【39】
石がこすれるような音と、小さな振動がしばらく続いた。
やがてその音が収まると、今度はゆっくりゆっくりと、大地が沈んでいく。
模様を囲んだ溝に沿って。
時折振動にまじって大きな衝撃が足に伝わるが、バランスをとるのは容易だった。
「下に行くのか」
ラウルが呟いた。
地面は変らぬ速度で下へ向かっている。早くもなく遅くもなく。
トゥルーが使った魔法と違い妙な浮遊感もスピード感もないから、話すこともできる。
「せっかくあんなに登ったのに、また降りるのか」
溜息とともにトルドが座り込んだ。
「どれくらいまで降りると思う?」
「さあ、でも、ふりだしにもどるってことはないでしょう……」
トゥルーはどんどん遠くなる空を見上げながら、そう答えた。
次第に高くなる壁に、丸く切り取られた空には太陽は見えない。
それが何故かほっとさせる。
「なあ、エルナン。中の国にはこんなのがたくさんあるのか?」
ラウルが、エルナンに尋ねる。
その話題が気になって、トゥルーも二人へと近づく。
「ええ、たくさんではありませんがありますよ。でもこんなに大きなものはないですね。私が乗ったのは人が一人か二人乗れればいいものでした。ラウルは、中の国に行ったことがないのですか?」
「ないよ。俺はトゥルーについて歩く以外、旅とかしないから」
「ですがよく旅に出ていたと……ああ……そう言えば中の国には、神殿がないですね」
「そういうこと」
ラウルが肩を上げる。
ラウルとトゥルーは旅仲間だ。トゥルーが旅に出る時は必ず同行する。それは、トゥルーが初めて旅に出た時から変わらない。
トゥルーが旅をするのは、ル・シーニ大陸のあちこちにある神殿に用がある時だけだ。
当然、ラウルの行き先も神殿という事になる。だから神殿のない中の国には行くことはない。
「あれ、でも何で中の国なんかへ?」
思わずそう、トゥルーは聞いていた。
中の国は神殿も無ければ、これといって観光名所というものも無い。学門を生業とする者が集うだけあって、農業をするものもなく主産業や、そこから派生する名産物もない。だから余程の物好きか旅好き、もしくは商人以外に、わざわざ足を運ぶ者などいない場所でもある。
「それは・・」
「トルドにくっついてだろ」
どうでもいいようにラウルが、エルナンを遮った。
それと同時にトルドが首を振る。
「そりゃあ、エルナンに失礼だぜ。エルナンが中の国に行ってるのは、研究員にならないかって誘われてるからだよ」
「研究員って……エルナンが、ですか?」
ほんの少しの間の後、トゥルーはそう尋ねた。
研究員というのは、中の国最大で唯一の統一機関からその生活のすべてを保障された職業で、たった一つのことを真面目に研究さえしていればいいという、学門を志す者にしてみれば喉から手が出るほど欲しい資格の一つだ。
ただ、研究員に選ばれるという事は、今後の生活を手に入れると同時に、何処へ行っても奇異な眼差しで見られるというオマケもついて来るのだが。
「ええ、誘われてるんです。本当なら今ごろは中の国にいたはずなんですが」
穏やかな微笑みのまま、エルナンがそう答えた。
トゥルーたちは黙り込んだ。
「何て顔するんです……これで……」
不意に流れた気まずい雰囲気にエルナンが何か言いかけたとき、一際大きな音がして地面の動きが止まった。
何が起こるのかと四人は、身構える。
大地はもう動いていないのに、石が擦れる不快な音がさらに大きくなる。
耳を塞ぎたくなるような轟音が限界まで達したその時、トゥルー達のすぐ脇の壁に真っ直ぐにヒビが入った。
そして、突然すべての音が止まる。
「な、何だ? 今度は?」
ラウルがそう呟いた。
メンバーは何が起こるのかと身構えていたが、暫らく待っても一向に変化は無かった。
「実はただの落とし穴だったとか」
「まさか、落とし穴にするつもりなら、こんな大掛かりなもの作る必要ないでしょう」
「でも行き止まりと同じだろう、これじゃ」
ラウルはヒビの入った壁を指差して、エルナンを見た。
エルナンも困ったような顔で、今度はトルドを見る。
「中の国のは、このヒビがちゃんと左右に開くんですけどね……おかしいですね。何か仕掛けがあるんでしょうか?」
「んー、壊れてんじゃねないのか。ずっと使われてないんだろうから」
「おい、それじゃあ」
言いかけたラウルを軽く手で遮って、トルドがトゥルーの横に立って肩を叩く。
「じゃなかったら、何か仕掛けがあるか……だ。なっ、トゥルー」
トゥルーは溜息をひとつ漏らすと、ペンダントを引っ張り出してヒビの入った壁に近付いた。
「トゥルー」
エルナンが呼び止めたが、トゥルーは構わず壁に触れる。
この装置が動き出すとき光っていた飾りには、特に変化はない。
当然壁の方にも変化はない。
「やっぱ壊れてるのか?」
振り返って肩をすくめたトゥルーの隣で、ラウルがそう壁を押しはじめた。
「何、してるんですか?」
思わず聞いたが、ラウルは真面目な顔で押しつづける。
「いや、押したら開くかと思って、さ」
「……」
「何だよ。駄目か?」
口を中途半端に開いたまま見つめるトゥルーに気付いて、ラウルが手を止めた。
「他に引いてみるってのもあるけど? 取っ手がないからなぁ」
「……」
トゥルーは今度こそ頭を抱えた。
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