【35】
道は相変わらず、どこまでも続いていた。
壁の高さは変らないものの、太陽は炎に手が届くのではと思うほどまで巨大化し、進めば進むほど暑さが増してくる。
休むことなく歩いていた4人の足どりも、当然次第に重くなっていた。
「まだ続くのか? この道。あの川登るより辛いぜ」
トルドがそう額の汗をぬぐう。
「もうかなり進んでいるとは思いますが」
トゥルーが掠れた声で答えると、トルドは顔を引きつらせた。
「もうそろそろ頂上とやらについてもいいんじゃないか?」
「そうですね。もうだいぶ歩きましたからね」
「まさか、このまま太陽まで続いてるなんて言わないよな」
「……まさか」
否定はしてみたものの、頭上の太陽はトゥルーをただ不安にさせた。
神の山・イルファンはル・シーニ大陸の南側に連なる山脈のほぼ中心にある、と言われている。
山脈は見た目にはそんなに高い山はなく、神の山・イルファンもそれに並ぶ高さであると考えられている。足を踏み入れた者がいないため正確なことは分からない。だが、もし太陽まで届くような高さなら、遠目でも確認できるはずだ。
トゥルーは昔見た山脈を思い出す。
あの時こんな道があるような山を見たろうか?
「……まあ、太陽まで続いてるってことはないだろうけどさ、何かあるんだろう? この道にもさ」
「何かって?」
「そりゃあ、魔法とか……さ」
トルドはそう肩をすくめた。
トゥルーは溜息をついて、前方を行くエルナンを見た。
エルナンは、額に手を当てて苦し気に何事かを呟いている。
トゥルーは足を速めてその肩を叩いた。
「大丈夫ですか?」
「え、ああ、トゥルー。……どうかしましたか?」
つらそうな瞳をむけられて、トゥルーが止まる。
「エルナン、大丈夫ですか? なんだか顔色が……」
「大丈夫ですよ、暑いせいでしょう。頭は少しぼうっとしてしますが……」
「今、水を……」
水の袋を持っている筈のトルドを振り返ろうとして、エルナンに止められる。
「いえ、水はいいです」
「でも……」
「今飲むとかえって苦しくなりそうなので」
エルナンはそう微笑む。そして道を振り返る。
「それよりこの道はどこまで続いているんでしょうね」
「今ちょうどトルドとその話をしていたところだったんです。それで……」
「お前何考えてんだ!?」
不意に背後でラウルの怒鳴り声が上がって、2人は振り返った。
トルドの胸倉を掴み、今にも殴りつけそうな勢いでラウルが拳を振り上げている。
「ラウルっ!」
トゥルーは慌てて2人の間に割って入る。
「一体どうしたんですか?」
エルナンがそう尋ねると、ラウルは舌を鳴らしてトルドから手を離し、直立した壁に背を預けた。
「トルドがみんな飲んじまったんだよ」
「水くらいいいだろう? 『水晶石』もあるんだし」
「お前なあ……」
ラウルが呆れたような溜息を漏らした。
「『魔法石』が貴重なものだって知ってるんだろう? こんなとこで無駄に使っていいはずがないだろ。それに……」
「こんな時だからこそ使うんもんだろうが。お前だって洞窟で使ったじゃないか」
続けようとしたラウルを遮って、トルドがぼそりと呟く。ラウルは、その言葉に唇をかんで顔をそむけた。
「……今は『魔法石』がどうとか言ってる場合じゃないでしょう。ここでは、水も『魔法石』も充分貴重なものですよ。この道が何処まで続いてるかも分からないのに……」
黙り込んだ2人を交互に眺めて、そう眉をひそめたエルナンにラウルが不思議そうな顔をする。
「道が何処まで続いてるかって……あの門まで行けばいいんだろ?」
不思議そうな声に3人は困惑した表情になる。
「門って……」
「ほら、あそこ」
ラウルはただ道の前方を指差す。この道は1本道だ。入ってきた場所以外で出口があるとすれば、当然前方だろう。
トゥルーもそちらへ目をむけたが、見えるのは道だけだ。他の2人もそうらしく、首を傾げて前方を見ている。
「湖から入った門と同じやつ……見えない、のか?」
「ええ。本当にあるんですか?」
「ああ……いや、時々見えなくなるな。……本当に見えないのか?」
確かめるようにラウルがメンバーを見回す。3人は互いの顔を見合わせて、頷いた。
「俺は皆に見えているものだと思っていたんたが……」
「幻か錯覚じゃないのか?」
トルドが面白そうに混ぜ返す。
ラウルは道の前方に目をむけた。
「そうかもしれないな……俺しか見えないなら」
「どんなときに見えるんですか?」
「……頭がぼんやりしてるとき、だな」
少し考え込んで、エルナンに答える。
「ぼんやりしてる時、ですか?」
「ああ、何も考えないと、見えるな」
エルナンが道を見た。無言のまま、やがて息を呑んだ。
「確かに門が見えますね」
「最初は黒い点だったんだ。だから幻か何かと思ってた。だけどだんだん近づいているし、お前らがやけに一生懸命進むから、見えてないのは俺だけだったのかとも思ってたよ」
そう言えば、道に入ってからエルナンは1人で何かを考えていたし、トゥルーはトルドの話を常に聞かされていた。
今までのように道はどこまでも続いている、そう思って。
「やっとこの道から出られそうですね」
エルナンがそう息をついた。
トゥルーは道の先を見た。何も考えないように注意しながらしばらく見つめていると、ぼんやりと何かが浮かび上がってきた。
それは湖から道へ入るときに見た門と、寸分違わないもののように見える。
「トゥルー、見えますか?」
「はい意外と近いんですね」
「え? ああ、本当だ。さっきより近づいている……?」
エルナンと目が合う。何か言いたげなその瞳はラウルを見て、そして、トルドへと向かった。
大あくびをしているトルドに、3人の視線が重なる。
「トルド、何関係ないって顔してるんです。門、見えましたか?」
「……」
「聞いてなかったんですか。今までの話を」
「聞いてたけどさぁ」
促されしぶしぶ先を見る。
「何も考えないようにするんだろ」
「そうですよ。ちゃんと聞いてるじゃないですか」
「うーん」
しかめっ面のままトルドの目が道を見つめる。
「うーん。見えねぇなあ……おい、何かコツみたいのないのか?」
「コツ……? 干上がればいいんじゃないのか? ま、お前が1番水飲んでるから無理だろうけど」
と、ラウル。エルナンは大きな溜息をついて額を抑えた。
「ラウル、やめましょう。……コツというわけじゃないですけど、祈るときの気持ちに似てますよ。何も考えないってことは」
いつまでもこうしているわけにもいかない。トゥルーは道の向こうにうっすらと浮かぶ門を見ながら、そう答えた。
「ふーん、祈りねぇ。やってみるよ」
信じる気もない様子でトルドはまた道に向かった。
要領さえつかめれば、というより、1度目にとめてしまえば見るのは簡単なはずだ。トルドの性格を考えれば難しいこととも思えたが、出来ないことではないだろう。
なにせラウルが見えるのだから。
長い時間が過ぎてようやくトルドが奇声を上げた。
待つのに飽き飽きして座り込んでいたメンバーは、その声に顔を上げた。
そして、トルドの前に門を見つけた。
湖と道の間にあったものとまったく同じ石造りの門を―――。
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