【30】
川の流れは緩やかで水深も見事に一定、その上、水底に歩みを妨げるものもない。歩くにはもってこいだった。
まあ、足が重いとか水を吸った服が重いとか文句はあるが、バシャバシャと水しぶきを上げ、順調に進んでいる。
背中に大地を、前方に雲浮かぶ空という、不思議な景色を可能にしている状態の気持ち悪さを考えれば、これはかなりの成果だった。
「壁をよじ登るよりはだいぶマシなのは認めるけど、これはこれで大変だったよな」
頂上と思われる地点まで、だいぶ近くなったとこでラウルが苦笑した。
「そうですね。でも、暗くなる前についてよかった」
「ああ、それにしても、そろそろ陸に上がりたいよ」
トゥルーも同感だった。
水の中を歩くのも飽きていたが、トルドとエルナンの雰囲気の悪さにもそろそろ辟易してきていたのだ。
雰囲気を変えるためにも休みたかったが、腰掛けれそうな岩も陸もないここでは無理だった。
川岸に上がろうとすれば、まっ逆さまに崖を転げおちるだろう。
「もう少しですよ。あそこまで行けば、とりあえず普通に立てる場所がありますよ」
トゥルーは自分を励ますようにそう言って、空を見上げた。
頂上はすぐそこだ。
「なんとかついたな」
川の終りまであと数十歩のところで、タイロがそう立ち止まった。
川の終りは唐突で、角張った器の端から水が溢れるようにゆったりと流れ出しているだけだ。そして、水が溢れるその向こうは、どうなっているのか全く見えない。
トゥルーはなるべく岸辺に近づき、ゆっくりと頂上へと足を進めた。
「おっと」
川側から壁の頂点の角へと手をかけようとして、体が川からはじかれた。
慌てて手をさらに伸ばし、壁の上へと体を持ち上げる。
「トゥルー、大丈夫か?」
トゥルーの動きを見ていたラウルが、そう声をかけた。
普段やりなれないことの上、あまりにも突然足場がなくなって、よじ登ろうともがくトゥルーには答える余裕がない。
ラウルは肩をすくめて、その横に手を伸ばす。そして、軽々とその上へと登ってしまった。
それをいまいましげに見上げて、トゥルーも必死によじ登った。
崖の上へようやく立つと、そこはすでに夜の帳がおりていた。
真っ暗ななかに川のせせらぎと、打ち寄せては引く波の音が静かに響いてくる。
「進んでも大丈夫か?」
トゥルーを待ち、動きを止めていたラウルがそう聞いてきた。トゥルーは「多分」と答え、一歩踏み出した。
途端足元に白い光が生まれた。
慌てて体を引いたが、光は周囲へと広がっていき、やがて全体のの景色を浮かびあがらせた。
トゥルーは注意深くあたりを見回したが、特に目につくようなものはなかった。どごまでも敷き詰められた小石と、その向こうに大きな水溜りが横たわっている。
ただそれだけだ。
「湖だよな?」
ラウルが呟いた。
「近づいてみるか?」
いつのまにかトゥルーたちと並んだタイロがそう聞いた。
振り返るとトルドとエルナンもキョロキョロしている。
「そうですね、特に害になりそうなものもないようですし」
トゥルーが頷くと、全員が一斉に川沿いに歩き出す。
湖までの距離も結構あったが、川をさかのぼった時のことを思い出せばたいしたことなかった。
光る石を踏みしめ、湖の側までよる。
「大きいですね」
静かに寄せては返す波の合間から、その中を覗き込む。川と同じように澄み渡る水は、何処までも透明で、その深さは計り知れない。
「とりあえず休みますか。明るくならないとどうしようもないでしょう」
エルナンがそうトゥルーを呼んだ。皆居心地悪そうにしながら、石の上に腰を下ろしていた。
向こう岸の見えない湖をしばらく見つめてから、トゥルーもその輪に加わった。
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