112
「清っちこれも欲しいなぁ」
「同じのこの前買ったろ?」
「麻里も使うからすぐなくなっちゃうんだよ、ね? だからお願い」
「まったく、仕方ないな」
「わぁーい! さすが清っち優しい」
今日は買い出しに篠原がついてきてしまった、夕飯前に出掛けたから早く帰らないと神崎に怒られるってのに。
「まだ見るのかよ……」
「女の子の買い物は時間かかるんだよ」
「神崎はすぐ決めるぞ?」
「じゃあ女の子じゃないのかもね、あはは」
結局1時間くらいオーバーしてしまった、今頃神崎怒ってるかもな、もしかして日向も。
帰って来てキッチンの方をこっそり見た。 あれ? まだ作ってる。
「おかえりなさい柳瀬さん彩奈」
「おかえり清人」
「まだ出来てなかったんだな、俺ら遅かったから怒られると思ってた。 それに日向も今日は一緒なんだな」
「ほーら、だから大丈夫だったじゃん」
「それはあなたが柳瀬さんについていったから遅くなるだろうと思ってこっちも遅くしたんです! 今日はパンを作っているので麻里もやってみたいという事で一緒に作ってました」
「へぇ、パンか。 お前なんでも出来るな」
「あたしも手伝ったし覚える」
今は焼けるのを待っているところらしい、よく見るとまだ焼いてない丸い物が。
「あ、それはまだ焼いてないんですよ、ただの丸パンですけどね」
「へぇ〜、こんなんなんだな」
「今焼いてるのは生食パンです、焼けたらそのまま何も付けなくても美味しいと思いますよ? 麻里も柳瀬さんのために頑張ってましたし、ひゃッ!」
言った途端神崎は日向に脇腹を突かれた。
「そういう事」
「ありがとな日向」
「んー、じゃあ何日か分作った?」
「はい、そう思って今焼いてる他にもありますし。 彩奈は明日の朝食パンがいいですか?」
「私はそれでOK!」
そして焼けた頃に誰か来たようでキッチンの部屋のドアがノックされる。
「はーい。 ええッ!? お、おじい様おばあ様!!」
「久し振りだね莉亜、元気にしてるかい?」
神崎のおじいちゃん、おばあちゃんてことはあの嫌味な父さんの親か。 金持ちだからかやはりどこか気品がある気がする。
「お久し振りです…… どうしてこのようなところに?」
「辰巳が来たって聞いてね。 奴の事だ、莉亜に辛く当たったんじゃないかと思って」
辰巳…… 神崎の父さんか。
「…… 私はお父様やおじい様達の望むような娘ではありませんでした。 こうなったのは仕方ない事です」
「そんな事はない、いいんだよ。 莉亜の将来は莉亜が決めればいい。 私はそれを全力で応援するぞ」
「そうよ莉亜、辰巳は私達の育て方が悪かったのかああなってしまった、私達の責任でもあるの。 あなたにその事で辛い思いをさせてごめんなさいね」
「おじい様おばあ様……」
あれ? 神崎の父さんと違って話が大分わかりそうな人だ。
「柳瀬君だね?」
「あ、はい」
神崎のおじいちゃんを向いて話し掛けてきた。
「君にも辰巳が失礼な事を言ったようだね? 私から謝罪しよう。 どうか許してくれ」
「えっと…… はい、こちらこそ出過ぎた真似をしてしまったんじゃないかと少し反省しております」
「いやいや、あのバカ者には言ってやらなきゃならんのだが私達が言ってもまったく聞かなくてな、親失格は私達もだ」
「そんな事ありません、おじい様やおばあ様は不出来な私にとても優しくしてもらっておいて私はそれに何もお返しが出来ません」
「いいんだよ莉亜が伸び伸びと成長してくれる事が何よりのお返しだ。 それと莉亜の友達の麻里ちゃんと彩奈ちゃんも莉亜に仲良くしてくれてありがとう」
「どうも……」
「いえいえ! なんだか話通じそうな人達じゃん」
そして神崎のおじいちゃんとおばあちゃんはキッチンを物珍しそうに見渡す。
「なかなか良いところじゃないの莉亜」
「ええ、ここにこうして居られるのもおじい様やおばあ様のお陰です」
このボロ屋を良いところなんて普通は嫌味にしか聞こえないがこの人達は本当にそう思っているように聞こえた。
「良い匂いがするね」
「あ! パンを焼いておりました、おじい様とおばあ様も是非!」
「ほぉ、莉亜が焼いたパンを食べれるなんて嬉しいな」
「じゃあせっかくだから頂いていこうかしら」
という事で神崎家と夕飯を共にする事になった。 この人達は神崎とだけではなく俺や日向、篠原ともすぐに打ち解けた。
こんな親から何故あんな冷徹な人間が産まれるのだろうと思ったがなんせあの神崎製薬だ、産まれながらのエリートっていうのは何かしらプレッシャーがあるのかもしれないけどあれはあんまりだよな。
「美味しいわ莉亜。 これならお店を開けるんじゃないかしら?」
「そんな…… でもありがとうございます」
「あたしも作ったんだけど」
「ああ、麻里ちゃんもなかなか筋がいいよ?」
「変に張り合うなよ……」
夕飯が終わると家の中を見て回り神崎のおじいちゃんとおばあちゃんは目を輝かせていた。 こんなボロ屋なのに…… 癒しを求めているんだろうか?
「じゃあそろそろ私らは行くよ。 また気が向いたら来ていいかい?」
「はい、いつでも来て下さい」
ふと外を見ると黒いベンツが停まっていた、中には運転手らしき人が。 こういうところは流石金持ち。
「みなさんお騒がせしました」
「いい人達だったな」
「その息子は捻くれ者だけどね!」
「莉亜の事好きなんだねあの2人」
「ええ、あのお2人が居なかったら私は……」
「まぁ今は俺達も居るしな」
「はい!」




