【17】
「ぼくさ、苦手なんだよね。人に何か説明するのって」
ロスお気に入りという広場は、確かに心地いい場所だった。
青々と高く茂る木々の取り囲むその中央には、七色の光を放つ噴水と幾組かの長椅子とテーブルが置かれている。目をつぶれば、流れ弾ける清水の音と葉擦れのざわめきがいい具合に耳に入ってくる。
すでに眠りに入ったスコットを横にして、タイロとトルドはロスと向かい合った。
両手で頬杖をつき、唇をとがらせるロスの姿はどこから見ても普通の少年のものだ。何かあるとはとうてい思えない雰囲気だ。
「えーと、何だっけ……ぼくの事だっけ?」
ひどく疲れたような表情でロスは続ける。
「何から話たらいいのかなぁ。うーんと、ぼくはロスだよ」
「……それは、分かってる。聞きたいのはさ」
トルドが思わず突っ込んだ。ロスはきっと睨み付けて、その言葉を遮る。
「黙って聞いててよ。まとめるの大変なんだから……と、ぼくは魔法使いで、『遠征』のメンバーだった」
「お前が? 『遠征』のメンバー? 何言ってるんだ!」
トルドが怒鳴る。ロスはうるさそうに手を振って
「そうだよ、今回の『遠征』のメンバーはあんた達だ。ぼくは過去の『遠征』のメンバーなんだよ。この山に『遠征』に来て―――脱落したんだ」
と、言いたくなさそうに顔をしかめる。
トルドは何か言いかけたが、今度はタイロに止められた。
「脱落者はこの村に集められる。いつか、リジアがそう言ったよ。ぼくが何故脱落したのかは分からない。ぼくが覚えているのはこの山に入るとこまでと、この村で目を覚ました後からだけなんだ。それはぼくだけじゃないよ。この村にたどりつく人はみんな、何があったか覚えてないって言うんだって」
「覚えてない?」
「ここにたどりつく人は始め皆おかしいんだ。暴れる人もいるし、暗闇を求めて村中をはい回る人とかいろいろいるよ。でもこの村に長くいると、色んなことがどんどん頭からなくなっていくんだ。そして、いつしかココロニヘイアンガオトズレて、村にたどり着くまでなにがあったかは忘れちゃうんだって」
ひどく言いにくそうな言葉を使って、ロスは息をついた。
「やっぱ受け売りの言葉は言いにくいや……」
「リジアも『遠征』のメンバーだったのか?」
不意にタイロがそうたずねた。ロスは大きく頷く。
「ぼくよりずーと前からここにいるみたい、どれくらい前からはわかんないよ。ここは時が止まってるから、時間を数えるのは大変なんだよ」
タイロもトルドもその言葉の意味がわからなかった。眉をひそめてると、2人の疑問を感じ取ったのか、ロスが先を続けた。
「太陽神の魔法の1つだよ。リジアは月の女神がここに降りた証だって言ってた。月の魔法は人を癒し、太陽の魔法がその力をこの地に繋ぎとめる。交じり合った魔法は思いがけない効果を生み出す。この場所では時にその力が干渉したって事」
「ふーん、よく分からないが、お前が過去の『遠征』のメンバーなのにその姿でいるのは、時が止まってるからってことか。でもさ、じゃあ、何で他に人がいないんだ?」
時が止まってるなら、人は死ぬことはないってことじゃないのかと、トルドの顔は言ってる。
気配はする、でも姿は見えない。
「・・・ああ、彼らは啓示に応えたんだ。この村に入ってある程度すごすと、啓示がおりてくる。それに応えると肉体を失って、精神だけの存在になるんだ。」
「啓示、ねぇ」
分かってるのか分かってないのか、トルドはそう繰り返た。
ロスはそんなトルドにむっとしたらしく、また唇をとがらせ立ち上がった。
「難しいことは分からないよ。ぼくは魔法使いとしてはスジがいいって言われたけど、勉強は全然だめだったからね。これ以上のことを聞きたいなら、リジアに聞きなよ・・・それに、ぼくの感ではその寝てる人、かなりやぱいと思うよ」
言い捨てて、とめる間もなく、その姿を茂みへとすべり込ませた。
トルドとタイロは呆然と少年の消えた場所を見つめていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次話も、よろしくお願いします。




