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祭りの時  作者: 水瀬


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46/57

【45】

 太陽紋の真ん中の隙間にひたすら力を込める。

 長い時間をかけてこぶしほどの隙間を開けると、後は驚くほどすんなり開いた。


「開いたな」


 すっかり開きったところで、ラウルがそう言った。

 太陽紋は左右の壁の中に完全に隠れ、変わりに薄暗い小さな空間が現れる。

 これまでのように道があるだろうと想像していたトゥルーは、期待はずれの結果にため息を漏らした。

 しかし、黙って突っ立っている訳にはいかない。覚悟を決めて、ゆっくりと空間に足を踏み入れた。

 そこは楕円形の大人2人が入れるほどの広さの部屋だった。

 乳白色の見た目は滑らかそうな壁は、妙な弾力があり触れるとジワリとへこみ、その感触は思わず顔をしかめたくなる。


「大丈夫なのか?」


 ラウルが心配そうな声を出す。

 先刻、突然飛ばされたのが堪えているのか、かなり警戒しているようだ。

 トゥルーは肩をすくめながら、部屋内を見回した。

 そして入り口のすぐ脇に小さな窪みを見つけた。トゥルーは恐る恐るそこに触れた。


「トゥルー!」


 部屋の外からラウルが止める声と、トゥルーの指先に小さな振動が伝わるのは同時だった。

 何か起こるかとトゥルーは身構える。

 がいくら待っても何か起きる気配はない。


「……どうした?」

「何か押したみたいなんですが」

「おい」


 不安気な顔がさらにゆがむ。

 ひとしきり部屋を眺めたラウルは、ようやくあきらめて足を進めた。

 すると、それを待っていたように遥か高い場所から強い光が降ってきた。


「今度は何だ!?」


 目を覆ったトゥルーの隣で、ラウルがそう叫んだ。

 2人を包む真っ白な強い光は、一瞬弾けるように輝いて消える。

 まばたき一度の間だったが、視界を奪うには充分だった。


「ラウル、いますか?」


 光の残像に目を瞬かせながら、トゥルーは声を張り上げた。

 魔法が動いた感じはしなかったし、光以外の何がが起こったようにも思えなかった。ただ自分を取り巻く空気が、不意に開放された気がした。


「ああ、ここだ。ここにいる」


 すぐ近くでそう声があがる。

 トゥルーはようやく慣れてきた瞳で、ラウルの姿を探した。

 ラウルは数歩離れた場所で、トゥルーと同じように目をぱちぱちとさせていた。


「大丈夫ですか?」

「お前、今のトゥルーだよな」

「はい?」


 質問の意味がわからず首をかしげると、ラウルは軽く頭を振った。

 その間にも目はどんどん慣れていく。


「また森か」


 ラウルが忌々しげに呟いた。トゥルーは明るい陽の光に満ちた森を見回した。

 トゥルー達がいるのはどこかから続く小道の行き止まりの場所なのだろう。三方は手入れされた形の良い木々の壁があり、前方に落ち葉一枚ない石畳の小道が伸びていた。

 木々はよく手入れされており、心地いい風に葉を揺らしながら眩しくない程度の木漏れ日を落としている。

 長い間、人が入らなかったと聞いていたのに、その光景はどこか異様なものだった。


「魔法、なのか?」

「いえ魔法じゃないです」


 ラウルの問いに答えて、トゥルーはふと足元を見た。

 白い石畳に覆われた地面の真ん中に、他とは違う透明な石がはめ込まれていた。

 跪いて覗き込むと、その石の向こうにトゥルー達が先程までいた小部屋があった。


「何が見える?」

「さっきまでオレたちがいた場所です」

「何か仕掛けがあったのか。エルナンがいれば喜びそうだな」

「そうですね、エルナンかトルドがいればこれが何か分かったでしょうね」

「……2人、無事だろうか?」


 ラウルの小さな声に、トゥルーは答えることが出来なかった。

 次の言葉が出ないまま、二人はどちらともなく歩き出した。

 戻ることは出来ないなら進むしかない。

 道は一本しかない。迷うことも間違うこともないのだ。

 眠気を誘う優しい風に身を預けて、これ以上無いほどゆっくりと歩く。

 こんな状況じゃなければ、至福の時間とも言えるだろう。


「ラウル、ラウルは、あの森で何を見たんですか?」


 どのくらい歩いたか、不意にトゥルーはそう尋ねた。


「あの森?」

「スコットがいなくなったところです」

「ああ、あの時か。お前は?」

「オレはティラ様にはじめて会ったときのことです」

「それってどういう思い出? いい思い出か? それとも悪いほうか?」

「うーん、会ったときはいい思い出ですが、その後いろいろありましたから、どちらともいえませんね」


 魔法の美しい流れを思い出しながら、トゥルーは曖昧に言った。


「お前に助けられた後の他の奴らも、みんな辛そうだったからな」

「そうですね。あの魔法は人の心に入り込む魔法でした。多分オレが魔法使いじゃなかったら、もっと嫌な場面を思い出していたと思います」

「へえ……魔法使いは得だな」


 ラウルの言葉に、トゥルーは苦笑いする。

 確かに自分で選んだ場面じゃない。とはいえ、心の深い部分は守っていたからあの場面が現れたのだ。他のメンバーは選ぶことすら出来なかったのに。


「……ラウルは何を見たんです?」

「俺か? 俺は、北の国を見ていた」


 消え入りそうな声がそう告げる。


「最近忘れかけていたから、あれが俺の心の中だっていうなら鮮明すぎて驚きだったよ」

「ラウル」

「後悔してるかって聞くなよ、後悔はしてないからさ」

「聞きませんよ。ああ、そうだ。北の国といえば」


 言ってトゥルーは腰の袋から赤い石を取り出した。


「これ、返しておきます」

「これは?」


 旅の始まりの洞窟でラウルが使った『出火石』だ。

 ラウルが北の国で白い髪の少女からもらったものだ。

 見れば分かるだろうそれを差し出す。


「力を封じなおしておきましたから」

「……」


 ラウルは驚いた顔で石に手を伸ばし、躊躇する。

 そして、暫く考えた後、その手を引っ込めた。


「ラウル?」

「それはもう俺のじゃない……」

「でもあなたのですよ」

「分かってる、でも、俺はもう使ったから……」

「これは彼女のですよ。持っているのは貴方でなくてはならないでしょう?」


 尋ねるトゥルーに、ラウルは大きなため息をついた。


「そうだ。俺が持っているべきものだ。でも、俺はもう手放したんだ。だからお前が持っていてくれ」


 言ってラウルは少しだけ笑った。


「頼むから」


 まっすぐ目を見て言われて、トゥルーは石を握り締めた。


「じゃあ、預かっておきますよ。必要になったらいつでも言ってください」


 行き場をなくした石を袋に戻し、先に歩き始めたラウルの背を追った。

 やがて、小道は小さな広場に出た。

 トゥルーは目の前の光景に眉を寄せる。

 広場とその向こう側に立つ建物に見覚えがあった。

 ベンチやブランコはないがその広さと形、取り囲む木々の生え方。そして何より薄黒い石に刻まれたレリーフ。そのすべてが記憶にあるものと一致している。


「あれ、どっかで見たような気がするな」

「ええ、似ていますね」


 2人は自然とそんな会話をした。

 何故なら目の前には、トルマのあの神殿があった。


 そう、太陽神殿が―――


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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