10
「もう! 遅いよ柳瀬君、近くに引っ越したのになんでいつもより遅れてるの?」
「すみません、ちょっと引っ越したばかりでゴタゴタしていて。 慣れてないとこだとダメですねぇ」
「まぁそうかもしれないわね、でも柳瀬君も近くに引っ越したんなら今度一緒に飲みに行く?」
「え? いいんですか?」
「柳瀬君来て助かってるもん。 要領良いし私が教えた事ちゃんとやってくれてるし助かってるからさ。 前は人手不足で私が伝票作ってそのまま準備して配達とかにも行ったりさせられて大変だったし柳瀬君が来てくれてずっと楽になったしね」
感動だ。 先輩にそんな風に言われるなんて…… 本当に要領良いなら大学まで行ってこんなチンケな食品会社の配送員なんてやってないと思うけど、この人が居てくれるだけで俺はそんなのどうでもいい。 つまらない会社唯一の救い、それはこの先輩がいること!
この人は乙川 弥生。 俺より2つ上で仕事の先輩。 俺は入社してから乙川先輩の仕事をサポートしていた。
「今日は柳瀬君が初めてのスーパーに配達に行くから慣れるまでそこが来たら少しの間は私と一緒に行こうね?」
「はい!」
俺はこの会社で彼女を見た瞬間一目惚れしていた。 ポニーテールで猫のような愛くるしい顔立ちに大人の色気を併せ持つ彼女に……うちに居る生意気なJK共に見せつけたいくらいだ。
「おーい柳瀬。 ボーッとしてないで仕事しろ」
「あ、はい」
まぁそれ以外はつまらない作業なんだけどな、ここの仕事は。
何々…… 今日の出荷は。 はぁ、こんなんさっさと終わらせて乙川先輩と行くスーパーの商品を早く仕上げて褒められよう。
「いやぁ、柳瀬君は相変わらず仕事が早いなぁ。 若いと覚えが早いんだなぁ。 まぁさすが期待の新人!」
「いえいえ、先輩方の教え方が上手いからですよ」
「はははッ、本当に上手いな! さすが乙川君が褒めてただけあるな」
マジで? 褒めてたの? なんて? 露骨には聞かないけどな。
こんな感じで俺は上手くやっている。 楽そうな仕事を選びしょぼい給料にさえ目を瞑れば比較的ストレスなく仕事が出来る。 期待の新人的に扱うならもう少し給料上げろと言いたくもなるけどそれは図々しいしな。
何より先輩が居るから会えるだけでストレスなんて吹っ飛ぶけどな。
「ごめんね柳瀬君、ちょっと他の仕事回ってきちゃって手伝えなかったよ。 ってあら? もう済んでるの?」
「はい、そうだろうなと思って終わらせておきました」
「んー! 君は偉い! 本当助かっちゃう、じゃあ行こうか?」
商品を軽ワゴンに積み込み運転しようとすると……
「あ、私が運転するよ」
「え? 俺が運転するので大丈夫ですよ?」
「ううん、柳瀬君に全部やらせちゃ悪いもの。 着くまで助手席でのんびりしてて?」
「ではお言葉に甘えて」
この瞬間はやっぱりいいなぁ。 だけど少し不安もある、俺がこのまま全部覚えてしまえばこうやって先輩と一緒に配達に回る事がなくなるんじゃないのかという不安が。
「あ、先輩これどうぞ」
「ん? これは?」
「さっき会社の自販機で買っておきました。 今日のスーパー少し遠かったので」
「うふふッ、ありがとね。 柳瀬君って気が利くし優しいよね、モテたりして」
俺がモテるって? 住んでる女子高生にはモテないでしょ? って言われてるんだけどまぁそれはどうでもいい女と好きな人に対する接し方の差なのかな。
「いえ、全然モテないですよ。 女の子怒らせてばっかりだったんで(主に神崎だけどな!)」
「えー、そうかなぁ? 柳瀬君こんなに優しいのにね」
「いえいえ、それは先輩が優しいからなんじゃないですか?」
「柳瀬君が怒るとこないくらい出来がいいからだよ。 もう少ししたら私より仕事出来ちゃいそうだよね」
それもこれも先輩にそう言われたいがために頑張っているようなもんだしな。 でもそうなってしまったら寂しいなぁ。 もっと先輩といる時間を共有したいのに。
そして先輩と話しているとあっという間にスーパーに着いてしまう。 もっと遠くても良かったのにな。
「ここね、商品陳列までやっていくから面倒なのよね」
専用出口から入り商品を台車に積んで係員の人に挨拶をして先輩の説明を聞く。 先輩を見ているのと作業を覚えるので大変だなぁ。
「わかったかな?」
「え? あ、はい。 こんな感じですね?」
「そうそう、バッチリじゃない」
「おッ! 新入りかい?」
店の人が俺を見て先輩に話かけてきた。
「そうなんです。 柳瀬君っていいます、この子私と違ってとっても出来る子なんで助かっちゃってます」
「ははは、乙川ちゃん覚えるまでに随分掛かって怒られてたもんなぁ」
「もぉー、威厳とかなくなるからやめて下さいよぉ」
そうなのか。 なんかあんまり想像つかないけど先輩は結構その時は余裕がないくらい忙しかったはずなので仕方ないな。
スーパーの陳列も終わり会社へ帰ってきた。 あー、今日の唯一の楽しみが終わってしまった。
「大体あんな感じね。 どう?」
「まぁ大丈夫だと思いますけどやっぱりまだ不安なところもあるので出来たら今度も一緒に来てくれると助かります…… けど」
そう言うと先輩は目をキラキラさせていた。
「んー! いいよいいよ! 行ってあげる! 先輩を頼りなさい!」
「すみません、先輩も忙しいのに」
「いいのよ、柳瀬君みたいに出来る子に頼られると嬉しいんだから! ここんとこ柳瀬君があまりに有能だから私って柳瀬君に使えない先輩だなぁとか偉そうなだけで全然大した事ないよなぁこの人とか思われてるんじゃないかってちょっと不安だったんだから」
「あ! そんな事は全然! 先輩の事は尊敬してますし」
「あーん、尊敬してるとかって。 なんだか嬉しい!」
そう言って先輩は事務所に足取り軽そうに戻って行った。
なんか喜ばれた。 やった! 本当はもし先輩さえよろしかったら引っ越しもした事だし先輩を俺の家にお招きする! みたいな作戦も理由もあったけど今となっては使えないしなぁ。
さて…… 車戻しておくか。 そう思って会社の敷地外の道路を見ると1人の女の子が俺を見ていた。
って日向!? 無表情で俺を見ていたと思ったらそのまま視線を携帯に落として日向は去って行った。 そういや学校から帰る時の通り道かここ。