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祭りの時  作者: 水瀬


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36/57

【35】

 道は相変わらず、どこまでも続いていた。

 壁の高さは変らないものの、太陽は炎に手が届くのではと思うほどまで巨大化し、進めば進むほど暑さが増してくる。

 休むことなく歩いていた4人の足どりも、当然次第に重くなっていた。


「まだ続くのか? この道。あの川登るより辛いぜ」


 トルドがそう額の汗をぬぐう。


「もうかなり進んでいるとは思いますが」


 トゥルーが掠れた声で答えると、トルドは顔を引きつらせた。


「もうそろそろ頂上とやらについてもいいんじゃないか?」

「そうですね。もうだいぶ歩きましたからね」

「まさか、このまま太陽まで続いてるなんて言わないよな」

「……まさか」


 否定はしてみたものの、頭上の太陽はトゥルーをただ不安にさせた。

 神の山・イルファンはル・シーニ大陸の南側に連なる山脈のほぼ中心にある、と言われている。

 山脈は見た目にはそんなに高い山はなく、神の山・イルファンもそれに並ぶ高さであると考えられている。足を踏み入れた者がいないため正確なことは分からない。だが、もし太陽まで届くような高さなら、遠目でも確認できるはずだ。

 トゥルーは昔見た山脈を思い出す。

 あの時こんな道があるような山を見たろうか?


「……まあ、太陽まで続いてるってことはないだろうけどさ、何かあるんだろう? この道にもさ」

「何かって?」

「そりゃあ、魔法とか……さ」


 トルドはそう肩をすくめた。

 トゥルーは溜息をついて、前方を行くエルナンを見た。

 エルナンは、額に手を当てて苦し気に何事かを呟いている。

 トゥルーは足を速めてその肩を叩いた。


「大丈夫ですか?」

「え、ああ、トゥルー。……どうかしましたか?」


 つらそうな瞳をむけられて、トゥルーが止まる。


「エルナン、大丈夫ですか? なんだか顔色が……」

「大丈夫ですよ、暑いせいでしょう。頭は少しぼうっとしてしますが……」

「今、水を……」


 水の袋を持っている筈のトルドを振り返ろうとして、エルナンに止められる。


「いえ、水はいいです」

「でも……」

「今飲むとかえって苦しくなりそうなので」


 エルナンはそう微笑む。そして道を振り返る。


「それよりこの道はどこまで続いているんでしょうね」

「今ちょうどトルドとその話をしていたところだったんです。それで……」

「お前何考えてんだ!?」


 不意に背後でラウルの怒鳴り声が上がって、2人は振り返った。

 トルドの胸倉を掴み、今にも殴りつけそうな勢いでラウルが拳を振り上げている。


「ラウルっ!」


 トゥルーは慌てて2人の間に割って入る。


「一体どうしたんですか?」


 エルナンがそう尋ねると、ラウルは舌を鳴らしてトルドから手を離し、直立した壁に背を預けた。


「トルドがみんな飲んじまったんだよ」

「水くらいいいだろう? 『水晶石』もあるんだし」

「お前なあ……」


 ラウルが呆れたような溜息を漏らした。


「『魔法石』が貴重なものだって知ってるんだろう? こんなとこで無駄に使っていいはずがないだろ。それに……」

「こんな時だからこそ使うんもんだろうが。お前だって洞窟で使ったじゃないか」


 続けようとしたラウルを遮って、トルドがぼそりと呟く。ラウルは、その言葉に唇をかんで顔をそむけた。


「……今は『魔法石』がどうとか言ってる場合じゃないでしょう。ここでは、水も『魔法石』も充分貴重なものですよ。この道が何処まで続いてるかも分からないのに……」


 黙り込んだ2人を交互に眺めて、そう眉をひそめたエルナンにラウルが不思議そうな顔をする。


「道が何処まで続いてるかって……あの門まで行けばいいんだろ?」


 不思議そうな声に3人は困惑した表情になる。


「門って……」

「ほら、あそこ」


 ラウルはただ道の前方を指差す。この道は1本道だ。入ってきた場所以外で出口があるとすれば、当然前方だろう。

 トゥルーもそちらへ目をむけたが、見えるのは道だけだ。他の2人もそうらしく、首を傾げて前方を見ている。


「湖から入った門と同じやつ……見えない、のか?」

「ええ。本当にあるんですか?」

「ああ……いや、時々見えなくなるな。……本当に見えないのか?」


 確かめるようにラウルがメンバーを見回す。3人は互いの顔を見合わせて、頷いた。


「俺は皆に見えているものだと思っていたんたが……」

「幻か錯覚じゃないのか?」


 トルドが面白そうに混ぜ返す。

 ラウルは道の前方に目をむけた。


「そうかもしれないな……俺しか見えないなら」

「どんなときに見えるんですか?」

「……頭がぼんやりしてるとき、だな」


 少し考え込んで、エルナンに答える。


「ぼんやりしてる時、ですか?」

「ああ、何も考えないと、見えるな」


 エルナンが道を見た。無言のまま、やがて息を呑んだ。


「確かに門が見えますね」

「最初は黒い点だったんだ。だから幻か何かと思ってた。だけどだんだん近づいているし、お前らがやけに一生懸命進むから、見えてないのは俺だけだったのかとも思ってたよ」


 そう言えば、道に入ってからエルナンは1人で何かを考えていたし、トゥルーはトルドの話を常に聞かされていた。

 今までのように道はどこまでも続いている、そう思って。


「やっとこの道から出られそうですね」


 エルナンがそう息をついた。

 トゥルーは道の先を見た。何も考えないように注意しながらしばらく見つめていると、ぼんやりと何かが浮かび上がってきた。

 それは湖から道へ入るときに見た門と、寸分違わないもののように見える。


「トゥルー、見えますか?」

「はい意外と近いんですね」

「え? ああ、本当だ。さっきより近づいている……?」


 エルナンと目が合う。何か言いたげなその瞳はラウルを見て、そして、トルドへと向かった。

 大あくびをしているトルドに、3人の視線が重なる。


「トルド、何関係ないって顔してるんです。門、見えましたか?」

「……」

「聞いてなかったんですか。今までの話を」

「聞いてたけどさぁ」


 促されしぶしぶ先を見る。


「何も考えないようにするんだろ」

「そうですよ。ちゃんと聞いてるじゃないですか」

「うーん」


 しかめっ面のままトルドの目が道を見つめる。


「うーん。見えねぇなあ……おい、何かコツみたいのないのか?」

「コツ……? 干上がればいいんじゃないのか? ま、お前が1番水飲んでるから無理だろうけど」


 と、ラウル。エルナンは大きな溜息をついて額を抑えた。


「ラウル、やめましょう。……コツというわけじゃないですけど、祈るときの気持ちに似てますよ。何も考えないってことは」


 いつまでもこうしているわけにもいかない。トゥルーは道の向こうにうっすらと浮かぶ門を見ながら、そう答えた。


「ふーん、祈りねぇ。やってみるよ」


 信じる気もない様子でトルドはまた道に向かった。

 要領さえつかめれば、というより、1度目にとめてしまえば見るのは簡単なはずだ。トルドの性格を考えれば難しいこととも思えたが、出来ないことではないだろう。

 なにせラウルが見えるのだから。

 長い時間が過ぎてようやくトルドが奇声を上げた。

 待つのに飽き飽きして座り込んでいたメンバーは、その声に顔を上げた。

 そして、トルドの前に門を見つけた。

 湖と道の間にあったものとまったく同じ石造りの門を―――。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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