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祭りの時  作者: 水瀬


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2/57

【1】

「あら、お帰りなさい。トゥルー」


 衝撃の発表の後、ラウルの愛馬・ドルフを借りて跳ぶように家に帰ったトゥルーを迎えたのは、いつもと変らない母の声だった。

 泣いているかも……と心配していたトゥルーは、そんな母に少し驚いてあいまいな返事をしただけだった。


「今まで何をしていたの? 連絡もしないで」

「ティラ様の所へ。招霊の呪文のスペルかうまくいかなくて……」

「空文字?」


 あまり知られていない魔法用語を、母親は軽く口にする。


「うん」

「昔は私も使えたのよ。ごく簡単なやつだけど」


 トゥルーの母。バトラー・マールは昔、―――正確にはトゥルーを生むまで―――太陽神殿の巫女であった。魔法用語くらい分かって当然なのだが、トゥルーが神殿に上がると知ったとき、その少女のような顔を鬼のようにゆがませて反対したものだ。それ以前にしたって魔法の“ま”の字が出るのも嫌がった。一体何があったのか……。

 それでもトゥルーは魔法にあこがれて神殿に上がった。おかげでトゥルーとマールはその後5年以上顔を合わせなかったほどだ。


「3日前よ」


 何を言ったらいいのか考えているうちに訪れた沈黙を破ったのは、マールだった。


「3日前、ティラ様とローサン様がみえて、貴方が『遠征』の勇者に選ばれたと言われたわ」


 お座りなさいと促されて、トゥルーはおとなしく椅子に座った。

 話をしなくてはならない、いろいろな、事を。


「トゥルー、貴方には話しておかなくてはならない事がたくさんあるわ。バトラー家のことや力の系譜、そして―――父親のことも」


 マールは軽く頭をふってトゥルーを見つめる。しかし深い悲しみを称えた瞳は強い意思の光を持っている。それはトゥルーの知らない―――神に仕えた巫女としてのバトラー・マールの一面だった。

 トゥルーは無言で母親を見た。


「私はねトゥルー。お前がここに宿ったと知ったときから、この日が来るのが分かっていたの。貴方が特別な子供で、『遠征』の勇者に選ばれる、と……」


 自分の腹に手を触れ、ふぅ、とため息をもらす。


「いつか、話さなくては……そう思って結局、今日まで話す事が出来なかった。時は待ってくれない事も、行動しなければ何も変えれない事も分かっていながら、自分に目隠しをして逃げていた……」

「母さん……」


 トゥルーはそう言って、首を振った。


「母さんは、オレが『遠征』に行った後の事も分かる?」

「・・・いいえ、それは見えなかったわ」


 見えなかった……、マールは未来見をしたのだ。なら、それは確定していない未来があるということ。

 それは予感と違って、決まってない未来は絶対に見えないのだ。


「母さん、オレは必ず帰ってくる……必ず、何があっても」


 気休めにしかならないような言葉を、トゥルーはあえて口にした。

 待ち合わせの時間が近づいていたこともあったが、聞きたくなかったのだ。マールの話を。

 逃げているのは、自分も同じだ……と、トゥルーは思った。


「トゥルー」


 マールは、トゥルーと同じ青い瞳を潤ませた。


「ちゃんとした話は帰って来てからでいいのね」


 言いながら、ゆっくりとした動作で自分のペンダントをはずして、トゥルーの首へとかける。

 小さな丸い金のプレートに、何か不思議な模様が描かれてた、トゥルーが子供の頃からマールが身に付けているものだ。


「母さん……」

「必ず帰ってくるんでしょう?」


 穏やかにマールが微笑む。でも、少し苦しそうだ。


「トゥルー、これだけは、何があっても覚えておいて。他の誰の言葉も信じては駄目よ。ここで私が話すことだけが真実。私だけが真実を知っている事を、それだけは、忘れないで」

「分かったよ、母さん」


 胸にかかったペンダントを握って、トゥルーは頷いた。


「トゥルー」

「か、母さんっ?」


 マールが突然トゥルーを抱きしめた。

 その細い腕が強くトゥルーの体を引き寄せる。

 

「トゥルー、私の<光の子>」


 耳元でマールがそうつぶやく。トゥルーはその柔らかな感触に、ゆっくりと目を閉じた。


(最後にこうされたのはいつだったろう? ……懐かしい香がする……)

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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