104
寝る前にテーブルに置いておいた携帯のバイブ音で目を覚ます。 神崎達から連絡かな? と思ったが画面を見て飛び起きた。
『先輩!?』
『あ、柳瀬君やっと出てくれた。 お風呂にでも入ってるのかと思ったよ』
『すいません、寝てたみたいです』
『だったら起こしてごめんね? あのー…… 今時間あるかな?』
『大丈夫ですけど』
時計を見ると21時ちょっと過ぎだった。
『えーとね、今玄関前に居るんだけど』
『え!? ちょっと待ってて下さい!』
俺は急いで身なりを整えて玄関に出ると携帯を耳に当てた先輩が立っていた。
「こんばんは。 遅くにごめんね?」
「いえいえ、こちらこそ待たせてしまって。 中に入って下さい」
「お邪魔します」
先輩を見ると事務員服のままだ。 帰ってなかったのかな? それにスーパーの袋を持っていた。
「柳瀬君ご飯食べた?」
「ああはい、今日は神崎達が用意したものがあったので」
「そっか、ならよかった。 流石に遅くなっちゃったから」
「あの……」
「あ、これ?」
俺が質問すると先輩は買い物袋を俺に見せた。 野菜など食材が入っている。
「ほら、あの子達居ないでしょ? 柳瀬君ちゃんとした物食べられるのかなってちょっと気になっちゃって」
「わざわざそんな…… ってまさか先輩が作ってくれる!?」
「ごめんね、余計なお世話だったかな?」
「と、とんでもない! 寧ろ凄く嬉しいです」
「ふー、ならよかった。 これ冷蔵庫に入れたいからキッチンに行ってもいい?」
「そんなの俺がやりますよ」
「じゃあ一緒に行こ?」
先輩とキッチンに向かうとマズい事に気付いた。 明日の朝まとめて洗い物しようとしていたので夕飯の食器がそのまま流しに。
だらしない奴だと思われる…… いや実際だらしないんだと思うけど。
「ん?」
「いえ」
キッチンへ行くと先輩は「わぁー」と声を漏らした。
「なんかちっちゃい食堂みたいだね、変わったとこだと思ってたけどこういうのっていいね」
「住んでみるといちいち移動するから面倒なとこもありますけどね」
「そんな事ないよ。 私も一緒に住んでみたいなぁ、楽しそう。 ん?」
先輩は洗い物を残している流しを見てしまった。 しまった……
「あらら、しょうがないなぁ」
「明日の朝やろうかと思いまして……」
「うふふッ、私が洗っておくね。 なんだか柳瀬君の生活スタイルがわかっちゃうなぁ」
「だらしなくてすみません」
「ううん。 やる事あって来た甲斐があったなって思ってるからいいよ」
先輩は流しの前に立ち洗い物をしていく。 俺も手伝おうと思ったが座って待ってていいよと言われた。
テーブルから洗い物をしている先輩の後ろ姿を見ていると夢なんじゃないかと思ってくる。 先輩が俺の奥さんになったら毎日この光景を見られるのだろうか?
「よし、こんなところかな」
洗い物が終わり先輩は買ってきた物を冷蔵庫に入れていく。
「お料理はやっぱりあの子達担当? 結構食材あるね」
「はい、俺料理そんなに得意じゃなくて任せっきりになっちゃってます」
「ふむふむ、柳瀬君は見切り発車で一人暮らしスタートしたんだねぇ」
「一人暮らししているうちに覚えようと思ったんですけど。 まぁ言い訳ですね」
「あはは、ごめんごめん。 そんなつもりじゃないよ、だったらここに来る理由あるかなってそう考えちゃって」
「来る理由なんて…… 先輩が来てくれて凄く嬉しいです」
「ありがとう。 あ、何か飲む?」
「は、はい!」
先輩はコーヒーを淹れてくれた。
「柳瀬君甘いの好きなんだよね?」
「え?」
「だってよくジュース買う時も甘い物だし。 違った?」
「いえ、その通りです」
先輩ちゃんと俺の事見ててくれたんだな。 そう思うと更に嬉しくなった。
「こんな風にしてみんなといつもご飯とか食べてるのかな?」
「はい、いつもうるさいですけどねあいつら」
「彩奈ちゃんとか明るいもんね。 私じゃ物足りないかもしれないけど」
「そんな事ありません、話し相手居ないってあまりなかったので実際の一人暮らしってするとこんな感じなのかなってさっきまで思ってました。 というか先輩はまだ家に帰ってないんですよね?」
「うん、今日は夕飯外で済ませちゃって買い物してたからね」
「あ! お金、買って来てもらったのに今の今まで気付かなくてすみません」
俺が部屋に財布を取りに行こうとしたら先輩に手を掴まれた。
「いいからいいから。 何も言わないで来たのは私だし私がそうしたいなって思ったからやってるだけだから。 それに私は君の先輩だよ?」
先輩はニコッと笑って言った。 手握られちゃった。
「あッ……」
俺が先輩の手に視線をやっていると先輩は手を離した。
「ごめん、つい……」
「あ! そういうわけじゃなくて嬉しいというか恥ずかしいというか」
俺は何を童貞臭い事を言ってるんだ?
「柳瀬君何か食べたい物とかある?」
「え? 先輩の手料理ならなんでも」
「んー、そうは言ってもなぁ。 そうだ! 明日は柳瀬君の分のお弁当も作ってくるね!」
「いいんですか!?」
「うん、1人分作るのも2人分も一緒だから。 明日までに夕飯に食べたいもの考えておいてね? 朝ご飯はパン屋で買ってきたパンもあるからそれ食べてね」
「何から何までいいんですかね?」
「だって私と柳瀬君ってお互い好きって言っちゃったし…… 私もこれくらいはしたいなって。 引いちゃう?」
「そ、そんなはずはありません!」
「よかったぁ。 じゃあ今日は時間も時間だしそろそろ帰るね、ちゃんとお風呂に入って明日は寝坊しないように早起きするんだよ? 早起きしても二度寝はしない事!」
「はい。 本当にありがとうございます」
神崎達には余裕だみたいな事言ってたけど俺ってかなりあいつらに甘えてたんだなって思う。
先輩を見送り先輩が来てくれた嬉しさの余韻に浸り今日が終わった。




