【13】
洞窟内を進むのは確かに楽だった。
幅の広い一本道で、奇妙な形の凹凸がある以外特に行く手を阻むものもなかったし、何より木や蔦がないのは心理的にも肉体的にも余裕が生まれた。
トゥルーは手持ちの『光玉石』を進路に浮かべ、時々聞こえてくる風の音を頼りに出口を探すことに専念できた。
だが、メンバーにとってはあまり良い状況ではなかった。出発の時にあった、適度な緊張感が失われつつある。
「何もおこりませんね」
言ったのはスコットだった。彼はいろんな意味でまだ若いらしい。高い声が、洞窟内へ響いていく。
メンバー全員の視線がスコットに集まり、彼はびっくりしてまた口を開きかけた。
「スコット、声を出すな」
低い声でラウルが制し、タイロがスコットの口をふさぐ。
他のメンバーは役立たずな剣に手をかけ、あたりに視線を走らせる。
緊張のひとときが過ぎ、メンバーはそれぞれに安堵の息を吐き出した。
「スコット、もう声をだすな。お前の声は響きすぎる」
トルドがそうスコットの耳を引っ張った。スコットはコクコクと頷いて、頭をかいている。
「先に進みましょう」
最後尾のエルナンが促す。トゥルーは全員を見回してから先を目指した。
洞窟がどこまで続いているかわからないのだから、当然細心の注意は必要だ。
うかつな行動は最終的に自分の首をしめることになる。
洞窟内に大きな害がないのは、ここへ跳ぶ前に調べてある。獣がいたとしても、メンバーたちの敵にはならない。
もちろん、それはトゥルーだけが知っていることだ。わざわざ教えてせっかく生まれた緊張感を消すのはよくないだろう。
それに、タイロ以外の実力をトゥルーは知らない。もしもの時役に立つのか、トゥルーの援護にどの程度反応できるか。戦闘時の行動がわからないと、かえって邪魔になる場合もある。
「トゥルー、何かいないか?」
しばらくして、ラウルがそう足を止めた。
「人の気配を感じるんだが」
「……調べてみます」
言われて、トゥルーは洞窟内に意識を集中させる。
昨日探ったときよりさらに深く精神をのばして、生き物の気配のみに感覚を合わせる。
「いますね、かなり多いです」
トゥルーたちがいる場所から少しだけ離れた場所に、まぎれもなく人間の気配が固まっている。
出口探しに夢中になったとしても、今まで気が付かなかったのが不思議な数だ。
「あっちの様子まで探れるか?」
「ええ、今やってます」
「どうかしましたか?」
トゥルーとラウルの様子に、エルナンが入ってきた。
ラウルが状況を説明する。
「伝承では『道』の後何があると?」
「確か『湖』だったと思うのですが、距離からするとまだ森、いえ、道が続くと思います」
トゥルーは、伝承を思い浮かべながらそう言った。
「この洞窟はあの蔦の『道』へと続いているということですか?」
「それは分かりません、道がすべてあの状態とも限りませんし」
過去に選ばれた『遠征の勇者』たちが、あの蔦だけで足止めされたというのはあまりに不自然だ。魔法の影響があるとはいえ、植物に行く手をはばまれ、それで終りなんてあまりにむごい。
森にはあの蔦以外に、何か特殊な魔法が存在しているような気がする。この洞窟に避難したことで一時的には逃れられたが、それだけで終わるとはとても思えない。
『遠征の勇者』たちが歩みを止めずにいられない何かがあるはずだ。
徐々に近づいてくる気配に意識を送りながら、トゥルーは続ける。
「オレの力では見破れない未知の魔法か、他の仕掛けがあるのかもしれません。気が付かなかったのはオレのミスですが、人がいないはずのこの神の山に『人の気配』があるのも気になります」
「罠、ですか?」
エルナンは眉をひそめる。
「言い方は悪いですが、それに近いものがあると思った方がいいですね」
「で、……その人の気配は、罠なのか?」
トルドがいらだたしげに進み出た。
その手はすでに剣を握っている。
『人の気配』はかなり近づいている。意識しなくても感じ取れるほど近くに。
「トゥルー、話は終わりだ」
ラウルが鋭い視線を闇に向けた。メンバーもそれに合わせるように息を潜める。
トゥルーが何かを言うより早く、ラウルの声が響いた。
「くるぞっ!!」
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