【37】
「分かれ道か……どうする、2手に別れるか?」
まっすぐに伸びた道のちょうど真ん中を区切るように尖った岩があった。見るからに人工的な手を加えられたその岩の左右には、新たな道が続いている。右側は上に向かい、左側の道は下方へと向かって緩やかな傾斜をつけながら、さらに先へと伸びている。
勿論その2本の道も、今までどおり高い壁に挟まれている。
違うところといえば、2本の道はどちらも外側へ向かって湾曲してることだろう。
「2手にですか……」
トルドの言葉に、左右の道を見比べながらエルナンは眉をよせた。
「今別れるのはどうかと思うぜ。何かあったとき困るだろ」
少し離れたところで立ち止まっていたラウルが近づいてくる。
「理由は、俺たちには連絡方法もないし、それに水もない」
「ラウル」
「言っとくが、トルドを責めてるわけじゃないぜ」
トゥルーの咎めるような声に、ラウルは慌ててそう付け足す。
「全員で進んだ方が効率はいいですね。どちらか行き止まりで戻ってもお互いを待つという無駄は省けます」
メンバーはそろって頷く。全員が同意したのを確認して、エルナンは続ける。
「では、右と左、どちらに進みますか?」
「どっちでもいいさ」
投げやりなトルドの声。
「俺たちは頂上を目指してるんだ。右の道の方がいいんじゃないか?」
「じゃあ、それでいいさ。どっちも行き止まりってことだってあるんだし」
ラウルの言葉に、トルドが肩をすくめて賛同する。本当にどうでもいいらしい。
「行き止まりということはないでしょう。必ずどちらかが頂上へとつながってるはずです」
エルナンははっきりとそう答えた。
トゥルーは訝しげにエルナンを見た。
「どうしてそう思うんですか?」
「……今までの道程から、です」
言いながらエルナンは歩きだす。トルドとラウルが先に立って進み始めたからだ。
トゥルーも慌てて後を追う。
「エルナン」
「前にもこんな話をしましたね」
「えっ?」
「説明するには何かが足りない、という話です」
あぁ、とトゥルーは自分の言った事を思い出す。
もう忘れてしまっていた。エルナンはずっとそのことを考えていたのか。
「『遠征』は神に供物を届ける儀式。人を拒む神の山・イルファンに分け入り、神への忠誠を示す為に供物を届けるのがその役目、ですよね」
「ええ、そう伝わっています」
トゥルーの肯定に、エルナンは頷く。
「森に入ってここまで来て思ったのは、この道は、この山は本当に人を拒んでいるのだろうか、ということなんです」
考え込む仕草で、続ける。
言いながら、何かを考えているのだろう。瞳は下方の道を見つめたまま動くことがない。
「この山に入って実際拒まれているように感じたのは、最初の森だけじゃありませんか?」
「そうですね。」
「それだって、直接害するようなものはなかった。もし本当に人を拒むなら、魔法ででもなんでも罠を仕掛ければいいはずなのに」
「それは……ここは神の山ですし……」
反論になっていないと、トゥルー自身思う。
「そうなんです。ここは神の山なんですよ。だからこそ……」
エルナンが続きを口にしようとした途端、前方からトルドが戻ってきた。
「こっちは駄目だ」
「行き止まりですか?」
「うーん、そうゆう訳でもないんだけど……」
トルドはそう頭をかく。
「……とりあえず行って見ろよ」
トルドの脇を抜けてした道を少し進むと、緩やかな曲線が急に深く曲がり込んだ。
ほぼ直角に折れた道は、まっすぐ伸び、壁に囲まれた丸い広場へと続いていた。
広場へと足を踏み入れるとすぐに、ラウルの姿が見えた。そんなに大きくない広場の一番奥に立っている。
「ラウル」
「ああ、来たか」
近づいて声をかけると、ラウルは壁から手を離して振り返った。
「行き止まりなんですか?」
「どうだろうな。行き止まりって言えば、行き止まりだろうな」
「は?」
ラウルが壁から離れ、今まで見ていたところを指差す。
促がされるままに目をやるが、べつに変わったところはないようだった。
何の変哲もないただの壁だ。
「もっと近くに来て見てみろよ。ほら、ここ」
さらに近づいて指差されたところをみると、うっすらと何かが掘り込まれている。
「何の模様でしょうか?」
円と線が交じり合う奇妙な模様をなぞりながら、エルナンが呟く。
トゥルーも目を凝らしてみる。
「……あれ、この模様って……」
「知っているんですか?」
「いえ、どっかで見たような気はするんですけど……」
首を傾げる。エルナンはラウルを振り返った。
「行き止まりと何か違うんですか?」
「だから良く見てみろよ、その模様の真ん中あたりに穴あいてるだろ。覗いてみろよ」
確かに良く見れば、模様の中心に小さな穴が2つあいている。
覗くのにちょうどいい穴だ。
エルナンが半信半疑に覗き込む。
「あ、本当だ。行き止まりではないんですね」
「だろ」
「トゥルーも覗いてみてください」
言われて首を傾げなから、壁の模様に触れる。と、突然その模様が赤く浮かび上がった。
「わ、何だ?」
驚いて手を離したが、赤い光は壁の中に染み込むように広がっていく。
「トゥルー、お前何したんだ?」
「何って、何もしてませんよ。ただ触っただけで」
光は大きな円状に広がり、そして止まった。大きいといっても人が通ればいいくらいの大きさだ。
光はさらに赤く発光し、その境界に線のような深い溝を生み出した。
3人が見守る中、光はゆっくりと色をなくしていく。元の壁の色に戻るのかと思いきや、区切られたところだけ半透明になっていく。
ただ模様だけが、その中心に赤く浮かび上がっている。
「なんだ、どうしたんだ一体」
「分かりませんよ、そんなこと」
戻ってきたトルドの声に、トゥルーが答えた。
目の前では完全に色を無くした壁が、向こう側の様子をあらわにしていく。
壁の向こうには、こちら側と同じ大きさの丸い広場があった。そして、中心には白い螺旋階段が上空に向かって伸びている。
「階段がありますね」
エルナンが言うのと同時に、ラウルが壁に触れた。
何もないように見えるが、壁そのものが消滅したわけではないらしく、ラウルの手は透明な空間の上を行ったり来たりしている。
「ここから行くんだよな。でも、どうやって行くんだ? 魔法か?」
「違う。魔法じゃない。鍵が必要なんだよ」
行ったのはトルドだった。メンバーは振りかえる。
「大陸にはよくある仕掛けだ。その模様の中にある穴に鍵になるものをいれるんだ。そうすると仕掛けが働くっていうやつだ。鍵がなければ決して開かない」
「鍵かあ。トゥルーなんかないのか?」
「なんかって言われても……」
こんな仕掛けがあるなんて【太陽伝承】には書いてない。
ティラだって必要最小限のものしか持たせなかった。その最小限のなかに鍵らしいものなんてなかっただろう。
「ここを通るのは無理ってことですか?」
「そうゆうことになるな。そんな遠い距離じゃないし、とりあえず戻って左の道行ってみないか?」
珍しく建設的な意見をトルドが言った。
メンバーはやっぱり不思議そうな目で彼を見るしかなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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