【42】
絵にかけられた幾重の魔法。たくさんの意識を感じるのに、自然と追うのはティラの力によく似た魔法糸だった。
そのせいだろうか、ティラの言葉を思い出す。
―――魔法は一つの流れだ。どんな魔法もいずれは大きな流れの中に帰っていく。長い時を越える魔法はその時間の分だけ強い思いが必要になる。
ティラの力はゆるぎなく、トゥルーの知る幾人かの魔法使いの中でもすば抜けていた。トルマで最も信頼される神官という穏やかな姿からは想像できない程だ。
トゥルーに素質があることはティラも、他の魔法使いも認めてくれてはいたが、どこか不安定で簡単に綻びた。
『心が弱いせいなのか?』と尋ねたこともあった。するとティラはそんなことはないのだと困った顔をする。
そうなると自分ではどうしていいか分からない。
ティラや他の魔法使いがどんな思いで魔法を創り出すのか、分からないのだ。
「トゥルー」
不意に肩を叩かれて、トゥルーは振り返った。
自分の考えに浸りきっていたせいで反応がかなり遅れる。
「なんだか顔色が悪いぞ。少し休めよ」
余程ひどい顔をしているのか、トルドの声は気の毒そうだ。
どのくらいの時間が過ぎたのかは分からないが、自分自身かなり疲れているのを感じた。
トルドの言葉に頷いて、トゥルーは本棚前にあった椅子に腰掛ける。
すぐにラウルとエルナンが近づいて来た。
「大丈夫か? トゥルー」
「ええ、それより何をしていたんですか?」
「部屋の片付けですよ。何か先に進む手がかりが得られるのではないかと思ったんですが……」
エルナンがそう何も見つからなかったという身振りをした。そして、
「トゥルーの方はどうです? 何か分かりましたか」
と逆に返してくる。トゥルーは曖昧な微笑みを浮かべた。
部屋の様子からしてやはりかなり長い時間が過ぎたようだった。あちこちにまとめられた玩具の山がそれを物語っている。
皆がそれぞれに手がかりを探していたのに、トゥルーはティラの力に似た魔法糸をただ無意味に追っていたのだ。
「……成果はあまりないです」
「そう、ですか」
曖昧に首を振ったトゥルーに小さく返事をして、エルナンは考え込むようにうつむいた。
「そんな簡単に分かるわけないよな。だって、太陽神の魔法なんだろう?」
ラウルの問いにトゥルーは首をかしげた。
「……太陽神の魔法とは違うような気がするんですけど……」
「……気がするって?」
ラウルが驚いた顔をする。
「わからないのか?」
「本物の太陽神の魔法ってのを見たことないので、なんとも言えません」
「でもお前の使う魔法は、太陽の魔法なんだろう? あの女がそう言ってなかったか?」
「ええ、そうです。この西の国は太陽神の制約圏ですから、太陽神殿の神官見習いのオレが太陽の魔法なのは普通でしょう」
トゥルーはそう肩をすくめる。
「魔法力は使った者の性質―――特長が現れます。知っている者の力なら分かることもありますけど、見たこともない力や交じり合った力を判別するのは、オレには無理です」
「へえ、そうゆうもんなんだ」
分かったのか分からないのか、ラウルがしきりにうなずく。
「トゥルー、トゥルーが使う魔法は太陽の魔法で間違いないんですね?」
不意にエルナンが声をあげた。トゥルーは頷く。
「ええ、そうです」
「トゥルーはここに入ってから魔法を使いましたが、あれも太陽の魔法ってことですよね?」
「はい、でも、それが何か?」
「湖の女性はここが閉じられたと言いました。なのにトゥルーは太陽の魔法を使える。おかしくありませんか?」
眉を寄せてエルナンは続ける。言葉一つ一つを確かめるようにゆっくりと。
「そうですか? 魔法はどこにでもある力ですよ。魔法使いなら制約にさえ引っかからなければ、どこでも魔法を使えるはずですけど」
「ならなおさらでしょう。あの女性の言葉が太陽の魔法が閉じられているという意味なら、トゥルーが太陽の魔法を使えるのはおかしくありませんか?」
「そう、でしょうか」
意味がよくつかめない。トゥルーは頭を振った。
「すみません。よく分からないんですけど」
「だから……」
「エルナン、難しい話はやめようぜ。今はとりあえず先に進むこと考えないと」
今まで何をしてたのか、トルドが突然割って入った。
「とりあえずさ、一端戻って神殿の向こう側にいってみようぜ。何か分かるかもしれないし」
「ですがトルド。『太陽の子』が何なのかってゆうのもヒントのような気がするんです」
「行ってみれば分かることだろ? 今は先に進むのが一番なんじゃないのか?」
エルナンの言葉にトルドが強い口調でそう返した。だがエルナンは引かなかった。
「だからといって、闇雲に動いても意味ないでしょう」
「なっ! じゃあ、ここにこれ以上いて何があるんだ? 玩具で遊んでるってのか?」
「この絵は不自然ですよ。なんで子供部屋の絵に魔法がかかってるんです? 間違いなく大きな手がかりですよ」
次第に大きくなるエルナンの声に、メンバーは黙り込んだ。
