのだ」
「それは【太陽伝承】に関係があるんですか?」
「そうだ。神の城が開かれた今、【太陽伝承】に描かれた太陽神の物語もまた復活する。だが先にも言ったように、その物語を語るのは今ではない。物語は、今ここにいない者―――ライグ=スコットが神の山から戻ったときこそ、語られるべきものだ。スコットがその役割を無事に果たし、この神殿のこの場に立った時、神の山と『太陽神殿』の意味が真に理解できるだろう。だから今は、神の城の扉を開いた勇者たちを称え、この大祭の新たなる始まりを祝したいと思う。さあ、みなで今一度太陽神に祈りを捧げ、祝杯をあげようではないか!」
ティラは高々と両手を上げ、どよめく人々に背を向け大きな声を張り上げた。
「ティラメイタル・ケラマイトラ!」
「「「ティラメイタル・ケラマイトラ!」」」
押し切られるように人々はティラに続いて声を上げた。
まとまった声は地鳴りになって神殿を揺さぶる。
「さあ、町へ! 太陽神の復活を祝おう!」
経典を読み上げるだけの面白みのない祭りが、一転して活気あるものに変わった。ティラの声に押し切られるように人々は立ち上がり神殿の外へと向かう。理由はわからないが祝杯という言葉に、禁欲を強いられていた人々の心はあっさりと流されてしまったのだ。
ティラはそれを見送って、町で起こるだろう事態の収拾をローサンに頼み、ようやく壇上に残されたメンバーを見た。
「疲れたろう? 場所を変えよう」
トゥルーたちは、ティラに導かれて祭壇へと続く通路に入った。
初めて入った時は薄暗く、次に通った時は強い光に満ち【太陽伝承】の一場面が壁に刻まれていた。そして、三度目足を踏み入れた通路にあふれるのは柔らかな光と、真っ白な傷一つない壁だった。
ホールに近づくと、祈る声とはあきらかに違う声が聞こえてきた。
ティラは祭壇へと続く扉を少しだけ開けた。メンバーは自然とその困惑と疑念に満ちた声に耳を傾ける。
ホールで交わされる言葉は『ティラ様はどこにいらっしゃったのだ?』とか、『太陽紋が何故急に光りだしたんだ?』とか当然の疑問だ。中には大声で闇雲に叫んでいる者もいる。
ティラはメンバーに少し待つように言って祭壇へと出て行った。
「ティラ様はすぐにお戻りになる。今は祈りを……?」
突然のティラの出現で静まり返ったホールに、ローサンの声が響き渡った。
その声にローサン自身驚き、人々の視線が集まる方に振り返る。
「……ティラ様……」
ティラは人々の視線を受けながら、トゥルーたちからは死角になるレリーフに祈りを捧げた後、人々に向き直る。
「人の子よ、聞きなさい。我らが光の御方は我らの祈りを聞き届けられた……我らが希望の勇者たちはその役目を無事果たし、神の城の扉を開き―――太陽紋に輝きを取りもどした。『太陽の子』の復活だ」
漣のように人々の声が広がっていく。ティラの言葉の意味を問うつぶやきと、それを制す声が入り乱れる。
「ティラ様、一体何がどうなったというのです?」
ローサンが広がる声をまとめてそう尋ねると、ホールの中に渦巻いていた声が消えた。
ティラは天井を見上げ、石造りの高い天井から降り注ぐ太陽の光に目を細める。
トゥルーやホールに集まった人々にとって、『遠征』の前となんら変わることのない太陽の光だ。
「そう、『遠征』が成功したことによって、多くの疑問が生まれるだろう。だが今はそれを語る時ではなく、この『遠征』を成功させた勇者たちを迎える時だ」
そこで一度言葉を止め、不思議そうにしている人々を見回した。
「さあ! 『遠征』の勇者たちよ、入りなさい」
高々とティラが右手を上げ、トゥルーたちを呼んだ。
躊躇いながら一人ずつ進み出ると、より大きなざわめきが生まれた。
「では今一度『遠征』の勇者たちを紹介しよう。アルマイエ家のエルナン。ケネクエス家のタイロ」
壇上に出た順に名を呼ばれ、メンバーは照れながらもホールを見回して軽く会釈する。
「アーネイス家のトルドヴァール。ホーマン家のラウル。そして……」
ティラはそこで一度言葉を止め、トゥルーを振り返った。不安そうな表情にトゥルーが眉を寄せる。
しばしの沈黙の後、ようやくティラはトゥルーの名を呼んだ。
「そして、バトラー家の、トゥルー」
ゆっくりと扉をくぐり、トゥルーは壇上に出た。出発の時はあわただしく通り過ぎた場所からホール全体を見渡す。
あの日ひれ伏しながら目だけでトゥルーたちを見ていた人々が皆、驚いた顔を青い衣の海の中に上げている。
「以上が、『遠征』を成功させた勇者達である……彼らは……」
「ティラ様、一人足りないようですが……スコットは、ライグ=スコットはどうしたんですか?」
ティラの言葉を遮って、ローサンが聞く。気まずさに顔を見合わせたメンバーは、自然とその目をエルナンに向ける。
そうすると、ホール中の視線がエルナンに集まる。
「……スコットは脱落しました」
「脱落? エルナン、それはどういうことなんだ?」
「それは……」
ローサンの問いにエルナンは口篭もる。あの村や、森のことを説明しろと言っても簡単にできることじゃない。
「脱落と言うのは適切な言葉ではない」
エルナンの言葉にかぶせるように、ティラが話し出した。
「『遠征』の仲間からは逸れてしまったが、スコットは新たな役割を与えられたのだ。『遠征』のメンバーが目覚めさせた『太陽の子』と我々を結ぶ最初の者としてあの森に招かれたのだ」
「それは【太陽伝承】に関係があるのですか?」
「そうだ。神の城が開かれた今、【太陽伝承】に描かれた太陽神の物語もまた復活する。だが先にも言ったように、その物語を語るのは今ではない。物語は、今ここにいない者―――ライグ=スコットが神の山から戻ったときこそ、語られるべきものだ。スコットがその役割を無事に果たし、この神殿のこの場に立った時、神の山と『太陽神殿』の意味が真に理解できるだろう。だから今は、神の城の扉を開いた勇者たちを称え、この大祭の新たなる始まりを祝したいと思う。さあ、みなで今一度太陽神に祈りを捧げ、祝杯をあげようではないか!」
ティラは高々と両手を上げ、どよめく人々に背を向け大きな声を張り上げた。
「ティラメイタル・ケラマイトラ!」
「「「ティラメイタル・ケラマイトラ!」」」
押し切られるように人々はティラに続いて声を上げた。
まとまった声は地鳴りになって神殿を揺さぶる。
「さあ、町へ! 太陽神の復活を祝おう!」
経典を読み上げるだけの面白みのない祭りが、一転して活気あるものに変わった。ティラの声に押し切られるように人々は立ち上がり神殿の外へと向かう。理由はわからないが祝杯という言葉に、禁欲を強いられていた人々の心はあっさりと流されてしまったのだ。
ティラはそれを見送って、町で起こるだろう事態の収拾をローサンに頼み、ようやく壇上に残されたメンバーを見た。
「疲れたろう? 場所を変えよう」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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