【31】
そこは、高地であるにもかかわらず暖かく快適だった。
足元の光は何をするにも充分な光量を持っていたが、川と湖をはさんだ向こう側は闇に閉ざされ、湖の広さも深さも全く見えない。
トゥルーたちはとりあえず食事と睡眠をとり、夜明けを待つことにした。
だが、かわるがわるに全員がひとねむりするだけの時間が過ぎても、夜明けの訪れる気配はなかった。
「あっちの方見てくるよ」
疲れもとれ暇を持て余し始めたラウルが、そう立ち上がった。トルドも続く。
無言で2人を見送ったトゥルーは、残った2人に視線をむける。2人とも湖沿いに進むラウルたちの背中を見つめていた。
「エルナン、ちょっといいですか?」
タイロを気にしながらそう言うと、エルナンは首をかしげた。
「席、はずそうか?」
「いえ、いてください」
タイロが立ち上がりかけるのを、エルナンが止めた。トゥルーは、居心地悪そうに座りなおすタイロに少しだけ頭を下げた。
「あの森でのことなんですが……」
「森? もしかして、私が笑ってたことですか?」
「いえ、違うんです」
興味がないわけでもなかったが、トゥルーは首を振った。
「……スコットのことです」
「ああ。……トゥルーは知らないんですね。そう言えば」
「みんな知ってることなんですか?」
「みんなではないでしょうけど、知ってる人は多いですよ」
エルナンの言葉にタイロが頷いた。
「結構有名な話だよな」
「そうなんですか?」
「ああ、俺でも知ってることだからな」
トゥルーは顔をしかめた。こんなところで自分の疎さに気付かされるとは……。
「トゥルーとラウルは知らないんですよ。スコットがトルマに来た時、ちょうど旅行中でしたからね」
「よく覚えてますね」
「あの時、珍しくトルドがいたんです。だから、話がかなり広がってしまって……」
と、とエルナンはタイロを見た。タイロは苦笑いしている。
あのトルドなら分かるような気がする。
「で、その話って?」
「お兄さんに、殺されかけたんですよ」
「えっ?」
「本人からの話ではないので正確なことはわかりませんが、焼き殺されるところだったらしいです」
「お兄さんに、ですか?」
森に入る前のスコットの言葉を思い出して、トゥルーは聞き返した。
「スコットは、自分にも責任があるって……」
「スコットがそう言ったんですか? 私は閉じ込められて火をつけられたと、聞きましたが……トルドを呼んで聞いてみますか?」
「いえ、それはいいです」
トゥルーは慌てて断った。それではせっかくトルドがいなくなるのを待って聞いた意味がなくなる。
「スコットのことは本人に聞いた方がいいさ。俺はエルナンの笑ってた理由の方が気になるげとな」
「笑ってた理由? あれは、おかしかったんですよ」
タイロに言われて、エルナンは少し笑った。
あの場所の魔法は心に直接入り込むように出来ていた。それも上手に嫌なことを探し出して、そこへ攻撃するように。
タイロもかなりの衝撃を受けていた。エルナンだって何かしら嫌なことがあったろう。なのに、それを笑い飛ばせるというのは、強いとかいうよりも異様だった。
「あんなにおかしかったのは生まれて初めてでしたので」
エルナンは嬉しそうに言った。
タイロがさらに何か続けようとしたその時、ラウルが凄い勢いで近づいてきた。
「盛り上がってるとこ悪いが、一緒に来てほしいんだけど」
「どうしたんですか?」
「船着場があるんだよ。船はないんだけど、呼び鈴みたいなのがあるんだよ。トルドが鳴らすって言うんだが、一応みんなに来てもらった方がいいと思って」
トルドの名前に、残っていた3人は慌てて荷物をまとめ始めた。
☆☆☆
ラウルについて船着場らしき場所へと急ぐと、トルドが待ちくたびれた様子で座り込んでいた。
「おお、やっと来たな」
「呼び鈴はどこですか?」
早速トゥルーがそう尋ねると、トルドは立ち上がって湖の方を指差した。
「ほら、あそこだ」
揃ってそっちを見ると、木造のかなり長い桟橋の先端に、一際白く輝く何かが揺れていた。
よく見ればそれは確かにベルの形をしている。
「鳴らそうと思って近づこうとしたら、ラウルに引き戻されてさ」
待ってましたとばかりにトルドは足早に桟橋を渡りだす。トゥルーたちもそれに続く。
細かな模様の刻まれた橋を渡って、ベルに近づいた。
ベルは白い光を放ってはいたが、所々錆びていてなんだか鳴らなそうだった。
「これちゃんと鳴るのか……」
タイロがぼそりと呟くのを聞いて、トルドがにらみつけた。
「鳴らしてみれば分かるさ」
「ちょっと、そんな簡単に……」
「なんで止めるんだ? トゥルー。どうせ八方塞がりなんだから何でもやってみた方がいいだろ」
「それはそうですけど、一応逃げる準備とか」
言い終わるより先に、トルドの手がベルに触れた。
―――ガラン―――
「……」
ベルの音というにはあまりにも悲惨な音が辺りに響いて、メンバー全員が固まった。
鳴らしたトルドでさえ口を開けたままベルを見つめている。
「よっぽど長い間放置されてたんだな。このベル……」
ラウルがそう言って、トルドはようやくベルにかけてた手を離した。
「わざわざ来た割には何かあまり意味なかったみたいだな」
「そうですね。何か起こるのかと思ってたんですけど」
と、タイロとエルナン。トゥルーはガクリと肩を落としたトルドの横から、ベルを覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「何か書いてあります……古代文字……でしょうか? エルナン、読めませんか?」
ベルの淵をなぞってエルナンも首をかしげた。
「古代文字に似てますけど、ちょっと違いますね。所々の模様に何か意味があるみたいです。文字1つ1つの意味でなら……鐘と音と、数字の3……かな? 後は錆びてて読めませんね」
「鐘の音は3か!」
エルナンの言葉を聞くやいなや、トルドがベルに2度触れた。
「おいっ!」
タイロが止めようと手を伸ばしたが間に合わず、また悲惨な音が2度響いた。
3度目の音が出る前にエルナンが手を掴んだ。
「トルド、気持ちはわかりますが、とりあえずみんなの意見を聞いてから動いてください。何かあったらどうするんですか」
強い口調で言われ、トルドは舌を鳴らした。そして、エルナンの手を振り解き何か言おうとした。
だが、その言葉が出る前に、トルドは目を見開いて動きを止めた。
「船だ……」
トルドのかわりにラウルがつぶやいた。
トルドを止めようと湖に背を向けていたエルナンとトゥルーも、その言葉に振り返る。
今の今まで静まっていた水面が波打って、強く足元へと打ち寄せてきていた。そしてその波紋の中心には、やはり白く輝く船が一隻。
間違いなく、まっすぐこちらに向かっている。
「おいおい、本当かよ」
うめくようなラウルの声に、トゥルーも思わず頷いていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も、よろしくお願いします。




