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祭りの時  作者: 水瀬


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19/57

【18】

「【太陽伝承】が改竄されてる、と言いたいんですか?」

「改竄? そんなたいそうなものじゃありませんよ。あれはただの御伽話。人づてに変化していくのは仕方のないことです」

「太陽神殿に伝わるものなんですよ。そんな簡単に変わるなんて……」


 トゥルーはそこで言葉を切った。

 【太陽伝承】は太陽神がこの地に降りたこと、月光神と出会ったことなどが書かれた物語集のようなものだ。

 その物語を語るそれぞれの人が、その想いや想像をを物語に付け加えたところで、改竄とは言えないだろう。

 そして、何よりも【太陽伝承】を、太陽神殿の教典であるとは誰一人言っていないのだ。

 トゥルーも【太陽伝承】を読み、ティラにその物語について言葉をもらったが、一度だってそれらしいことは言われなかった。神殿のレリーフになってるから覚えるようにくらいのものだった。


「私が考えるに、【太陽伝承】は『遠征』のために作られた物語のような気がしてならないのですよ。その証拠に、『遠征』のメンバーがいう物語の内容は時代によって変化し、次第にこの山の内部について詳しく語られるようになってる」


 トゥルーの続きを待たずに、リジアは話し出した。


「私の時代とロスの時代のものを比較すれば、かなり違うことが分かりますよ。たとえば『湖』の記述が、私の時代にはなく彼の時代には存在してることとか……」

「御伽噺なら、貴方が物語りすべてを覚えてないだけということもあるのではないですか?」


 言葉を失ったまま考えこむトゥルーに代わって、エルナンが聞き返す。

 エルナンも【太陽伝承】をよく覚えていなかった。子供の時聞いたたげの物語をすべて覚えている者がそうそういるはずがない。


「【太陽伝承】はよく読みました……もちろんすべてのページをそらで言えるとは言いませんが、どんな話があったかくらいは覚えています。ロスはあの通りまだ子供でしたし・・・」

「なあ、それよりさ、時代が違うってなんだ? あんたらここの住人なんだろ?」


 ラウルが不思議そうに尋ねた。トゥルーもエルナンもそう言われればと頷く。

 リジアとロスは親子ほどとまでは行かないが、年はかなり離れている。だが、物語が変化するほど長い差ではないはずだ。


「私もロスも元々ここの住人ではないんですよ。かつて『遠征』のメンバーに選ばれ脱落し、この村に逃げ込んだ者です」

「脱落者?」

「『遠征』の途中で諦めた者たちを私たちは脱落者とよんでます。この村は脱落者の村なんですよ。私はこの村で何人も脱落者を迎えました。そして、ロスは1番最近の脱落者です」


 リジアの言葉は淡々としている。感情も何も感じられない。

 リジアは遠まわしに自分がかなり長い間ここにいるといっている。

 『遠征』は100年に一度―――大祭の時のみ行われるイベントで、その時以外に人が入ることは殆んどない。ということは、


「こは時が止まってます。私とロスは違う時代の『遠征』のメンバーで、旅の途中で脱落しここにいる」

「待ってくれ、ここに来るのが脱落者なら、俺たちの旅はもう終わりってことか!」


 ラウルの驚きはもっともなことだ。リジアの言い方では、トゥルーたちの『遠征』はこの村にたどりついた時点で、終りということになる。


「違う……貴方たちは違います」

「何が違うんだ?……俺たちはここにたどりついた、脱落者って事だろう?」

「脱落者は自我と記憶を失ってこの村へやってきます。あなた方はそうではない……それだけでも、十分な証明になるんですよ、ここでは」


 声に少しの変化もなかった。リジアは、大きく息をついた。


「だからこそ【太陽伝承】の話は重要なんです。この山から生きて帰ったものはいない……だからと言って、想像だけでこの山のことがそんな簡単に変化するものでしょうか? 物語からこの山の記述が抜けていくなら理解できます。でも増えている上それが正しい情報だとしたら? おかしいと思いませんか?」


 トゥルーには何もいえない。自分の時代以外の【太陽伝承】を知らないし、それに、自分が知ってる【太陽伝承】がこの山の今の状態と本当に合致しているか確かめたわけでもない。


「おかしいとか、おかしくないとか、そうゆうもんか? もしかしたら、想像で変化してるのかもしれないだろう? ここは神の山なんだし……それに、あんただってこの先に何があるのか知らないんだろ」


 ラウルの意外な発想に、3人は面食らった。

 しばらくして、リジアがそうですね、と笑い出した。


「そうゆう考え方もできるんですね」

「リジアさん?」

「そうだ、貴方たちはどうして洞窟があることが分かったんです?」


 不意に真剣な顔になって、尋ねられる。


「【太陽伝承】で……」


 トゥルーはまたも言うのをやめなければならなかった。

 エルナンも思い当たったらしく、青ざめた顔でトゥルーをみている。

 もしラウルの言ったことが真実なら……?


「私は長い間この村にいますが、そこに洞窟があることは誰も知らなかった」


 リジアの声が心なしか震えている。


「いえ、気付きませんでした。この村はそう広くないし、あの洞窟とそんなに離れているわけでもない。なのに私たちはあの洞窟があることを、ここ最近まで気付きもしませんでした。ある日洞窟から1人の男が現れたことで、洞窟があると分かったんです。それまであの場所はただの森でした」

「洞窟が作られた―――と言いたいんですか?」

「彼の考えから言えばそうでしょうが、私は何かで隠されていたと思ってます」


 ラウルをちらりと見て、リジアは肩をすくめた。ラウルの発想は面白いが、信じるにはかなりの勇気と証拠が必要だ。


「その男は『遠征』のメンバーではないようでした。他の脱落者と違いおかしな様子もなく、2・3日するとまたふらりと出て行きました。だけど、彼は私たちに言葉を残しました。……やがて洞窟から『遠征』メンバーが現れること、彼らが私たちを解放してくれる最後の『遠征』のメンバーであること、そして」


 リジアは頭を抱え、うつむいた。

 エルナンが静かな声で促した。


「そして?」

「もし、そうならなかったとき―――大陸は消えると」

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も、よろしくお願いします。

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