【12】
「忘れるわけじゃない……」
うっすらと眠りの向こうで、うめくような声を聞いた。
トゥルーは瞼を持ち上げて声の方を見ると、ラウルが炎の前に座っていた。
両手で顔をおおい、まるで泣いているようだ。
「ラウル?」
思わずそう声をかけると、小さく息を呑む音が聞こえた。
「トゥルー……、すまない、起こしたか?」
「いえ、もう十分休みました」
振り返ったラウルは泣いてはいないようだった。
トゥルーは起き上がって、ラウルの隣へ座る。
「大丈夫なのか?」
座るのを待って、ラウルが聞く。すでに何度も言われた言葉に、トゥルーは笑って答えた。
「本当に大丈夫です。昨日と同じ事ができますよ」
「もう必要ないだろ。樹海さえこえられれば後は」
「そうもいきませんよ。ここだって今大丈夫でも、この先もそうとは限らないし」
声が大きくならないように気をつけながら、洞窟内を見回す。
「それに、オレの魔法がどこまで通じるのかも分かりません」
「樹海は越えたんだ、あとは自分たちの力でなんとかできるさ、もし出来ないなら」
と、ラウルは悪戯を思いついたようなときの瞳で、トゥルーを見る。
「生き残る資格はないってことさ」
「やなこと言うなよ、ラウル……」
トゥルーが何か言うより先に、背後からトルドが声が聞こえた。
そろって振り返ると、他のメンバーもすでに起き上がっている。
「いつから起きてたんだ?」
「私は、『魔法』がどうかってあたりからですよ。それより、今外はどれくらいですか?」
エルナンは、すっかりいつもの調子を取り戻したらしい。
「多分、休閑の刻ごろだと思いますけど」
「げっ、もう昼かよ、そんなに寝てたのか?」
トゥルーが答えると、トルドが目をむいた。
「そういうわけではありません。樹海では時間の進み方が違うみたいです。オレたちが樹海に入った時はもう夕方でした。その後オレが……」
トゥルーはそこで少し顔をしかめた。倒れたことを思い出すのは、嫌な気分だったが咳払い1つして、続ける。
「……眠ってた時間と食事、そして、このゆっくり眠ったっていう感じを入れると、昼頃だと思います」
「確かに、よく寝たって感じするもんなあ」
トルドが溜息をつく。
「もう昼ですか。そろそろ出発した方がいいですね」
「この洞窟を進むか、それとも樹海に戻って道を探すか、だな」
エルナンに続いて、そうタイロが言う。
「出来れば樹海へは戻りたくないです」
スコットが慌てて割ってはいる。よほど吊り上げられたのが嫌だったらしい。
「洞窟を進む方がいいでしょう。『太陽伝承』に山の頂に続く2つの道があると記述がありますから、この洞窟を進んでも『太陽の子』にたどりつけると思います」
「1つは樹海、そして、もう1つがこの洞窟・・・ですか」
考え込むようにエルナンが呟く。
「どちらに行っても危険なことはかわりないんだろ、なら動きやすい方を選んだ方がいいだろ」
「そうですね、私もこの洞窟を進む方に賛成です」
トルドの言葉に、エルナンも頷いた。
合わせるようにメンバー全員が首を縦に降った。
「洞窟を進むでいいんですね、では、出発しましょう。今日中にこの洞窟をぬけたいですから。トゥルー、火をお願いできますか?」
「あ、はい。分かりました」
突然振られてトゥルーは思わずラウルをみた。
ラウルは炎を見つめている。
「ラウル、いいんですか?」
去りかけたラウルの背に、トゥルーはそう聞いた。
火を消してしまうのは簡単だか、ラウルのさっきの表情が気になったのだ。
「いいんだ、消してくれ」
振り返りもせずにそう言って、離れていく。トゥルーは溜息をついて炎を見た。
燃える炎の色は、彼女の瞳の色と同じ。北の都で出会った少女そのものの色。
「……なんだか嫌な役だなあ」
「トゥルー、早くしろよ」
トルドの声にトゥルーは思い出しかけた記憶を追いやった。そして、左手に力を巻きつける。
「しょうがない……えーと」
『炎の力よ、今一度聖なる石のなかに留まりて、我らが願いをかなえたまえ』
呪文と同時に力に守られた手で素早く石を握りしめ、手のまわりに溢れた炎を水の聖語で吹き消す。
「これでよし、と」
―――あとはラウルに返すだけだけど……
「いらないって言うだろうなあ。……ま、しばらく預かっておくか」
独り言を言いながら、立ち上がる。
元の姿を取り戻した『出火石』を腰の袋に放り込み、メンバーを追った。
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