「この部屋が子供部屋なのは間違いないと思います。でも一人や二人のための部屋じゃない。少なくとも10人以上のための部屋でしょう。私たちが復活させようとしているのは『太陽の子』です。それが太陽神とどう関わっているのか、手がかりになるのではないですか?」
「……そうだな」
トルドが小さくため息をついた。力を抜くためについたのだろう。トルドを包んでいた緊張感がなくなる。
「で、どうするんだ?」
床に座り込んで、トルドはエルナンを見た。
エルナンも息をついて座り込む。
「トゥルー、あの絵の魔法はどんなものなのですか?」
「どんなものって言うと?」
「たとえば、絵を保護するためのものだとか、時間によって変化するだとか……」
「ああ、えっと、これは推測ですが、この山に入るとき通った『聖道』……覚えていますか? あれと同じようなものだと思います」
3人が首をそろって首をかしげるのを見て、トゥルーは眉を寄せた。
どう説明しようかと、暫し悩む。
「魔法には幾つか種類があるんですが、『聖道』のように大きな魔法はあらかじめ幾人かで基本となるものを作っておくんです。そして鍵となる魔法を使うと、基本の魔法が動き出して『聖道』のような道を作ったりできるんです」
「とゆうことは、この絵にかかってる魔法もそれと同じようなものなのですか?」
と、エルナン。
「はい、多分」
「多分ってトゥルー」
ラウルがあきれたような声を出す。
責められるのかと身構えると、ラウルはくすくすと笑い出した。
「な、何?」
「お前なあ、そうゆうことは早く言えよ」
「何がですか?」
「成果ないなんて言って、大ありだったんじゃないか」
またも訳のわからないことを言い出したラウルに、トゥルーはむっとする。
ラウルは助けを求めるようにエルナンを見た。
「ラウルと話していたんです。もしかしたら、この絵に魔法がかかっているのは学校の試験と同じなんじゃないのかって」
「学校の試験?」
「トゥルーは知らないでしょうけど、トルマの学校では壁に幾つかの問題がいつも貼ってあって、問題の答えを先生に言って正解だと次の級に進めるんです」
トゥルーは学校に行っていないから、級というのも試験というのも理解しがたい。エルナンの当たり前のような言葉に、トゥルーはさらに眉を寄せた。
「ここで遊ぶ子供たちが太陽神に関係あるかないかは別として、こんなに玩具や本をそろえるからにはそれなりに教育もしていたでしょう。ここがもし学校だとしたら、神に仕えるものなら学問より魔法だろう……じゃあ試験方法はどうするんでしょう、と」
「魔法を解ければ合格とかって、冗談半分で話してたんだけどさ」
「今の話からすればその鍵になる言葉が、試験での正解になるんじゃないでしょうか?」
目を瞬かせて、トゥルーは2人の顔を見比べた。
確かに子供部屋に魔法のかかった絵というのは不自然だ。もし必要な魔法なら絵じゃなくもっと別のものにかければいい。もっとそれらしいものに。わざわざ太陽神降臨の絵にかえなくともいいはずだ。
「そうゆうこともあるかもしれませんね。太陽神殿の神官は魔法を使えることが必須条件ですから、魔法の試験があってもおかしくないですね」
トゥルーは、言いながらも首を捻った。
魔法が使えるかどうかは同じ魔法使いなら分かるはずだ。神殿がある以上、神官だっていただろうからわざわざ試験などしなくてもいいのではないのかと思ったのだ。
「じゃあ、神官になるための試験ってのはどうだ? 魔法力にも差はあるんだろ。あの絵の魔法が解けるようになったら、晴れて神官の仲間入り」
トゥルーが思ったことを口にすると、トルドがそう答えた。
「試験に落ちたら?」
「そうだな、下の村で生涯を過ごす―――まさに脱落者って訳だ」
ラウルとトルドはそんなことを言って笑った。
トゥルーには、冗談にしてはきつい会話だ。
「子供にそれはひどすぎますよ。魔法力を測るってのはいいですよね。子供が受ける試験なんだからそんなに難しいってことはないでしょうし」
「誰でも知ってるような言葉じゃないとな」
「魔法の言葉だろ。知るかよ」
エルナン、トルド、ラウルの順番の言葉に、トゥルーは小さくつぶやいた。
「祈りの言葉、とか」
「祈りの言葉? 太陽神への?」
聞き返したトルドが息を呑む。
それを合図にしたようにメンバー全員顔を見合わせた。
そして、半信半疑の瞳のままで、口を開く。
「ティラメイタル・ケラマイトラ」
4人の声が綺麗に重なった。
何も起こるはずないと思いながらも絵の方を見ると、絵がうっすらと光を放ちはじめていた。
トゥルーたちの知る『神を求める言葉』は、まさに鍵だったのだ。
立ち上がる間もなく、どこからか重々しい音が響いてきた。
メンバーはただただ呆然とその音を聞いていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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