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祭りの時  作者: 水瀬


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30/57

【29】

 トゥルーが休むのを理由にスコットをしばらく待った。

 そして、いくら待っても状況は変らないと、エルナンの決断で出発した。

 道は少しずつ上り坂になりながら、相変わらずくねくねと木々の間を進んでいる。

 メンバーは深い森にはさまれた道を、無言のまま歩き続けた。

 やがて傾斜が強くなり、道が完全に山道になったところで、ラウルがトゥルーを振り返った。


「なあ、次は湖って言ってたよな。湖って山の上にあるのか?」

「さぁ……伝承では湖ですけど……」


 【太陽伝承】を思い出す。


「……場所は書いてなかったと思います」

「だよな……まあ、考えても一本道ならいつか行き当たるか」

「でしょうね。この道が続いてればね」


 あまり期待はしてないような声音に、トゥルーも溜息をついた。

 【太陽伝承】に湖の記述は少ない。それでも印象に残っているは、数行の詩のせいかもしれない。


「トゥルー、ちょっと」


 先を歩いていたエルナンが、手を上げて呼んでいる。

 トゥルーとラウルは足を速めた。


「どうしたんですか?」

「それがどうやら、行き止まりのようなんです」

「えっ?」


 エルナンに促されて先を見ると、そこからすぐに急な坂が始まっていた。

 だが登れない坂ではなさそうだ。


「登って見れば分かりますが……」


 言われてトゥルーもラウルも坂を駆け上がった。

 ここまで来て行き止まりと言われても、信じられなかった。

 ずるずると滑りながら坂を登りきると、タイロがトゥルーたちを待っていた。


「完全に行き止まりだよ」


 肩をすくめたタイロの背後には、道のかわりに巨大な壁がそそり立っていた。

 右を見ても左を見ても道が続いている様子もない。


「本当に行き止まりみたいですね」

「だな……それにしても、こりゃ、何処まで続いてるんだ?」


 壁に手をあてて、空を見上げる。

 直立の壁は先が見えないほど高く、登るにしてもとっかかりがない。


「また、足止めか」


 苦々しげにタイロがうめいた。

 エルナンとトルドも追いついて、天を仰ぐ。


「どうする? これ、登るのか?」

「どうやって?」

「そりゃあ、手と足を使って……」


 よじ登るマネをして見せたラウルを、タイロが睨み付けた。


「戻って違う道を探す方がいいと思う」

「他に道があると思いますか? この壁を越える方法があるんじゃないでしょうか? どこかに仕掛けがあるとか」


 言いながらエルナンは辺りを見回す。

 トゥルーも同じように見回してみたが、これといって何かありそうな物はなさそうだ。


「なあ、何か音が聞こえないか?」


 壁の側でまだ空を見上げていたトルドが、振り返ってそう言った。

 皆動きを止め、耳を澄ます。

 確かに微かな水音に似た音が聞こえる。


「こっち側に川かなんかあるみたいだな」


 トルドがそう右の茂みを指差す。


「行ってみますか?」


 同意を求めるようにトゥルーは皆に尋ねる。メンバーはしばらく顔を見合わせた後、壁づたいに草をむしり始めた。

 この山に入ってからずっとやってきたことだけに、皆草むしりが上手くなっている。

 かなりのスピードでもって森を進み、すぐに水音へと近づいた。


「こりゃまた、すげぇな」


 ラウルがそう、遥か上空を見上げた。

 目の前にはまっすぐに流れ落ちる川があった。

 足元は向かい側まですっかり大地が切り取られ、空と同じくらい深い崖になっている。そして、壁を少しだけえぐった場所を、豊かな水が静かに流れていた。それはまるで平地を流れる大河のように緩やかで、垂直であることさえ何の問題もないようだった。

 時折、透明で清涼な水のなかを、小魚が群れをなして上流ヘ向かい泳いでいくのが見える。


「川、ですよね」

「滝には見えないな」

 

 目をこするトゥルーに、ラウルが答えた。


「ここを登ってくってのはどうでしょう?」


 ボソリとエルナンが呟き、メンバー全員が彼を振り向いた。


「ここって、川……をか?」


 確かめるように、ラウルが聞く。エルナンは真顔で頷いた。

 トルドが眉をよせる。


「大丈夫なのか? 落ちたら死ぬぜ」

「でも上に行くにはちょうどよくありませんか?」

「そう、だな」


 エルナンの言葉に、タイロが何を思ったのか、近くの枝を折って川へと投げた。

 どうゆう仕組みなのか分からないが、枝はタイロの手を離れると、当たり前のように水面へ落ち下方へと流れていく。

 タイロはもう一度枝を投げる。今度は川から高い位置へ。

 枝はほんの一瞬そのまま下へ向かったが、まるで引き寄せられるように川へと落ちた。


「大丈夫そうだな。川の上に出てみよう」

「待てよ、俺がやる」


 タイロがそう見を乗り出したのをみて、トルドが慌てて止めた。


「こうゆう場合は体重の軽い奴がやるべきだろっ!」

「何で?」

「何でって、落ちた時引っ張り上げやすくないと困るだろーが」


 落ちることを前提にしてるのか、トルドがタイロを引き戻す。

 そして、トゥルーを振り返った。


「トゥルー、お前、行け」

「行けって……」


 突然振られてトゥルーは後退った。


「スコットの次に軽そうなのは、お前だろ」

「それはそうですけど……分かりました。行きましょう」


 メンバーの視線に負けて、トゥルーは頷いた。

 そして、すぐに川へ向かう。


「おい、紐……」

「いいですよ。もしもの時は飛びますから」


 トルドの手を払って、川へ進む。とりあえず足を出してみるが、どうも上手くない。

 しばらく考えて、壁に向かって立ち、川へと手を突っ込む。川底に手をつき、足を入れる。

 よつんばいになる形で、かなりかっこ悪いが、どうにか足場?は確保した。

 ゆっくりと体重を移動する。森と川への境目を頭が通る時、方向感覚が変ってそのまま水に顔を突っ込みそうになったが、どうにかこらえることができた。


「トゥルー、どうだ?」


 足に力を込め、体を起す。

 何とか立ったが、メンバーとの方向が違っていて、妙な気分だ。


「大丈夫みたいです。歩けそうですし」


 言って、足踏みしてみせる。


「方向は変ですが、こっちはこっちで問題ないみたいです。ここを登るのもいいかもしれませんね」


 トゥルーは川の先を見た。流れる川の上にはただ空があるだけだ。


「なかなかな眺めだな……」


 恐る恐る川に入ったラウルが空を見上げた。その後ろから次々にメンバーが川に入ってくる。


「この上に湖があるのか?」

「さあ、それは行ってみないと」

「だよな……じゃあ、登ってみるか」


 うんざりしたように空を見上げて、ラウルが歩き出した。


「夜になるまで着けばいいけどな……」


 ぼそりとトルドが呟いた。その声が聞こえたトゥルーは、こっそり溜息をついた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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