【32】
岸辺に敷きつめられた小石と同じ色の光を放つ船影が、暗闇の中に浮かび上がる。
白い帆が風もないのに大きくふくらみ、暗い湖面に光を反射させて波紋広げた。
船はまっすぐにトゥルーたちの方へ向かっている。
「何か、沈みそうな船だなぁ」
腕組みして船を見つめていたトルドが、そう顔をしかめた。
遠目で見ても古風な作りの船と分かる。どっかの金持ちが玄関とかの飾り物のような優美な作りは、港で見る船とは明らかに違う。
「沈まないさ、きっと」
自信なさ気にラウルが答えた。
「ベルが船を呼ぶ合図だったんでしょうね」
エルナンがベルの文字をなぞりながら呟いた。
トゥルーには読めない古い時代の文字がそこには書かれている。
「ベルと船は同じ時代のものなんでしょうか?」
「そう考えるのが1番自然でしょう」
「『遠征』の為に?」
「それは、どうでしょう……前に、トゥルーは言いましたね。説明するには筋を通す何かが足りない、決定的な何かが……と。私も今そんな気持ちです」
トゥルーの言葉にエルナンはそう肩をすくめた。
皆が見つめる中、船は目の前まで迫り、やがて音もなく着岸した。
以外にも大きな船だ。船首から船尾までも、水面から甲板までも首をめいいっぱい動かさないと、端までたどりつかない。
「この船、石で出来てる」
信じられないというように、トルドがそう船に触れた。
タイロも不思議そうに船に手を伸ばす。
「本当だ、石だ……それにこの模様、ただの絵じゃないみたいだ」
船体は白く発光し、太陽神殿と同じような模様が浮かび上がっている。
だが刻まれてるのではない、微かな明暗が模様を作っているのだ。
光の少しの加減が何かを現している。人や森や湖を。
「なあ、この船どっからのるんだと思う?」
キョロキョロと船を観察していたトルドが、振り返る。
言われて、メンバー全員で船をくまなく見回った。が、船体には扉や出入り口になりそうな場所もなく、梯子もない。
「跳んでのる、とか」
「の前に、乗る気なのか?」
ラウルの言葉に、タイロがうめいた。
「そりゃあ、乗るだろ? 石の船だぜ。面白そうじゃないか」
トルドは乗る気満々だ。船から手を離す気もないらしい。
トゥルーは船の模様をしばらく見つめてから、エルナンを手招きした。
「ここと、ここと、ここの絵。あのベルの絵に似てませんか?」
「ああ、そう言えば、似てますね」
トゥルーの膝くらいの高さに1つ。そこから水平に歩幅5歩くらいの場所にもう1つ。
さらに、その2つの中心から垂直に背丈ほどの場所に1つ。
「三角形になってますね」
エルナンが少しさがって絵と絵を繋ぐように手を動かした。
「なにか意味があるのでしょうか?」
「ベルをもう一度調べてみましょう」
ベルのそばに戻り、絵と文字を調べる。
「どうですか?」
「それらしいことは、書いてませんね。でも……模様は同じみたいです」
トゥルーももう一度ベルを見る。ベルの上の方に月の印。そして、その裏には太陽の印。
「いつまで待たせるつもり?」
不意に頭の上から、そう声がした。船の上だ。
メンバー全員が空を見上げる。
「湖を渡るつもりなら、さっさと上がって来てちょうだい。すぐ出発するから」
甲板からメンバーを覗き込んで、手招きする。
「女の方、ですよね」
「のようですね」
声といい仕草といい間違えようがないのだが、確認を求めるようにトゥルーはエルナンをつっついた。
「ちょっと何してるの、乗らないの?」
女はもう一度手を振った。
白い光の中に浮かび上がるシルエットだけでは、彼女が何なのか判断がつきにくい。
トゥルーとエルナンは顔を見合せる。
「どうしますか?」
「どうって言われても、乗るしかないでしょう?」
エルナンは当然のように答え、いつのまにか寄ってきたメンバーを見回した。
「どうしたの? 何か問題でもあるの?」
またも上から声が降ってくる。
エルナンに頷かれて、トゥルーは天を見上げて叫んだ。
「すみません、この船どうやって乗るんですか?」
☆☆☆
「ごめんなさいね。扉の開け方を知らないなんて……思いつかなかったわ」
トゥルーたちようやく甲板に上がっていくと、黒髪の女がそうコロコロと笑って出迎えた。
驚くほど白い肌と赤い形いい唇。深い紺色のドレスを着た、まあ美人な部類の女性だった。
「あの絵みたいに見えるのは一応文字なの。あれで、上、右、左って読むの。面白いでしょう?」
トゥルーとエルナンが見ていた模様の事だ。上、右、左の順で触れるとその場所がそのまま扉になるという仕組みだったらしい。
女は右手で模様を描きながらそう説明する。
「結構流行ってたから大丈夫だと思ってたけど、時って怖いわね」
「流行ってたって、あれ、古代文字ですよね」
「え、古代? ああ、そうね、今はそう言うのね」
トゥルーの問いに、女は不意に寂しそうな顔をする。
「ここが閉じられてから、そんなに過ぎちゃったんだ……本当に早いものだわ」
「閉じ……られる?」
言ったのはエルナンだ。不思議そうに女を見つめている。
「閉じられるってどうゆう事ですか?」
「あら、わたしそんなこと言ったかしら?」
目をぱちくりさせて女は顔をそむけた。
唖然とするメンバーをよそに、女はにっこりと笑う。
まったく、見事なすっとぼけ方だ。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうかしら……えーとこの船はこの船着場から対岸の船着場までの運行になるんだけど、それでいいのよね?」
問われて全員が頷く。それが1番ありがたい。
「分かったわ。では、この船は対岸まであなた達を運びます。でも、タダじゃないんだけど、それもいいのよね?」
「……金、とるのか?」
「お金? まさか! 昔ならともかく、今そんなものここで貰ってどうするのよ」
トルドの言葉に女が憮然とする。
「じゃあ、何を? オレたちの持ってるもので価値があるものなんて……何も……」
女に見つめられて、トルドが止まった。女が真顔になっている。
「これは契約なの。かつては太陽と月の力で動いていたこの船を動かすにはそれなりの労力がいるの。だから、この船を動かす代償として、わたしは望むものを手に入れることができるという契約」
「貴女の、望むもの?」
エルナンが繰り返した。
誰もがその次の言葉を待っていた。
女はメンバー1人1人の顔をしっかりと見据えてから、ゆっくりと口を開いた。
「そうねえ、あなた達の中の誰か1人、ここに残るってのはどう?」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も、よろしくお願いします。




