【15】
招かれた家―――村全体からそうなのだが―――の印象は、ひどく殺風景なものだった。
扉もそこから続く廊下も、途中通り過ぎた部屋にも、必要最小限なものしか置かれておらず、生活感というものがまったく感じられなかった。まるで廃墟のような空気さえ流れている。
ロスは綺麗に磨かれた廊下を進み、つきあたった扉の前で足を止めた。
「リジア、いる?」
ノックを2度して、そう声をかける。
中からは物音1つしない。
「入って」
返事を待たずに、ロスは扉を押し開けた。
6人が入っても十分な広さの部屋のその中心に男が1人座っていた。
茶色の髪と碧の瞳の、まだ若い男だ。
「リジア、『遠征』の勇者をつれてきたよ」
「ありがとう、ロス。勇者たちよ、どうぞお入りください」
男は立ち上がり、両手を広げてメンバーを迎える。トゥルーとエルナンがとりあえず前に進み出た。
「ようこそ、我々の森へ。『遠征』の勇者たちよ」
「我々の森……?」
「私は現在の村長でリジアと申します。何もないところですが、どうぞおくつろぎください」
促されるままメンバーは、リジアの周りに腰を降ろす。一通り自己紹介したところで、ロスがお茶を持ってきた。
「なあ、エルナン。話が長くなるようなら、こいつ連れて外見てきたいんだか……いいか?」
トルドがそうスコットを指差す。エルナンはすでに虚ろな表情になっているスコットを見て、肩をすくめた。
「そうですね。リジアさんたちがよければ、その方がいいでしょう」
「私どもはかまいませんよ。ロスに案内させましょう。案内といっても、あまり見るところはないですが……」
スコットの様子に、リジアも笑っている。
「じゃあ、お言葉に甘えて……スコット、起きろ」
「えっ? はい? えっ?」
突然背中を叩かれて、スコットが背筋を伸ばした。リジアとロスが声を殺して笑いだし、メンバーは溜息をもらす。
「ほら、行くぞ」
何が起きたか分かってない赤い髪の少年を無理やり立ち上がらせ、トルドはリジアに軽い会釈をする。それと同時にタイロが立ち上がり、
「付き合う」
それだけ言って、扉の方へと向かう。
「お、おい」
トルドが慌てて、スコットを引きずりながらその後を追いかける。
「せっかくお茶入れたってのに、せっかちな奴らだなあ」
「……ロス、案内して差し上げなさい」
「分かったよ」
リジアの言葉に、チッと舌を鳴らしてロスは嫌そうに扉へ向かった。
その後姿を見送って、リジアが穏やかな瞳で残ったメンバーを見る。
「ここに危険はありませんから、心配いりませんよ。それより話を進めましょうか、時間もあまりないことですし」
「そうですね。聞きたいことはいろいろあります―――ここは一体何処なのか。我々の森とはどうゆう意味なのか、そして、貴方たちは?」
リジアは、エルナンの質問を黙って聞いていた。そして、少し考えてから答えだした。
「ここは、神の山を覆う樹海の1番、聖神殿に近い場所です。我々の森と呼ぶのは、この場所が唯一太陽神の力が及ばない場所だからです」
「太陽神の力がおよばない?」
トゥルーは思わず聞き返した。太陽神の力に満ちたこの神の山で、その力が及ばないことは驚きだった。
確かに、かなり苦戦した樹海とは違う力が満ちているのは感じる。
目を細めてリジアはそうトゥルーを眺め回した。
「あなたは魔法使いですね」
トゥルーはその言葉に眉をひそめた。だがリジアの持つ雰囲気は誰かを思い出させる。
「ああ、そうか、……貴方も魔法使いなんですね?」
リジアは頷いて、天井を見上げる。何かを感じ取るように。
「貴方も魔法使いなら、感じませんか? この地に残る『月』の力を……」
言われて初めてトゥルーは、洞窟から感じていた力の正体が『月』の魔法力だと気が付いた。
微かな残り香のような冷たく優しい夜の力。
太陽神の力にすぐにでも消されてしまいそうなほどか弱いが、ゆったりとこの地に留まっている。
「一体どうしてこの地に『月』の力が?」
「さあ、それは分かりません。ですがもし私が太陽神なら、愛しい人が降り立った場所をそのままに保ちたいと思うかもしれませんね」
「『太陽伝承』ですか」
結局そこに行き着くのか、というようにエルナンが口を開いた。
リジアは首を振る。
「『太陽伝承』は所詮、御伽噺ですよ。その時代によってかわっていく。真実なんて1つもない」
「でもこの山では、1番真実に近いはずです」
トゥルーの反論にリジアは苦笑した。
「近いのではなく、近づけられてるんですよ」
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