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祭りの時  作者: 水瀬


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【49】

 帰り道は異様な程に短く感じた。

 ティラはごく自然にトゥルーたちが通ってきた道を戻り、地面に埋められた透明の石を見つけると何事かを呟いた。

 途端、彼らは地面下にはあった神殿の太陽紋の前に移動していた。

 急な移動にぼんやりしているトゥルーたちを置いて左の扉へ消えたティラは、いくらもしないうちにエルナンとトルドをつれて戻ってきた。

 何か言いたげな顔で現れた2人が、トゥルーを見て走りよった。


「『遠征』はどうなったんです?」

「何でティラ様がいるんだ?」


 掴みかからんばかりの勢いで、至極当然な質問。

 トゥルーとラウルはほぼ同時に答えた。


「それは、まだオレたちも分からないんです」

「話は後なんだと」


 メンバーが言葉を交わす間さえおしいのだろう、ティラはすでに外へ続く道へと向かっている。

 そして、トゥルーたちを振り返った。


「さあ、行こう」


 口を開きかけていたラウルが肩をすくめ、仕方がないというように歩き出した。

 そこから先は、来る時と何もかもが違っていた。

 暗かった通路に進むと、来る時はかろうじて灯っていたあかりが強い光で通路を照らし出していた。

 左右の壁全体を澄んだ水が覆うように流れ落ち、道の両側の細い溝の中にどんどんと飲み込まれて行く。エルナンがあの時指差した仕掛けさえ見えなくなる量だというのに、一滴の飛沫もトゥルーたちへは届かない。

 薄暗かった通路が、きらきらと反射する光と清々しい空気で別の場所のようにみえた。

 これがあのルーという男が言った、『太陽の子』が目覚めて変わるいろいろなことの一つなのだろう。


 ティラは慣れた足取りで進み、開かれたままの扉をくぐる。そして全員が中に入るのを確認すると、やはり何事かを呟やく。トゥルーたちが苦労と偶然で開けた扉は音もなく閉じ、するすると上昇し始めた。


「ティラ様、これは魔法なんですか? それとも何か別の仕掛けなんでいょうか?」

「自然の力と魔法と技術を組み合わせたものだ。どの力が欠けても正常には作動しない」


 エルナンが尋ねると、ティラはそう答えた。『遠征』のことには一言も口にする気はないらしいが、それ以外のことには答えてくれるようだった。エルナンは続けて質問をしようとしたが、上昇の時間はひどく短くすぐに出口へとたどり着いてしまった。

 足元が安定するのを待たずにティラはまた歩き出す。


 緩やかに曲線を描きながら下っていく道を進み、尖った岩からまっすぐな道に入る。

 下り坂だからというだけではなくその速さは、登ってきた時の半分もかかっていない。

 湖の真上に出る門まで来て、ようやくティラが振りかえった。


「一度通った場所だ。要領は分るだろう。先に行っているから、後から落ち着いて来なさい」

「え、でも」


 戸惑っているメンバーに構わず、ティラはそう門をくぐってしまった。

 トゥルーたちはそれぞれに、前回通ったときを思い出しながら門に挑んだ。

 力を取り戻し白い光を放つ門の中、重苦しい空気を数歩進んだだけであっさりと湖に出た。

 そこは相変わらず暗かったが、四方の岸辺で小石が白い光を放ち、その光を受けてうっすらと青く輝く湖面には白い船が浮かんでいた。


 トゥルーたちは、全員が揃うのを待って、船に乗り込んだ。

 船にはあの女の姿はなく、タイロが甲板でメンバーを待っていた。

 船はてっきり対岸の船着場に着くと思っていたのに、湖を真っ直ぐに横切り、湖水と一緒に川へと流れ込んだ。そして、そのまま一気に下まで降りきって川岸の船着場へと着岸した。


「座ってる暇はないぞ。さあ、こっちだ」


 安定しない方向感覚に、船着場でへなへなと座り込んだメンバーをティラが急かした。

 ふらつきながらその後を追う。船着場から伸びる道は森に続いていて、森に入るとどこからか馬の鳴き声が聞こえてきた。

 足を速めてさらに進むと木々が不意に途切れ、丸く開けた場所に出た。

 そこには6頭の馬が手綱もなく並んでいた。


「乗りなさい。転移門まではすぐだ」

「ティラ様、スコットは? 途中で合流するんですか?」


 スコットが森の途中の村に戻ったなら、途中で会えるはずだ。

 転移門―――あの黒い石が掻呼ばれるものなら、この道はあの村にも続いているだろう。


「トルマに帰るのは私たちだけだ」

「そんな、どうして」

「スコットのいる場所は入れない場所にあるからだ。選ばれた者だけが入れる場所で、一度入れば時が来るまでは出られない。そして何よりその場所がどこか分らない」

「じゃあ、スコットは……」


 トゥルーが聞き返すと、ティラはメンバー1人1人の目を見た。


「スコットは選ばれた者だから、いずれ自らの足でトルマに帰ってくる。その時彼は新しい何かを手に入れているはずだ」

「だから迎えに行かないのか?」


 トルドがそう眉を寄せる。ティラは頷いた。


「迎えに行くことはスコットの為にならない」


 スコットの話を知っているメンバーはその言葉に口を閉ざした。ティラは皆を促し、道を急いだ。

 道は少し進んだだけでレンガで舗装されたものに変わった。神の山に入った時には蔦が絡み付き日の光もなかったのに、今は涼やかな風と降り注ぐ太陽の光溢れる道に変貌していた。もちろん同じ道だと気がついたのは、ティラが転移門と呼んだあの黒い石にたどり着いてからだった。

 ティラは馬上で呪文を唱えた。トゥルーにもそれとわかる程にはっきりとした口調で。

 瞬く美しい魔法糸が黒い石に纏わりつくと同時に石は太陽紋の刻まれた扉に変わり、トゥルーたちが辿り着いた時にその扉は大きく開かれていた。


 馬は躊躇うことなく扉をくぐり、その次の瞬間には『太陽神殿』の裏手に出ていた。

 馬首を上げ急停止する。

 ティラは誰より先に馬を降りると神殿の入り口に立ち、メンバーが馬から下りるのを待って両手を広げた。

 その姿は『遠征』の始まりにトゥルーたちを招きいれた時とまったく同じだ。

 そしてティラはゆっくりと告げた。


「勇者たちよ。旅の終わりだ―――さあ、神殿の中へ」


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


明日の更新はお休みします。

次話は14日になります。

よろしくお願いします。

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