プロローグ
「ティラメイタル・ケラマイトラ」
世界を象徴する青い衣をまとった人々は、太陽神殿の床にひれ伏して≪神を求める言葉≫を繰り返す。
100年に一度の大祭が今、始まろうとしているのだ―――
ル・シーニ大陸の西方、西の国と呼ばれる地の中心、貿易の都・トルマの太陽神を祭る神殿は珍しく人が溢れていた。
ソールディズの収穫祭のように市が立つわけでも、舞踏団が集まるわけでもない。ただひたすら7日にわたって経典を読み上げるだけの面白みのない祭りだというのに。
それなのに、100年に1度の太陽神への感謝のためにル・シーニ大陸の信心深い民はトルマへと足を運ぶ。
ある者は山を越えある者は海を渡り、普段はたった1人の神官とその弟子しかいない太陽神殿へと。
太陽神殿は、太陽神がこの地にはじめて降り立った場所と伝わる地に建っている。
そう、トルマの街の中心に、だ。
木造建築が主流のこの地域では珍しい石造りの大きな建物だ。トルマの南にある山から切り出したといわれる薄黒い石に細かなレリーフが刻みこまれ、この世界では唯一であろう技術で組み上げられている。
そしてその神殿の石畳の上に、青い衣を着た巡礼者たちはひれ伏しひたすらに呪文のような言葉を繰り返し続ける。
「ティラメイタル・ケラマイトラ……か。さすが太陽神とでも言えばいいのか?」
人々が皆、前方の祭壇にむかって祈りをささげる中、黒い衣に身をつつんだ男がそうつぶやいた。
神殿の石柱の影から人々の様子を冷めた瞳で眺めやり、深くかぶったフードをはずす。茶金の髪がこぼれ、青い瞳がまぶしそうに細められる。
まだ少年だ……。
「太陽神がそんなにえらいのかね……」
太陽神殿の中でつぶやくにはあまりにも不謹慎な言葉だ。だが、回りの者達は祈りに夢中で少年の言葉に気付くものはいなかった。
少年は軽く髪をかきあげて、ため息をついた。
祭壇では、デブでハゲでチビなトルマの長・アルマイエ=トーマス=ローサンが、抑揚のある演説なれした声で長い挨拶を続けている。
「誰も聞いてないだろうに、難儀なことだ」
少年は眉をひそめたが、ローサンが『遠征』についてあれこれと述べているのが聞こえて一人頷いた。
「『遠征』……そうか、そんなのもあるんだったな」
100年に一度の大祭ならではともいうべき、神への忠誠を示す行事。選ばれた7~8人の男に、神が所望する供物を神の住まいへと届けさせるというもの。供物はその時々によって物であったり行動であったりと様々だ。
100年前の供物は、確か真珠だったと聞いている。
「みなのもの、これよりティラ様より大祭の供物とそれを運ぶ勇者を告げていただく。心して聞くがよい。……ティラ様、お願いいたします」
ざわめく人々にそう告げて、ローサンは数歩下がったところで床へひれ伏した。同時に、祭壇奥の太陽を示す紋様の刻まれた扉が音もなく開き、白い法衣に身を包んだ長身の男が現れた。
長い銀の髪と銀の瞳。年齢不詳の神官は優雅な動作で祭壇に祈りを捧げ、一通りの聖句を読み上げる。
「ティラメイタル・ケラマイトラ」
締めくくりにそう言って、ティラは人々へ向き直った。
水を打ったように人々が静まり返る。
一点の曇りもない瞳が神殿いっぱいを見回した後、人々が待ち望む言葉がゆっくりと紡がれる。
「ティラメイタル・ケラマイトラ。100年に1度の大祭のこの日、我らが光の御方は我らに希望の光をお与え下さった。100年の……いや、我らが太陽神殿が始まって以来続く祈りの心を今こそ神へ捧げよう……」
ティラはそこまで言って、人々の反応を見る。人々は顔をあげティラの次の言葉を待っている。ティラはもったいぶったように息を吸うと、目を閉じて言った。
「……神は求められた。神の山・イルファンにあるといわれる城の扉を開くことを―――、神は<太陽の子>の復活をお望みになられたのだ」
「<太陽の子>……だって!?」
ティラの言葉に少年が声を荒げた。その場にいた人々は皆一様にざわめいた。
<太陽の子>とは何か、誰が復活するのかという言葉が飛び交っている。
「<太陽の子>がどうしたって?」
不意に背後から声をかけられて少年は振り返った。聞きなれたその声の主は、やはり良く知った人物のものだった。
「ラウル……びっくりさせないでください」
少年はほっとしながらも、幼馴染でもあるラウル・ボーマンをにらみつけた。が、次の瞬間今度はその身に纏う服に目を見張った。いつもは黒しか身につけない黒髪黒眼の男が、純白の服を着ているのだ。
「ラ、ラウル……その服、まさか」
「あぁ、これか、そうだよ、『遠征』の服だ」
みりゃあ分かるだろうと、白いマントを振ってみせる。
「良く似合うだろ」
少年より頭ひとつ大きなラウルは確かに長いマントがよく似合ってる。しかし、
「いいのか?」
「めでたいだろ? 100年に1度の宝くじで大当たりだ」
少年の言葉に込められた意味をラウルは分かったようで、そう肩をすくめてみせた。
「まあ、そろそろ弟達も兄離れしてもいいころだし、ちょうどいいさ」
「両親は、なんて?」
「それは俺にもしもの時の話か?」
「そう言うわけじゃ……」
「……お、『遠征』のメンバーの発表だぜ、お前も聞いとけよ」
言葉をさえぎるようにして、ラウルは祭壇を指差した。
ちょうどティラが白い封書を祭壇からおろしたところだ。
「では、『遠征』の勇者を発表する・・・勇者に選ばれたのは」
ティラは言って、封を開けた。
1人また1人と名前を挙げていく。
知った名前がいくつか挙がった後、ラウルが呼ばれた。そして、
「な、今オレの名前呼ばれた?」
神殿いっぱいに自分の名を呼ばれ、少年はラウルを振りかえった。
ラウルは一瞬眉を寄せたが、ポンと手をうってニヤリと笑った。
「お前、しばらく家に帰ってないだろ」
「え、あぁ、ここしばらくは森にいたけど……」
「お前なぁ、居場所ぐらいはっきりさせといた方がいいぞ。何かおかしいとは思ったんだ。服も着てないし、俺の心配はしてくれるし……それに、親といえばお前の母さんの方が出発間際まで放しそうにないんもんなあ」
今ごろここにいるはずないよなあ、と一人うなずく。
「どうゆう意味だよ」
「認識力のないやつだなあ。だからさ、宝くじに当たったんだよ、トゥルー、お前も」
新連載始めました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
微妙ですが、よろしくお願いします。