【21】
白。いちめんの白。その白は、強い光を伴って、ラウルの目を突き刺した。
視界を奪う光に、両手で顔をおおい、息を詰める。
「みんな、大丈夫か?」
ようやく搾り出した声はかすれていたが、誰かには届いたようだった。
「何が大丈夫なんです?」
真っ白な世界が急速に光を失い、かわりに聞きなれた声がした。
瞳に残る痛みを指で押さえ込み、無理矢理瞼を持ち上げる。
「……どうしたんです?」
「ここは……」
「? どこか悪いんですか?」
心配そうな声の主が、がラウルを覗き込んでいる。まだちかちかする瞳を細めて、声の方を見る。
「トゥルー……『遠征』は? 他の奴らは大丈夫なのか?」
「『遠征』……ですか?」
かなり不思議そうな顔に、ラウルは違和感を感じてあたりを見回した。
目の前は、また白い世界だった。でもただ白いのではなかった。
白い石畳。白い建物、沸き立つように舞い上がる白い砂埃。あの緑1色の世界とは明らかに違い、人の生活が溢れた場所だ。
忘れたくても忘れられない思い出の場所。
「ここは、炎の王国……か?」
思わずそう言葉が出た。トゥルーがますます不思議そうな顔をする。
「本当に大丈夫ですか? もし具合が悪いなら宿に戻っててもいいですよ。今日は儀式の説明があるだけですから」
「儀式?」
何の、とは聞けなかった。ゆっくりと立ち上がり、トゥルーを見つめる。
ラウルの知ってるトゥルーより、幾分背が低く幼い顔立ちがその瞳を見つめ返してくる。
あの時と同じように。
「彼女のことが心配なんですか?」
ふと、トゥルーがそう聞いた。
ラウルは悲鳴をあげそうになって、口を抑えた。
「……これは、夢、なのか?」
思わずうめく。何度も何度も思い出しては次第に諦め薄れた記憶が今、ひどく鮮明な形で目の前に現れた。
トゥルーも、その言葉も、肌を焼く熱も、すべてがあの時のままだ。
違うのは、ラウルだけだった。
「ラウル? 顔色が悪いですよ。やっぱり宿に戻った方がいいですね。どうせすぐ退屈するでしょうし」
すっかり青ざめたラウルに、トゥルーが言う。
ラウルは首を振った。そして、考える。
あの時、何を言ったかを。間違えてはいけないような気がした。
「そう、だな。でも、行くよ。明日変な行動でヒンシュクをかうのは嫌だからな」
ゆっくりと答える。答えはあっていたらしい。
トゥルーは肩をすくめて、背を向けた。そして、言った。
「今日で最後です。彼女に会えるといいですね」
ラウルは何も言えなかった。
あの時と同じように。
☆☆☆
真っ白な世界に、波の音がする。
体全体が高く持ち上げられ、ふわりとした感覚の後、まもなくほおり出される。
トルドは座り込んだまま、そのうねりに体をあずけた。
衝撃はないが、軽い浮遊感がトルドは何よりも好きだった。
幾度目かの波を過ごした後、近くに人の気配を感じた。
「トルド、トルド。起きろ、そろそろ時間だぜ」
目の前の白いものがめくりあげられ、誰かが顔を出した。
黒い髪と瞳。屈強な体格の青年が目を丸くして、トルドを覗き込む。
「なんだ、起きてたのか。……そろそろ界越えだ」
「ディーク? 何のことだ?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。界越え近くなったら起こせって言ったのは、あんただぜ」
「界越え?」
同じ船乗り仲間で唯一年の近い青年の苦々しげな顔を見つめて、トルドはしばらく考える。
そういえば、寝台に入る前に何か頼んだような気がする。
「役目は果たしたからな」
大きく溜息をついて、ディークはそう背を向けた。
トルドは慌てて呼び止める。
「ディーク、待てよ。もう寝るのか?」
「ああ、寝るよ。界越え海域で目を開けていようなんて酔狂な船乗りは、この世界のどこを探したっていないと思うぜ」
「そりゃあそうだろうけどさ」
ディークの服の裾をつかんで、引き寄せる。
「お前だって、見てみたいだろ? 界を守る女神って奴をさ」
「……見たくないね、そんなもの」
小声でささやいたトルドに、ディークは思い切り頭をふった。
「界越えで起きてるなんざ、正気の沙汰じゃない」
「怖いのか?」
挑発するように言ってみる。が、ディークは乗ってこなかった。
「あほなこと言ってんじゃねーよ。お前こそ1人が怖いならやめとけよ。悪運が強いからっていい気になってると、痛い目に遭うぞ」
「ちぇ」
兄が弟にするように諭され、トルドは舌打ちをした。
ディークは笑って、その頭をぽんぽんと叩く。
「迷信だって思うかも知れないが、それなりに根拠があるんだぜ」
「理由なんて、知らないくせに」
ぼそりと呟くと、頭の上の手に力がこめられた。
「理由は知らないさ。でも人がやめろということは止めた方がいいものさ。特に神様って奴が関わることはな」
分かったかと念押しされて、トルドは渋々頷いた。
頷いたが、その目は納得していなかった。ディークを恨めしげに見上げる。
ディークは、それを無視して自分に割り当てられた場所に向かい背を向けた。
「ディーク」
「……」
「ディーク」
トルドは2度、そう呼びかけた。
ディークは1度目の呼びかけで足を止め、2度目で大きな溜息と共に振り返った。
その瞳にはすでに諦めが浮かんでる。
しょうがねぇなあ、という言葉が。
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