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祭りの時  作者: 水瀬


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22/57

【21】

 白。いちめんの白。その白は、強い光を伴って、ラウルの目を突き刺した。

 視界を奪う光に、両手で顔をおおい、息を詰める。


「みんな、大丈夫か?」


 ようやく搾り出した声はかすれていたが、誰かには届いたようだった。


「何が大丈夫なんです?」


 真っ白な世界が急速に光を失い、かわりに聞きなれた声がした。

 瞳に残る痛みを指で押さえ込み、無理矢理瞼を持ち上げる。


「……どうしたんです?」

「ここは……」

「? どこか悪いんですか?」


 心配そうな声の主が、がラウルを覗き込んでいる。まだちかちかする瞳を細めて、声の方を見る。

 

「トゥルー……『遠征』は? 他の奴らは大丈夫なのか?」

「『遠征』……ですか?」


 かなり不思議そうな顔に、ラウルは違和感を感じてあたりを見回した。

 目の前は、また白い世界だった。でもただ白いのではなかった。

 白い石畳。白い建物、沸き立つように舞い上がる白い砂埃。あの緑1色の世界とは明らかに違い、人の生活が溢れた場所だ。

 忘れたくても忘れられない思い出の場所。


「ここは、炎の王国……か?」


 思わずそう言葉が出た。トゥルーがますます不思議そうな顔をする。


「本当に大丈夫ですか? もし具合が悪いなら宿に戻っててもいいですよ。今日は儀式の説明があるだけですから」

「儀式?」


 何の、とは聞けなかった。ゆっくりと立ち上がり、トゥルーを見つめる。

 ラウルの知ってるトゥルーより、幾分背が低く幼い顔立ちがその瞳を見つめ返してくる。

 あの時と同じように。


「彼女のことが心配なんですか?」


 ふと、トゥルーがそう聞いた。

 ラウルは悲鳴をあげそうになって、口を抑えた。


「……これは、夢、なのか?」


 思わずうめく。何度も何度も思い出しては次第に諦め薄れた記憶が今、ひどく鮮明な形で目の前に現れた。

 トゥルーも、その言葉も、肌を焼く熱も、すべてがあの時のままだ。

 違うのは、ラウルだけだった。


「ラウル? 顔色が悪いですよ。やっぱり宿に戻った方がいいですね。どうせすぐ退屈するでしょうし」


 すっかり青ざめたラウルに、トゥルーが言う。

 ラウルは首を振った。そして、考える。

 あの時、何を言ったかを。間違えてはいけないような気がした。


「そう、だな。でも、行くよ。明日変な行動でヒンシュクをかうのは嫌だからな」


 ゆっくりと答える。答えはあっていたらしい。

 トゥルーは肩をすくめて、背を向けた。そして、言った。


「今日で最後です。彼女に会えるといいですね」


 ラウルは何も言えなかった。

 あの時と同じように。




 ☆☆☆




 真っ白な世界に、波の音がする。

 体全体が高く持ち上げられ、ふわりとした感覚の後、まもなくほおり出される。

 トルドは座り込んだまま、そのうねりに体をあずけた。

 衝撃はないが、軽い浮遊感がトルドは何よりも好きだった。

 幾度目かの波を過ごした後、近くに人の気配を感じた。


「トルド、トルド。起きろ、そろそろ時間だぜ」


 目の前の白いものがめくりあげられ、誰かが顔を出した。

 黒い髪と瞳。屈強な体格の青年が目を丸くして、トルドを覗き込む。


「なんだ、起きてたのか。……そろそろ界越えだ」

「ディーク? 何のことだ?」

「おいおい、しっかりしてくれよ。界越え近くなったら起こせって言ったのは、あんただぜ」

「界越え?」


 同じ船乗り仲間で唯一年の近い青年の苦々しげな顔を見つめて、トルドはしばらく考える。

 そういえば、寝台に入る前に何か頼んだような気がする。


「役目は果たしたからな」


 大きく溜息をついて、ディークはそう背を向けた。

 トルドは慌てて呼び止める。


「ディーク、待てよ。もう寝るのか?」

「ああ、寝るよ。界越え海域で目を開けていようなんて酔狂な船乗りは、この世界のどこを探したっていないと思うぜ」

「そりゃあそうだろうけどさ」


 ディークの服の裾をつかんで、引き寄せる。


「お前だって、見てみたいだろ? 界を守る女神って奴をさ」

「……見たくないね、そんなもの」


 小声でささやいたトルドに、ディークは思い切り頭をふった。


「界越えで起きてるなんざ、正気の沙汰じゃない」

「怖いのか?」


 挑発するように言ってみる。が、ディークは乗ってこなかった。


「あほなこと言ってんじゃねーよ。お前こそ1人が怖いならやめとけよ。悪運が強いからっていい気になってると、痛い目に遭うぞ」

「ちぇ」


 兄が弟にするように諭され、トルドは舌打ちをした。

 ディークは笑って、その頭をぽんぽんと叩く。


「迷信だって思うかも知れないが、それなりに根拠があるんだぜ」

「理由なんて、知らないくせに」


 ぼそりと呟くと、頭の上の手に力がこめられた。


「理由は知らないさ。でも人がやめろということは止めた方がいいものさ。特に神様って奴が関わることはな」


 分かったかと念押しされて、トルドは渋々頷いた。

 頷いたが、その目は納得していなかった。ディークを恨めしげに見上げる。

 ディークは、それを無視して自分に割り当てられた場所に向かい背を向けた。


「ディーク」

「……」

「ディーク」


 トルドは2度、そう呼びかけた。

 ディークは1度目の呼びかけで足を止め、2度目で大きな溜息と共に振り返った。

 その瞳にはすでに諦めが浮かんでる。

 しょうがねぇなあ、という言葉が。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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