【19】
誰も、何も言わなかった。
リジアはうつむいたままだった。
トゥルーたちは、言葉の意味そのものを理解しようとしていた。
そんな中、沈黙を破ったのは、ラウルだった。
「話が、さ、何か、飛びすぎじゃあ、ないか?」
さすがに声がうわずっている。
「なあ、トゥルー」
話を振られても、トゥルーにもエルナンにも答える余裕はなかった。
リジアの言ったことを考えるので精一杯なのだ。
またしばらく沈黙が流れ、ようやくエルナンが口を開いた。
「その男の言うことは本当なのでしょうか? ここは人の入ない場所のはず、何故わざわざこの村へ?」
「貴方たちは洞窟から現れた。それで証明になるでしょ」
答えたのは、ロスだった。
すたすたとリジアの側まで来ると、その肩に手をかける。
「リジア、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「あのさ、外のメンバーの1人ちょっとやばいと思うんだ。話途中になるかもしれないけど、出発させたほうがいいみたいだよ」
ロスがその顔に似合わない難しい表情で、そう言った。
「赤い髪の方ですか?」
「うん、気付いてた?」
「スコットに何かあったんですか?」
2人の話にエルナンが割り込む。
リジアが、ようやく顔をメンバーに向ける。
「もしかしたら場に捕まったかもしれません。脱落者以外の人がここでどんな影響をうけるのか分かりませんが、ここの癒しの力はかなり強力です」
「場?」
「……もう出立した方がいいでしょう」
トゥルーの言葉には応えず、リジアはそう続けた。
「あんなことまで話すつもりはなかったのですが……かえって混乱させてしまいましたね」
「リジア。あの話、ぼくは教えて良かったと思うよ。だって、何の努力もしないで壊れるのを見るのは辛いでしょ」
ロスが、トゥルーたちを見回す。
「……リジアもぼくも次の啓示があれば応えるつもりだったんだ。どんなに時が止まってても、この姿のままでいるのは結構苦しいよ。でもあの男が現れて、ぼくたちはもう少しこの姿でいることにしたんだ」
眼を閉じ、また開く。その少しの間にロスの瞳には強い力が満ちていた。
「あの男が言ったように、貴方たちは洞窟から現れた……だから、貴方たちならできるんだ。『太陽の子』を目覚めさせることが、きっと……お願いだよ。ぼくたちを『解放』して」
感情的な願いに満ちたロスの声は、メンバーの胸にまっすぐ届いた。
それは、なんとかしなければと思わせて、あまりあった。
「……」
3人はそれぞれ何か言いかけ、パクパクと口をあけたが結局声にはならなかった。
勇者と言ったって、本当に神様に選ばれたわけでも、何か特殊な守りがあるわけでもない。お祭りで、命がけのイベントに選ばれた運の悪い若者たち、それが『遠征』のメンバーの姿なのだ。
神の山に入った過去の勇者たちと同じように、自分たちだって脱落するかもしれない。
運良く登りつめたとしても、『太陽の子』は目覚めないかもしれない。
大陸の存亡だの、『解放』など言われたって、はいそうですかと軽軽しく答えることは出来なかった。
「ロス、やめなさい。皆さん困ってるじゃないですか。すみません。我々のことは気になさらないでください」
「リジア、でもっ!」
「あまり役に立つ話は出来ませんでしたね。もっといろいろ話せると思ってたのですが……急いだ方がいいようです。村の出口までお送りしましょう」
リジアは立ち上がった。その顔は暗く、口はもう固く閉ざされていた。 トゥルーたちは何も言えないままその後に続いた。
ロスも黙々と先を進み、やがて噴水のある広場にメンバーを導いた。
タイロとトルドがこちらに気付いて、スコットを起こしにかかる。その様子を見て、
「早くここから離れた方がいいですね。こちらです」
リジアとロスは歩き始めた。
慌ててメンバーも歩き出す。何もない道をさらに進むと、唐突に道は切れ森が始まった。
「ここから、森です。案内できるのはここまでです」
「ぼくらはここから先に進めないんだ」
「そう、ここから出るには時が立ち過ぎてしまいました」
ロスの言葉を受け取って、リジアはゆっくりと続けた。
「啓示を受け入れ肉体を失っても、永久の安らぎを得ても、ここからは世界の理の中には戻れないのです。それでもここから出たい、知りたい。『遠征』の本当の目的や、我々が選ばれた理由を、そして、【太陽伝承】の真偽を見たい」
「何の話だ?」
突然出立を告げられたトルドが、トゥルーに耳打ちする。トゥルーは何かを言わなくてはと眉を寄せたが、考え付く前にエルナンの声がした。
「我々が『太陽の子』を目覚めさせることができるとは限りません。ですが、できる限りのことはします。今はそれしか言えません」
「十分ですよ。ありがとう」
リジアは頭を下げた。
そして、
「貴方たちは貴方たちの『遠征』を行えばいいんです。たとえ、それが失敗で終わろうとも―――貴方たちは、永遠に我々の希望なんですよ」
そう嬉しそうに、微笑んだ。
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