【29】
トゥルーが休むのを理由にスコットをしばらく待った。
そして、いくら待っても状況は変らないと、エルナンの決断で出発した。
道は少しずつ上り坂になりながら、相変わらずくねくねと木々の間を進んでいる。
メンバーは深い森にはさまれた道を、無言のまま歩き続けた。
やがて傾斜が強くなり、道が完全に山道になったところで、ラウルがトゥルーを振り返った。
「なあ、次は湖って言ってたよな。湖って山の上にあるのか?」
「さぁ……伝承では湖ですけど……」
【太陽伝承】を思い出す。
「……場所は書いてなかったと思います」
「だよな……まあ、考えても一本道ならいつか行き当たるか」
「でしょうね。この道が続いてればね」
あまり期待はしてないような声音に、トゥルーも溜息をついた。
【太陽伝承】に湖の記述は少ない。それでも印象に残っているは、数行の詩のせいかもしれない。
「トゥルー、ちょっと」
先を歩いていたエルナンが、手を上げて呼んでいる。
トゥルーとラウルは足を速めた。
「どうしたんですか?」
「それがどうやら、行き止まりのようなんです」
「えっ?」
エルナンに促されて先を見ると、そこからすぐに急な坂が始まっていた。
だが登れない坂ではなさそうだ。
「登って見れば分かりますが……」
言われてトゥルーもラウルも坂を駆け上がった。
ここまで来て行き止まりと言われても、信じられなかった。
ずるずると滑りながら坂を登りきると、タイロがトゥルーたちを待っていた。
「完全に行き止まりだよ」
肩をすくめたタイロの背後には、道のかわりに巨大な壁がそそり立っていた。
右を見ても左を見ても道が続いている様子もない。
「本当に行き止まりみたいですね」
「だな……それにしても、こりゃ、何処まで続いてるんだ?」
壁に手をあてて、空を見上げる。
直立の壁は先が見えないほど高く、登るにしてもとっかかりがない。
「また、足止めか」
苦々しげにタイロがうめいた。
エルナンとトルドも追いついて、天を仰ぐ。
「どうする? これ、登るのか?」
「どうやって?」
「そりゃあ、手と足を使って……」
よじ登るマネをして見せたラウルを、タイロが睨み付けた。
「戻って違う道を探す方がいいと思う」
「他に道があると思いますか? この壁を越える方法があるんじゃないでしょうか? どこかに仕掛けがあるとか」
言いながらエルナンは辺りを見回す。
トゥルーも同じように見回してみたが、これといって何かありそうな物はなさそうだ。
「なあ、何か音が聞こえないか?」
壁の側でまだ空を見上げていたトルドが、振り返ってそう言った。
皆動きを止め、耳を澄ます。
確かに微かな水音に似た音が聞こえる。
「こっち側に川かなんかあるみたいだな」
トルドがそう右の茂みを指差す。
「行ってみますか?」
同意を求めるようにトゥルーは皆に尋ねる。メンバーはしばらく顔を見合わせた後、壁づたいに草をむしり始めた。
この山に入ってからずっとやってきたことだけに、皆草むしりが上手くなっている。
かなりのスピードでもって森を進み、すぐに水音へと近づいた。
「こりゃまた、すげぇな」
ラウルがそう、遥か上空を見上げた。
目の前にはまっすぐに流れ落ちる川があった。
足元は向かい側まですっかり大地が切り取られ、空と同じくらい深い崖になっている。そして、壁を少しだけえぐった場所を、豊かな水が静かに流れていた。それはまるで平地を流れる大河のように緩やかで、垂直であることさえ何の問題もないようだった。
時折、透明で清涼な水のなかを、小魚が群れをなして上流ヘ向かい泳いでいくのが見える。
「川、ですよね」
「滝には見えないな」
目をこするトゥルーに、ラウルが答えた。
「ここを登ってくってのはどうでしょう?」
ボソリとエルナンが呟き、メンバー全員が彼を振り向いた。
「ここって、川……をか?」
確かめるように、ラウルが聞く。エルナンは真顔で頷いた。
トルドが眉をよせる。
「大丈夫なのか? 落ちたら死ぬぜ」
「でも上に行くにはちょうどよくありませんか?」
「そう、だな」
エルナンの言葉に、タイロが何を思ったのか、近くの枝を折って川へと投げた。
どうゆう仕組みなのか分からないが、枝はタイロの手を離れると、当たり前のように水面へ落ち下方へと流れていく。
タイロはもう一度枝を投げる。今度は川から高い位置へ。
枝はほんの一瞬そのまま下へ向かったが、まるで引き寄せられるように川へと落ちた。
「大丈夫そうだな。川の上に出てみよう」
「待てよ、俺がやる」
タイロがそう見を乗り出したのをみて、トルドが慌てて止めた。
「こうゆう場合は体重の軽い奴がやるべきだろっ!」
「何で?」
「何でって、落ちた時引っ張り上げやすくないと困るだろーが」
落ちることを前提にしてるのか、トルドがタイロを引き戻す。
そして、トゥルーを振り返った。
「トゥルー、お前、行け」
「行けって……」
突然振られてトゥルーは後退った。
「スコットの次に軽そうなのは、お前だろ」
「それはそうですけど……分かりました。行きましょう」
メンバーの視線に負けて、トゥルーは頷いた。
そして、すぐに川へ向かう。
「おい、紐……」
「いいですよ。もしもの時は飛びますから」
トルドの手を払って、川へ進む。とりあえず足を出してみるが、どうも上手くない。
しばらく考えて、壁に向かって立ち、川へと手を突っ込む。川底に手をつき、足を入れる。
よつんばいになる形で、かなりかっこ悪いが、どうにか足場?は確保した。
ゆっくりと体重を移動する。森と川への境目を頭が通る時、方向感覚が変ってそのまま水に顔を突っ込みそうになったが、どうにかこらえることができた。
「トゥルー、どうだ?」
足に力を込め、体を起す。
何とか立ったが、メンバーとの方向が違っていて、妙な気分だ。
「大丈夫みたいです。歩けそうですし」
言って、足踏みしてみせる。
「方向は変ですが、こっちはこっちで問題ないみたいです。ここを登るのもいいかもしれませんね」
トゥルーは川の先を見た。流れる川の上にはただ空があるだけだ。
「なかなかな眺めだな……」
恐る恐る川に入ったラウルが空を見上げた。その後ろから次々にメンバーが川に入ってくる。
「この上に湖があるのか?」
「さあ、それは行ってみないと」
「だよな……じゃあ、登ってみるか」
うんざりしたように空を見上げて、ラウルが歩き出した。
「夜になるまで着けばいいけどな……」
ぼそりとトルドが呟いた。その声が聞こえたトゥルーは、こっそり溜息をついた。
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