【44】
「トゥルー! ラウルっ!」
忽然と2人が消えた壁に向かって、トルドが叫んだ。
慌てて駆け寄って壁を触るが、そこはただの壁だった。
何が起きたのか分からずに、トルドは振り返る。
「エルナン、2人が!」
「分かってます」
「おいっ!」
「落ち着いてください。落ち着かないと、あ……」
「なんだよっ!」
「音が止みましたね」
言われてトルドは、地響きに似た音が聞こえなくなったことに気が付いた。
「……ああ、本当だ。でも、どうして……」
「分かりませんよ」
無表情で無感情な声でエルナンが答えた。
「理由は分かりません。でも、あの2人なら多分大丈夫ですよ」
「はあ?」
何でそうなるんだと眉を寄せるトルドを無視して、エルナンは2人の消えた壁を見据えた。
「答えはもうすぐ出るはずですから」
―――魔法が動き出した。
そう理解したとき、トゥルーはもちろん対抗しようとした。それが移動の魔法だとすぐに分かったし、自分でもくい止めることができる程度のものだと思った。
だが、魔法を断ち切る呪文を紡ごうとした唇は、出現した魔法に動かなくなってしまった。
魔法が想像よりも高度だったとか、トゥルーの魔法が封じられたとか、敵意に気圧されたとかじゃない。
その魔法が、今まで見たこともないほどに完成された魔法だったからだ。
「トゥルー!」
「ラウルっ!?」
背後からエルナンとトルドの叫ぶ声が聞こえた。
何かしなければと、開きかけた唇に力を込めるが続く呪文は出てこななかった。
魔法は一瞬の間にトゥルーとラウルを取り込んだ。
きらきらと光を放つ無数の光が溢れるように現れては消えていく。
トゥルーが森から洞窟へ飛ぶときに使った魔法と同じものであるはずなのに、その魔法は何もかもが違っていた。
魔法の流れはどこまでも優しく、どこへ向かうとも知れないのに驚くほどの安心感があった。異空間に放り込まれているのに、その細い魔法糸に包み込まれていると、まるで守られているような気にさえさせられる。
それは、トゥルーのように荒削りで力任せの魔法ではなく、かなり力を持った魔法使いによって創られた魔法だという証でもあった。
はじめて見た魔法はティラの魔法だった。
ティラはトゥルーの知る数少ない魔法使いの中でもずば抜けた力をもっている。
普通なら4・5人がかりで使うような魔法を1人で難なくおこなってしまう程で、ティラが魔法を使うとき彼を囲む色とりどりの光はその力をあらわすように調和を奏でる。
息を吸うように自然に生まれる魔法は、この世界の宝石すべて集めたよりも美しく輝くという。そして、ティラの魔法は芸術と言っても良いほど美しい。
だが今目の前にある魔法は、ティラの魔法さえ色あせてしまうほどだった。
細く完成された、非の打ち所のない魔法をトゥルーは見たことがない。
それは綺麗だとか美しいとか、そんな言葉では足りないのだ。
食い入るように、トゥルーは流れていく魔法を見つめる。魔法が力を持っているこの瞬間を見逃したくなかった。
永遠ともとれる長い一瞬の後、トゥルーたちを包んでいた魔法がはじけた。
魔法糸のきらめきが不意に消え失せ、白い光が戻ってくる。
衝撃も不快感もなく魔法は途切れた。
トゥルーは微かに残る魔法糸を捕まえようと手を伸ばす。
「トゥルー」
伸ばしきったところでラウルが声をかけた。トゥルーははっとして振りかえった。
「移動したんだよな?」
問われて、トゥルーはあたりを見回し、飛ばされる前いた部屋と違うのを確認して頷いた。
「ええ」
「これはお前の魔法か?」
「いえ、違います。オレじゃありません」
「……だ、よな。どうりで何だかいつもと違うと……」
いいかけて、ラウルはトゥルーを見た。
「何ですか?」
「いや、その、すまん」
何で謝るんだろうと眉を寄せたトゥルーは、思い当たった理由に小さく舌打ちした。
「悪かったですね。下手くそで」
「いや、そういうつもりじゃないんだが」
ラウルはごまかすようにあたりを見回して、首を傾げた。
「ここって最初の神殿か?」
「さあ、でも似てますね」
2人は顔を見合わせるとすぐに左右に見える扉に走った。
扉を開ければここが同じ場所かどうかすぐに分かる。もし同じ扉なら、側の扉の向こうにはエルナンとトルドがいるはずだ。
だが扉は押しても引いてもびくともしない。
ラウルは祭壇と向かい合う場所にあった入り口に走り、それらしき場所をまさぐった。
「ちくしょう!」
と、ラウルが扉にこぶしを打ちつける。
トゥルーは開かない扉に体を預け、そのままずるずるとしゃがみこんだ。
「閉じ込められたのかよ!?」
ラウルのそれには答えず、トゥルーはもう一度神殿内を見回した。
そして、ふと祭壇の太陽紋が目に止まる。
見た目には何の変化もないようだが、なんとなく気になった。
トゥルーはふらふらと立ち上がり、太陽紋に触れてみた。
暗い通路を通り、そこからここに飛ばされる前に触れたときと同じように、何も感じない。
「……だめか」
そう俯いたトゥルーは、感触の違和感に顔を上げた。
変化がないような太陽紋を両手でなぞっていく。
「隙間がある?」
トゥルーは思い切って紋を押してみた。
「どうした?」
ラウルが気付いて駆け寄ってくる。
「開きそうなんです。力を貸してください」
「おう」
「行きますよ、せーの!」
2人で声を合わせて力を込めた。
扉を開ける作業というよりも、タンスとか石とか動かすような感じだ。
掛け声をかけること数回、太陽紋がパックリと割れた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も、よろしくお願いします。




