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祭りの時  作者: 水瀬


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25/57

【24】

 サウス族は、かつて神の山を守る一族であった。

 元々成長が早い彼らは5才になると身体的な成長がとまる。しかし一人前と言うにはあまりにも幼いため、親元を離れ世界を知るための旅に送り出される。そして、10才になる頃村にもどり成人を迎えるのが、一族始まって以来の決まりだった。

 その決まりは、神の山を追われその麓に住まいを移しても、形を変えて続けられた。

 子供が5才になると、辺境の地にある平和だけが特徴の村から、トルマの学校へ入学するのが新しい決まりだった。

 その決まりは、もともと頭がよく手先が器用な者が多いサウス族の子供たちを村から遠ざけ、時代とともに過疎化が進んだ。

 スコットが生まれた時、村には20才以下の者は兄1人だった。


『スコットがあと2年生まれるのが遅いか早いかしてれば、彼はこんなことしなかったんだろうねぇ』


 兄が暴力的になってからしばらくして、その言葉がスコットの耳に届いた。

 誰が言ったかは覚えていない。意味も理解できない。でも、ひどく心に残った。

 避難場にこもるようになってすぐ、スコットの口からその言葉がこぼれた。


―――もしあと2年生まれるのが遅いか、早いかしていれば……


 ふと呟いた言葉は、何故かスコットを落ち着かせた。

 それ以来、兄に追いかけられた時はその言葉を思い出した。

 暗闇の中で膝を抱えて、瞳を閉じて。いつか両親が帰ってくるその時まで。


「どうしたの? こんなところで」


 いつものように呟いていると、不意に誰かが肩を揺らした。

 驚いて顔を上げると、暗闇のはずの目の前に少女がいた。

 

「大丈夫? ここが何処か分かっている?」

「ここは、森?」


 少女の黒い大きな瞳に見つめられて、スコットはそう答えた。

 両親が作ってくれた避難場所にいたはずなのに、少女の背後には光溢れる緑が広がっているのだ。


「かわいそうに……迷ってしまったのね」

「や、やめてよっ! 僕もう子供じゃないっ」


 優しく頭をなぜられて、スコットは思い切りその手を払った。

 少女は淋しげに首を傾げる。


「そうね、あなたはもう子供ではいわね。でも、迷っている。だからここに来たのでしょ?」

「迷う? 僕が何を迷っていると言うの?」

「私はみんな知っているのよ」


 少女はもう一度、見上げるスコットの頭をなぜはじめた。


「偉かったわね。たった一人で我慢して。でももういいのよ」

「何がいいの? 僕はまだ……兄さんを見つけてない」


 声が震える。スコットと兄との不仲を決定的にした事件を思い出して、耳を塞ぐ。

 スコットは少女を知らない。サウス族でもない。だから何も知っているはずはないのに。その声はスコットを動揺させる。


「兄さんは僕のせいで罪を犯したのにっ!」

「でも、あなたは悪くない」

「!?」

「……お兄さんは自分の罪を償うわ。自分自身で……だって、それはお兄さん自身の問題ですもの。それより」


 しゃがみこんで、瞳をのぞきこんでくる。


「あなた自身が救われなくっちゃ」

「僕?」

「そうよ。そしたら」


 スコットは少女を見つめた。黒い髪と瞳の少女はふわりと微笑んだ。


「きっとお兄さんも戻ってこれるわ」

「本当に?」

「本当よ。それに、あなたも」


 白い手が差し伸べられる。


「僕は……」

「大丈夫よ。私がついているから」


 言われて、スコットは思わずその手を取った。

 何かに絡めとられるような感覚を首筋に感じたが、少女のやわらかな手に触れたとたん消えてしまった。

 導かれるまま、立ち上がる。

 そして歩き出した。

 ゆっくりと進むその背を、スコットは必死で追いかけた。

 降り注ぐ白い光に今にも消えそうな、その少女の背を……



 ☆☆☆




 きらきらと様々な色の光が空を覆っていた。

 トゥルーはそれを見上げながら、この光景を見たのはいつだったろうと考えた。

 どこかから聞こえる魔法の言葉に、糸が漣を打ち七色の光を放つ。とてつもなく美しい色を振りまき、ひとしきりざわめき煌いた後、急速に力と光を失いその糸は消失する。そして、空はただの青い空に戻る。

 トゥルーはその魔法の軌跡を見て、思わず笑った。


―――そうか、これは始めて魔法を見たときなのか。


 もう長いこと忘れていた古い記憶。トゥルーが魔法使いを目指すきっかけの思い出。

 ということは、どこか近くにティラがいるはずだ。

 トゥルーは辺りを見回し、長い銀髪の男を捜した。

 そして、広場の中心に光の余韻を全身に残したまま、空を見上げる男を見つける。


「あのっ」


 トゥルーは少しだけ近寄り、そう声をかけた。あの時とおなじように。


「……君は?」


 振り返った男は、そうトゥルーを睨みつけた。トゥルーが知ってるティラとなんら変ることのない姿で。


「あの、今の魔法ですよね?」


 どきどきしながら、そう尋ねた。ティラは目を見開いた。


「今のが見えたのか?」「はい、すごく綺麗ですね」

「綺麗?」


 初めて魔法を見た日。トゥルーは素直な感想をティラに言った。

 ティラは不快感を隠そうとはしなかったが、しばらくトゥルーを見つめた後肩をすくめ笑った。


「魔法を習ってみるか? 素質はあるようだし」


 そう頭を叩かれて、トゥルーは嬉しかったことを覚えている。

 この後起こったことを考えると、笑ってはいられないのだが。

 トゥルーはこれ以上見る必要はないと判断し、記憶の中に入り込んだ糸を探り出し捕まえる。

 同時に目の前の景色が凍りつく。


「魔法って凄いよなあ」


 思ったことを口にして、首を降る。

 いろんな形で存在する魔法を面白そうに見ながら、捕まえた糸をたどる。

 上手くいけば、絡めとられたメンバーを見つけ出せるだろう。

 問題は彼らが魔法の見せる思い出を乗り越えられるか、ということだけだ。

 魔法そのものはそんなに悪質なものでないようだから、魔法だと理解し、それを自力で退けれれば、反動で彼らの場所が分かるだろう。

 そうすればすぐに力を失い、トゥルーたちを出口へと導くばずだ。


「後は待つだけ」


 止まってしまったティラと、かつての自分の姿を見つめながら、トゥルーはそう呟いた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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