【38】
来た道を戻る。そして、左の道を進む。
道は右曲がりだった坂が、左曲がりの下りになっただけでこれといった変化はない。
トルドを先頭にメンバーは黙々と進んだ。
右と同じくらいの距離を進むと、同じように丸い広場へと出た。
「こちらも行き止まりでしょうか?」
「少し調べてみようぜ」
広場に入るぎりぎりのところで立ち止まり、エルナンとラウルがそう広場を見回した。
「そうだな。あ、トゥルー、お前は、まだ入ってくるなよ」
トゥルーがメンバーについて広場へ入ろうとすると、トルドにそう止められた。
「何で?」
「何でってそりゃ、あの模様みたいのが、今度は下にあるから」
トゥルーは1番後ろを歩いていたから、まだ広場を見渡してはいなかった。
トルドに地面を示されてようやくそこに、右の道では壁に描かれていた模様が刻まれているのを見つけた。
でもそれとトゥルーをとめるのと何か関係があるのだろうか。
「それが何か?」
「あの壁お前が触れたら変になったろ。だからだよ」
「でもあれは、オレのせいとは限らないでしょう」
「そうさ。でもお前は魔法使いだから」
その言葉にトゥルーは顔をしかめた。トルドが慌てて付け足す。
「船でのこともあるだろ……魔法力がどうのって。それも関係あるかもしれないだろう? とりあえずここにいろよ」
言って、トルドは広場へ入っていく。
こんなところで仲間はずれになるとは思わなかったトゥルーは、溜息をついて3人の様子を見つめた。
ここから見ると模様の部分は、他の場所よりも少しだけもり上がっているようだ。
そのせいなのかそれぞれに模様の回りを、右へ左へと動いている。
「なあ、エルナン。こうゆうのどっかでみたことないか?」
一通り広場を巡ったトルドが不意にそう言った。
「中の国に似たようなものがありましたね。ですが同じ働きをするとは限りませんよ」
「まあな。でも雰囲気は似てるよな。どっかに押すとこないのか?」
「あの、もうそっちに行ってもいいですか?」
壁をよく見ようと近づいてきたトルドに、トゥルーは声をかける。
「ああ、そっか」
トゥルーのことなど、忘れてたのだろう。トルドはポンと手を打ってから、エルナンを振りかえる。
「……なあ、エルナン。トゥルー入っても大丈夫かな?」
「入ってって……また何かしたんですか?」
「ははは、だってさ、こっちの仕掛けが中の国と同じ物なら、突然動き出されたら大変だろうが」
エルナンは肩をすくめた。
「トルド、貴方って人は……トゥルー、入っていいですよ」
手招きされて、トゥルーはゆっくりと模様へ近づいた。
「トゥルー、何か感じませんか?」
「魔法ですか? いえ、何も。あの門以来魔法を全く感じません」
エルナンにそう答えて、模様を見る。模様は丸く深い溝に囲まれていて、明らかに他とは違う色をしている。
それにしてもこの模様、やはりどこかでみたような気がする。
どこでだったのか、ずっと考えているのだがどうしても思い出せない。
「もしさ、これが中の国のと同じならどうやって動かすと思う?」
トルドがトゥルーの横で尋ねる。エルナンは首を傾げた。
「魔法でもないみたいですし、上の壁のように何か鍵になるものがあるんじゃないですか?」
「あの、中の国のものって何ですか?」
「これに似た装置が中の国にあるんです。昇降機って言うらしいんですが、ボタンを押すと好きな階へ運んでくれるんです」
トゥルーの問いにエルナンが答えた。
「昇降機……そんなものがあるんですか。中の国には」
中の国はその名の通りル・シーニ大陸の中心に位置する国だ。別名は学門の国。大陸五国の学才あるものが集うという場所だ。
魔法の力を借りずに魔法と同じことしようということに努力しているらしい、という噂を聞いたことがある。
「その昇降機がこれにそっくりなんです」
「だからもし同じなら、どこかに動かすものがあるはずってな」
「同じとは限らないんですけどね」
言いながら2人は模様の上に足を踏み出す。
トゥルーはすぐ踏み込むのも躊躇われて、その場に座り込んで模様に触れた。
「?」
指先が線に触れた途端、胸元に痛みを感じた。
「トゥルー? どうかしましたか?」
胸元が熱い。
トゥルーは無意識にそこに触れた。手に触れる硬いもの。
丸い形。握り締めると首に何かが食い込む。
ペンダントだ。
忘れていた。マールから預かった物のことを。
「ペンダントが?」
鎖を引いて飾りを服のしたから出す。
丸い金のプレートが光っている。赤く―――。
「トゥルー? 大丈夫ですか?」
「これを、見てください」
あの奇妙な模様。どこかで見たと思ったのは、これだったのだ。
赤く発光するその中心に、大地に刻まれた模様と同じ物が浮かびあがっている。
「これは?」
「『遠征』 に来る前に母から貰ったんですが……」
「どれ、見せてみろよ」
トルドが横から入ってくる。そしてトゥルーの手からペンダントを取り上げた。
「トルドっ!」
「まあ、待てよ。これでも商人なんだからな。鑑定ぐらいさせろよ」
「いえ、そうじゃなく……熱くないですか?」
不思議そうな顔をするトゥルーをよそに、トルドはペンダントを手の上で転がす。
「え? 熱くないけど?」
トゥルーは手の上のペンダントに恐る恐る触れた。赤い光はそのままだが、確かにもう熱くはない。
トルドはペンダントを持ちなおすと、飾りと鎖をあらゆる方向から見たり、日に照らしたりとそれらしいことをはじめた。
しばらくして結構真剣な表情のまま、うなった。
「どうですか?」
「これ、元々ペンダントじゃないんだな。イヤリングから飾りだけはずして鎖をつけたんだ」
「そうなんですか?」
「トルマには装飾品に関して独特の作り方があるんだ。イヤリングはこう、ペンダントはこう、とかって決まりがあるのさ」
トルドはそう言って飾りと鎖の間の部分を指差す。
「ペンダントにはこの金具は使わない。もっと太くて丸みのあるものを使うんだ。ここんとこに石を埋め込むから」
言われて見れば、その飾りの金具は細く弱々しい。引っ張ればすぐとれそうな感じだ。
「トゥルー、これ、何処で手に入れたんだ?」
「だから母が……」
「おまえがじゃなく、母さんがだよ。バトラー家って言ったら昔からの名家だから、この手のものが出てきても不思議じゃないんだ。でもこんな形になって出てくるのはおかしい」
でも、と言いかけたトゥルーを遮って、さらにトルドは続ける。
「普通ならちゃんとした形で出て来るもんなんだ。価値を知ってる金持ちならなおさらだ。それをわざわざ違う形にするなんて……」
「トルド。話がずれてますよ」
トルドの大声に、エルナンが呟いた。
「え、あぁ、すまない。でもこんないいもの……もったいないと思ってさ」
「そんなにいいものなんですか?」
「ああ、大陸じゃ考えられないくらいの高値で取引されてる」
トルドはペンダントをトゥルーへと戻す。
「こんなものがですか?」
見かけはへんな模様のついた、ただのペンダントだ。どこでもありそうな感じだ。
「よく見てみろよ。つなぎ目がないだろ。こうゆう風に作る技術はもうないんだ」
「ああ、本当だ。これって魔法なんでしょうか?」
「トゥルー、それをお前がいうか? まあ……どちらにしろ、これはトルマだけに伝わってるもので、かなり貴重なものなんだよ」
トルドはそう息をついた。
それを待っていたようにエルナンが声をだす。
「トルド、これはそんなに数はないんですか?」
「ああ、あまり出回ってるものじゃないな。何十年かに一度数個出ればいい方だ」
「ペンダントで? イヤリングで?」
「イヤリングしか出てこない。それも片方づつだ」
トルドが答えると、エルナンはしばらく考え込み、トゥルーへと向き直る。
「トゥルー、もう一度模様に触れてもらえますか?」
「はい」
鎖をもったまましゃがみこんで模様に触れる。
と、やはりペンダントは赤く発光した。
「これが鍵なんですね」
「は? 鍵って」
「だから仕掛けを動かすための鍵ですよ。……この模様の上に乗ってください。ああ、トゥルーは最後に」
言ってエルナンが模様の上に上がる。トルドとラウルも首を傾げながらも続く。
「これが中の国のものと同じなら、上がるか下がるかするはずです。気をつけてください。トゥルー、ここへ」
エルナンは模様の真ん中を示した。
トゥルーはゆっくりと円の中へと踏み入った。
ペンダントは変らずに赤く光っている。
何も起こらないのではと思いながらも、中心部分に足が乗ったその時、地面が揺らいだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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